第5話

 「考え違いをしていた」と、社長が言った。ユンボの籠の事だ。これまで頻繁に破れ、その度に溶接し直し、もっと硬い鉄なら壊れないのじゃないかと、より硬い物、強くて硬い鉄の籠へと交換してきたが、それが間違いだったと言うのだ。硬さは脆さに繋がっていると気づいたらしい。だが、勿論、ヘナヘナの軟鉄ではダメだ。理想は、あの芯の軟らかい日本刀である。でも、硬い鋼と軟らかい鉄を合体させるのは難しいらしく、刀匠なら何百回も折り曲げ打ってそれを成し遂げるのだが、そんな物は手に入らない。第一、それは芸術品であって工業製品ではない。電話で注文したら配達してくれる、ピザか寿司やハンバーガーみたいなのが良いのだ。時代は進んでいる。クラッド鋼板と言うのがあるらしい。少し聞いたことがある。それによると、鋼と鉄を、なんと爆着するらしい。

 俄には信じ難いのだが、ダイナマイトでも使うのだろうか? 火薬の爆発で瞬間的に圧着するみたいで、一度で出来るのか複数回なのか知らないが、とんでもない技術だと思う。ただ、それを使った籠など未だない。無ければ作れとぱかりに、棒材を曲げてもらって溶接するようだが、その溶接ヶ所が数十から百以上あるのか解らないが、面倒で困難な仕事になりそうで、社長も専務も二の足を踏んでいた。そこで思い出したのが佐古の知り合いで、定年を過ぎて暇をもて余していてやって来た富さんだ。溶接の免許を持ってるらしい。情報は気のおけない世間話から得たもので、営業をしていた頃の癖のような習性で、それを利用しようと収集していた訳ではない。

 溶接の腕は良かったみたいだ。収入も高く、家も持ち家だろう。そうなると、仕事のプライドが男としての自信に発展して独善的になるのは必然かも知れない。奥さんには逃げられたらしい。子供が居るのかどうか、訊かなかったが、居たとしても奥さんに引き取られ、一緒には暮らしてはいないだろう。それが定年で暇を持て余し、韓ドラばかり観て終日過ごしていたのを、佐古に誘われてここに来たみたいだ。

 「韓ドラは面白いよ」と、テレビで観るだけでは飽きたらず、レンタルで借りてまで観ているらしく、まるでミーハーなオバサンと同じだ。仕事に打ち込んで趣味なんぞ眼中になかった頃の反動なのかも知れない。それにしても、昼も夜も見続けるのは拷問に近いのじゃなかろうかと思うのだが、訝るこちらの反論を塞ぐように「DVD、貸そうか?」と、懲り出すと止まらないオタク染みた眼差しは、嬉しそうな笑顔が口角を上げ、目の涙堂を押し上げ、目尻の皺を作って憎めない表情にし、仕事をする時の顔とは正反対の柔和な雰囲気がある。溶接の仕事は、そんな二面性があるのだろうか。とにかく、専務に富さんの話をし、籠の溶接はプロだった富さんの仕事となり、正式に雇われる運びとなった。ゴミの山の上で籠の溶接をする姿は連日、薄暗くなる夕方まで続き、大きな網の籠のシルエットが、中で作業をする富さんを包んで夕焼けに映え、いっとき、そこがゴミの山なのを忘れさせた。


 アスラムがクビになった。案の定、社長に盾をついたようだ。「俺を脅しゃがった」と、苦々しさを滲ませて社長は言葉を吐き捨てた。薄暗い穴の中での仕事は誰もやりたがらず、砂埃と騒音は二の足を踏ませるのに十分な条件だ。つまり、少々の我が儘は許されると判断して賃上げを要求したらしい。唯一無二ならクビには出来ず、ならばと、サービス残業分だけでも取り返そうとしたのかも知れない。

 「オーバーステイを通報してやろうか」社長が冗談めかして嘯いた。勿論、そんなことをすれば雇った側も調べられ、無傷では居られない。それでも、よほど悔しいのか、白眼の端が血走っていて、どんな取りなしも無駄だと判る。それほど怒る事ではないと思うのだが、沸点を過ぎており、常人とは異なる基準で感情が動いている恐れもあり、アスラムの味方は出来なかった。

 穴蔵の後釜はアズランだ。アスラムとは違い痩せた小男で、敬虔なイスラム教徒。毎日、祈りは欠かさない。皆が昼飯を食べていても、ロッカーの間の狭い空間で丸くなって額づく姿は失笑物だが、我々の南無阿弥陀仏もアーメンも、異教徒に笑われていないとは言い切れないだろう。むしろ、それでも祈りを欠かさない宗教こそ本物かも知れないし、そこまでマインドコントロール済みの男を東洋の果てまで送り込んで来れるのなら、世界征服しても不思議ではないと思える。その男が砂埃にまみれている。おまけに、ビニール手袋を慌てて脱ぎ捨て、軍手も取って踊るように跳び跳ねながら、指先を頬を膨らませて吹いている。こうなると、こちらが笑わない訳には行かない。演技ではないので余計に面白い。

 日本語が殆どダメなので、片言の英語で話すしかないが、巻き舌が酷くて聞き取り難い。それでも、結婚していて女の子がいるらしいのは知れた。国では先生をしていたと言ったが、眉唾だと思っている。とても教師が勤まるレベルではないと考えるが、どうだろう。そしてドジだ。一度など、高架のバイパスに乗ったは良いが、降りる所を覚えてなくて過ぎてしまい、一時間も遅刻したことがあつて、先生ではなく宿題を忘れる生徒の方だと思うが、一応、運転免許を持ち、国際免許に書き換えた訳だから、スリランカの国情には詳しくはないが、それなりのステータスは在るのかも知れない。

 弄られキャラのアズランは、ミスをしても、社長ですら「ちょっと手伝ってやれ」と、助け船を出さずには居られないらしく、反抗とか口答え、不満を顔に出す事すらなく、誰にも嫌われずに働いていたが、穴蔵に回され、流石に音を上げるのではないかと心配したのに、周りに気を遣わなくて楽になったのか、オドオドとした気配がなくなり、少し自信がついたのか、日本語も喋るようになった。自分の意思を、好き嫌いを言葉にしだしたのだ。滅多にはないが、差し入れでお菓子など配られる事もあるが、今まで文句など言わずに食べていたのに、あんこが苦手なのか、おはぎ、つぶ餡のおはぎをそっと、社長や専務に隠して、食べてくれと渡され、急いで口に放り込んで誤魔化したこともあって親密さが増したのだが、結局アズランも辞めさせられた。

 日本人の新入りが次々に入って来た。沖縄人のマリオ。白人とのハーフだが、背は高くないし、英語も話せない。タクシー運転手の高木さん。ヤンキーの市村。これはユンボの運転が上手く、結果、石川さんが辞めさせられた。そして社長の次男坊。長男の建設会社で働いていたようなのだが、兄弟喧嘩をしたのか、産廃会社を継ぐ為に移ったのかとおもったが、佐古の話では元々、ここに居たらしい。つまり、この会社を継がせる筈が、親子喧嘩をしたと言う事なのか、反抗的な性格が想像され、トラブルの予感がしていた。

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