全力ですれ違うふたり


 近所では告白スポットとして有名な、街を一望できる場所に一組の男女がいる。

 西条さんは東野くんに向き合いつつ、己の運命の日を思い出していた。




 天啓だと思った。


 私とそっくりで、しかし私よりも勇気のある素敵な女の子。


 南条さんこの子と一緒なら私も一歩踏み出せるに違いない、と。


 そうして私は、ネット小説に出てくるヒロインに自分を重ね、一歩前へ踏み出す勇気をもらった。


 あの小説に背中を押され、東野くんに助けてもらった。


 だからこそ、今の私がある。




 まさか東野くん思い人が独断と偏見で西条さん彼女外面そとづらを元に創った南条さんヒロインが、何故か彼女オリジナルに酷似していた事による結果だなんて。


 彼女は思いもしなかった。



 ◇ ◇ ◇




 ある日の朝。

 偶然見かけたネット上の恋愛小説にどハマりしてしまい、徹夜で最新話まで読み切った少女の姿があった。


(元々、南条さんは一言で言えば見栄っ張りだった)


 彼女は普段と比べて妙に活発な頭で、くだんの小説を思い返す。


(見栄っ張りと言っても極端なものではなく、人目を気にして表情や言葉を取り繕ってしまうというだけ)


 南条さんは小さい頃から勉強が得意で、運動も得意で、母が自慢げに褒めてくれるのが好きで、そうしていつの日か、弱い姿を他人に見せられなくなった。


(……本当、私にそっくり)


 しかしヒロインである彼女は、周囲と関わることで成長していく。


(それならきっと、私も前へ進めるはず……!)


 その姿は西条さんにとって非常に眩しかった。


(そしていずれは……)


 寝不足で霞む彼女の眼はただ一人、唯一の友人である東野くんを見据えていた。




 ◇ ◇ ◇




 その日から、西条さんは頑張った。


 勉強会に文化祭、小説に出てきた内容以外にも自分で考え、東野くんにフォローされつつもクラスメイトとの交流を増やした。


 更新頻度が若干下がった聖書バイブル(電子媒体)の事を思い、一話から読み返したせいで二徹して東野くんに保健室へ連行されたりもしたが。


 そんな中、東野くんへのアプローチも頑張った。


 不安になる心にかつを入れて放課後のデートに誘った。

 社会科見学で同じ班になれるように勇気を出して誘った。

 クリスマスには初めて作る手編みのマフラーをプレゼントした。


 どうしようもないレベルの鈍感さにもめげなかった。

 デートだと思い至らなかった誰かさんのせいで四人行動になった放課後も、相手方のカップルに協力して貰ってダブルデートの形になるようにした。

 自分の事なんて目に入っていないんじゃないかと思うくらい全力で社会科見学を楽しむ相手のために、話題になるかと思って念入りに調べて頭に叩き込んだ知識を限界までひねり出した。

 今日がクリスマスだと失念していた大ボケに、なんとか自力で思い出して貰おうと遠回りに誘導したりもした。


 突然襲い来る天然にも耐えた。

 奥の手のあーんが効かずそのまま反撃を受けようが、顔を真っ赤にしつつも逃げなかった。

 頭を使いすぎて気を抜いた途端に迷子になってしまった自分を見つけ出してくれた手は決して離さなかった。

 クリスマスプレゼントなんて用意していなかったはずなのに自分のために縫ってくれていた耳当てに泣きそうになったりもした。


 彼女は周囲の助けを受けつつも、自分が望んだ姿へと着実に成長していた。




 ◇ ◇ ◇




「東野くん、ここまで付いてきてくれてありがとう」

「それは良いけど、どうしたの? 西条さん」


 沈み掛けた太陽から振り向き、彼女は微笑む。


「まずは今までのお礼が言いたいかしら。色々と、私を助けてくれてありがとう」

「別にお礼なんていいんだよ? 好きでやってることだし」


 単なる話の流れでの「好き」にも跳ね上がる心臓を抑えつつ、西条さんは話を続ける。


「勉強会を開いてくれた時は嬉しかったわ。あれがきっかけで、あなた以外にも友達と呼べる相手ができたわ」

「むしろあれはこっちがありがとうだよ。おかげで成績上がったし」

「私が倒れたときも保健室に運んでくれたわね」

「そんなこともあったねー……まさかただの寝不足だったとは思わなかったけど」

「うぐっ……まあそれはともかく、私は非常に感謝しているのよ」


 このままではただの雑談で日が暮れてしまうと西条さんは話を変える。

 決して古傷をえぐられたからではない。


「えっと……それでね?」

「……? うん」


 荒ぶる心臓をなだめ、乾いた喉を潤し、湿った手を握りしめる。


「あなたに迷惑を掛けてばかりの私だけど……」


 涙でにじむ眼を開き、震える唇を動かす。


「こんな私を、ずっと支えてくれないかしら――っ!」


 夕日を背に輝く彼女は非常に美しかった。




 ◇ ◇ ◇




 人生初の告白を耳にしつつ、東野くんの意識はどこか遠くにあった。


(あれ、これ……どこかで聞いたことがあるような……)


 高嶺の花と思っていた西条さんの、あまりにも予想外な発言に思考停止に陥りかける東野くん。

 しかしその脳内で、何かが引っかかっていた。


「そうか――」


 その時、全てが繋がった。


 近付きがたい印象だった西条さんがクラスメイトとの交流を持つようになった。その流れは、思い返してみればどれもこれも自分が書いた小説に近しいものがある。


 そして最後の言葉。

 告白とも取れる台詞セリフまで言わせてしまった事は申し訳ないが、ここまで言えば気がついてくれるだろうという信頼の表われだろう。


 そして、事ここに至るまで気がつかなかったのは、作者である僕が登場人物の視点に立つ事が出来ていなかったから。それを見抜いた西条さんはこうして身を以て体感させてくれたのだろう。

 ただ口で言われただけでは実感が湧かなかっただろうと思ったが故に。

 ありがとう西条さん。君の思いは伝わったよ。

 きっと僕の小説を参考に友達が出来たから、そのお礼をしようとしてくれたんだね!




 少なくとも、彼の頭の中では全てが繋がっていた。


 どうして身バレしたのか。そもそも西条さんはラブコメなんて読むのか。

 そんな疑問が浮上するも、彼の頭を駆け巡る閃きという名の衝撃に比べたら些事であった。


「そういうことか! ありがとう西条さん、このお礼は今度倍にして返すよ!」


 彼は何を言っているのだろうか。これはまたいつものパターンだ。このままではいけない。


 そうは思いつつも、流石にこのタイミングは予想外だった西条さんが目を白黒させているうちに、東野くんは西条さんの手を両手で握りしめる。


「突然でごめんだけど、今すぐにでも形にしたいから今日の所はここで帰るね! ありがとう!」


 言うやいなや、東野くんは身を翻して颯爽と走り去ってしまった。


 何の前触れもなく訪れた急転直下な展開に、西条さんの頭の中では「形にしなくて良いから言葉が欲しいのに」とか「今度倍にして返すんじゃなくて今返事が欲かったな」なんて言葉が巡っていた。

 しかしそれを言うべき相手の背中は既にほとんど見えなくなっていた。


「こ、この程度で諦めてなるもんですかっ!」


 彼女は間違いなく、以前よりも強くなっていた。

 その方向性が正しいのかは、誰にも分からない。


――――――――――――――――――


 その後、家に帰った西条さんは「僕はずっと西条さんを支えるよ!」というメッセージを見て赤面しましたとさ。




 そんなわけで、今回はコメディ要素を押し出してみました。

 やりすぎてラブ要素が減った気がするのはご愛敬。

 西条さんの成長はそれなりに描けたかなと信じつつ。


 美しく成長した西条さん、その告白シーンのイラストがあったなら、とても綺麗なことでしょう。その直後はコメディですが。


 余談ですが、東野くんの鈍感や天然の大半はラブコメを書いているせいだったりします。

 カップルの放課後イベントを観察しようとしたり、社会科見学を取材の場にしたり、執筆時の想像力によってあーん程度では恥ずかしがらなくなったり、と。


 ごく稀に真実に近づいたときも「そうだったら良いなぁ」となってしまったタイプです。

 半ば偶然とは言え西条さんの内面を看破した辺り、鈍感とも言い切れないはずなのですが……


 一人の少女に勇気を与えたとくと、何度でも上げて落とすごう

 果たしてどちらが勝るでしょうか……

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掃き溜め(という名のラブコメな短編集) 由月みる @Mill_Yuduki

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