第29話 最終回
朝方、いつもより早く起きてしまった。特に理由など無いのだけれど、不思議と目が冴えてしまった。
「あら、起きてたのね」
「おはよう、母さん」
台所ではいつもと変わらない姿の母が朝食の準備をしていた。僕もまたいつも通り食卓にご飯を並べる。
少しすると父が眠そうな顔のまま寝室からやってきた。昨日は大事な会議だとかで夜遅くまで会社にいたから、まだ疲れが溜まってるのかも。
年を取ると疲れが取れにくくなるって聞くから、大事にしてほしいと思う。
「おや真、いつもより早いんじゃないかい? 何か用事でもあったっけ」
「ううん、偶然早く起きただけ。二度寝するのもなんだし、早めに学校に行って予習でもしておこうかなって」
「えらいなぁ。父さんが学生の頃なんて宿題は友達のやつを写してばかりだったからなぁ。予習なんてしたことないよ」
「お父さんは会社でもギリギリまで資料も作らないものね」
「そ、それは言わないでよ母さん……」
苦笑いをしながらお茶を飲む父、そして料理を運んでくる母の姿を見るとなんだか安心する。いつまで経っても変わらないものがあるんだと分かるから。
「じゃあ行ってきます」
「気をつけていくのよ~」
「はーい」
家の外に出ると、ピンク色の花びらが綺麗に舞っていた。
またこの季節が、春がやって来た。この前まで枯れていた桜の木も今では綺麗に花を咲かせている。
去年の今頃も、同じ様に桜が舞っていたことを思い出す。あの時は桜のことが嫌いだった。たとえどんなに綺麗なものでも変わってしまうことを実感させられるから。
でも、今ではなぜか桜のことは嫌いではなくなっていた。それはきっと、この一年間で変わることの大切さを学んだからだと思う。
僕はいつもよりゆっくりと学校への道を歩いて行った。
散りゆく桜を見て、その美しさに切なさと愛しさを感じながら。
「やっぱり誰もいない、か」
まだ七時半の学校は嘘のように静かだった。少し早く来すぎたかもしれない。今週から三年生になったけど、去年のように同じ階の散策をしようにも一階って散々見て回ってるし、やることがないなぁ。
「ん?」
廊下を歩いていると向こうの方に人影があった。なんだか去年も同じ展開があったような。
「もしかして……姫?」
「えっ真ちゃん?」
やっぱりそうだった。幼馴染の綾瀬姫乃がそこにいた。
「こんな朝早くからどうしたのさ姫。何か用事でもあるの?」
「真ちゃんだって人のこと言えないじゃない。いつもはもうちょっと遅く来てるでしょ?」
「別に理由なんて無いよ。なんとなく早く来ただけ」
「なにそれ」
ふふ、と姫は笑った。僕もそれにつられて笑ってしまう。
「そういえば今年も同じクラスね。やっぱり真ちゃんも文系に?」
「うん。大学は文系の学科にいくつもりだよ。まだ何をやりたいか決まったわけじゃないけど……」
「興味あるものとかないの?」
「一応……ある」
僕の言葉に姫は驚いて声を上げる。そんなに驚くことかな……。
「真ちゃんのことだから、てっきり就職に有利だからとかみんな行ってるからって理由で大学に進学するのかと思ってたわ」
「はっきり言うなぁ……。まあそれも何割かはあるけどさ……」
「それで? 何を勉強したいの?」
「えっと……英語と、あと他にも外国語を何個か」
「へぇ、確かに真ちゃんは去年からずっと英語で一番とってるけど、そんなに好きだったのね」
「いやまあ好きというか……好きなことをするのに必要っていうか……」
「?」
姫は合点がいかないような表情を浮かべている。確かに僕の言い方も悪かったかもしれないが、はっきりと言ってしまうのも何だか恥ずかしい。
「そういえば、去年の今頃もこうして二人きりで話したよね」
「そうね。あれから色々あったわ」
「うん、本当に……」
姫に告白されてから、友達に戻るまで僕たちは散々すれ違った。その後も姫と友達としてやり直していく過程で何度もぶつかり合った。
それでもこうして僕と姫は何とか上手くやっていけている。僕たちは昔のように、互いに向き合って進むことが出来るようになった。
この一年で一番驚いたのは、白月さんが僕らの小学校の頃のクラスメイトということだろう。
僕と綾瀬が仲良くしていると、白月さんが僕に睨みをきかせてくることが多かった。ある日、白月さんから「女同士で仲良くしすぎよ!」と怒鳴られた。
それを聞いた時、僕のトラウマとも言える小学校のクラスメイトに言われたひと言を思い出した。
その後も白月さんと会話するうちに、彼女が僕らと同じ小学校で、しかも同じクラスだったと判明した。
当時の白月さんは今と違って少し暗い性格だったのもあり、その時まで全く気が付かなかったのだ。
どうやら彼女は綾瀬が学芸会の劇でお姫様をやった時に彼女に憧れて、それ以来自分磨きを続けてきたのだという。
彼女も僕と同じで、同性の綾瀬に親愛以上の感情を抱いていたのだ。
そのせいか、僕にやたら当たりが強かったのだという。もっとも、彼女の言葉が僕に対する嫉妬だと気付いてからは小さい頃のトラウマも解消して、白月さんとも普通に絡めるようになった。
あっちは未だに僕のことを敵視しているみたいだけど。
平川は相変わらず我が校バレー部のエースだ。去年は県大会で準優勝して、試合で活躍した平川はその名を広めた。
大会が終わった後に、有名な大学のコーチ直々に勧誘を受けたと喜んでいたのを覚えている。
そして推薦でもやっぱり一定の学力は求められるとわかって必死に勉強も始めた。平川の部活が休みの日は僕がたまに勉強を見てやっている。
去年の頃に比べてボディータッチが増えてきているのが最近の悩みだ。一体僕の体を触って何が楽しいんだか。
そうそう、バレーといえばつくしを語らずにはいられない。あれからつくしは「センパイみたいに自分も一生懸命やってみるっス」と言い、部活に全力を注ぎ始めた。
それからは見違えるほどに逞しくなり、今ではバレー部イチの人気者だ。なんと姫のように隠れファンクラブまで出来てしまうほどなのだ。
つくしのおかげで前を向けるようになった僕からすれば、つくしの成長ぶりは自分のことのように誇らしい。
もっとも、今でも僕と話すときはあの気の抜けた喋り方をするのだから、案外変わってないのかも。
「たった一年なのに、びっくりするくらい色々あったね」
「ええ。私にとって人生の絶頂は十歳の頃だけど、人生の転機はいつかと聞かれればこの一年間を挙げるわ」
「僕らも今年で十八歳だ。子供から大人へ変わるスタート地点に立ったんだね」
僕は姫に向かい合う。姫の周りに桜の花びらが飛んできて、とても美しい画のようにきらめいていた。
「僕、本気なんだ」
「本気って、何が?」
「本気で外国語を複数学ぼうと思ってる。大好きなことをやるために、きっと必要だから」
「それって何のこと?」
「去年の返事、って言っても……分からないよね。えっと、その……つまり……と、とにかく僕は姫のこと本気で好きだから!! それだけ!!」
「……いつかパスポート作らなくっちゃね」
「その時もきっと、一緒にね」
桜の花びらが散っていく。その美しい姿を保つことは叶わず、無残にも花を散らしていく。
だが僕はもうその姿を見ても悲しまないだろう。だって、僕は知っているから。
桜は枯れてしまっても、葉を生やして頑張ってまた花を咲かせようと一年中頑張っているんだって。
だから、僕は桜が好きだ。変わりゆく季節が好きだ。姫と一緒にいる、全ての時間が好きだ。それはきっと、これからも変わらないだろう。
絶対に結ばれない完璧ヒロインに告白されました 〜拗らせ僕っ娘と完璧幼馴染の百合日記〜 taqno(タクノ) @taqno2nd
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