第28話

『真ちゃん! いっしょにあそびましょう!』


『うん! もちろんだよ姫ちゃん!』


 私の幼馴染はかっこいい。

 私と真ちゃんは幼稚園の頃からずっと一緒だった。小さい頃の真ちゃんはまるで男の子みたいで、いつも元気に走り回っていた。

 多くの友達に囲まれて、何をするにもクラスの中心だった。誰もが真ちゃんのことを好きになった。


 そんな姿が、私にはキラキラ輝いて見えた。それは本当に絵本の中の王子様のようで、私は物心が付いた頃には既に真ちゃんに恋をしていた。



 ある日、小学校の学芸会で劇をやることになった。私が演じるのはお姫様役で、真ちゃんが王子様。

 女の子なのに王子様役をするなんてちょっぴり変だけど、誰も異論を挟まなかった。もちろん私も。むしろ嬉しいとさえ思った。


 衣装合わせの際、私はお母さんが作ってくれた衣装を着て真ちゃんに見せた。


『どうかな……似合ってるかな……?』


『すごい! まるで本物のお姫様みたい!』


『そ、そう? えへへ、嬉しいわ』


 この時真ちゃんに言われたことは今でも鮮明に思い出せる。思えばこの時から私は完璧を目指すようになったんだった。

 王子様に相応しいお姫様になるために。理想の女の子であり続けるために、私は自分磨きを始めた。



『姫ちゃん! 僕、姫ちゃんのこと大好き!』


『私も真ちゃんのこと好きよ? 真ちゃんとなら、いっしょう一緒にいたいわ』


『えへへ、僕も! それでさ、姫ちゃんに渡したい物があるんだ……』


 真ちゃんにしては珍しくかしこまった表情。この時私はその日が自分の誕生日だということを思い出した。

 小さい頃から毎年お互いの誕生日を祝いあった。けれど、その年の誕生日はいつもとは少し違った。


『姫ちゃん、これ受け取ってください!』


『まあ、これ……指輪!? とっても綺麗だわ!』


『僕のおこづかいだとこれしか買えなかったけど……でも姫ちゃんに似合うと思って買ったんだ』


『嬉しい……。真ちゃんありがとう! きっと今日が私の人生の中でいちばん嬉しい日ね! 一生忘れられない素敵な誕生日になったわ!』


 真ちゃんがくれたのはおもちゃの指輪。高校生になった今だと簡単に買えるものだったけど、小学生だと中々買えない値段だったと思う。

 真ちゃんの一ヶ月のお小遣いだけではその指輪は買えなかっただろう。それほどの想いが込められた物に、値段など何の意味も無かった。

 だって、一番大切な人の気持ちが詰め込まれたプレゼントだもの。私にとってはそれだけで人生の宝に値するほどの価値があった。


 今でもその指輪は大事に部屋に飾っている。もう指には入らなくなってしまったけど、その指輪を眺めるだけで幸せな気持ちになれる。


『それで姫ちゃん……僕、姫ちゃんにつたえたいことがあるんだ』


『なあに?』


 とっても緊張している真ちゃんの顔。それを見て私までドキドキしてしまったのを覚えている。



『姫ちゃん、おおきくなったら僕と結婚してください!』


 きっとこれが私にとって最高の思い出だ。いつか死んでしまう時がきたとしても、私は必ずこの日のことを思い出すだろう。

 それほどに大事な記憶。人生の絶頂はいつかと聞かれれば迷い無くこの日を選ぶわ。


 私の返事は決まっていた。いや、喜びのあまり考えるよりも先に口に出してしまっていた。


『うれしい! 私も真ちゃんのこと好きよ! 大きくなったら絶対結婚しましょう!』


 私の返事を聞いて嬉しそうに涙を流す真ちゃん。美しく、そして温かい涙はどんな美術品よりも尊いだろう。


 この瞬間、私にとって人生とは、真ちゃんと共に歩むものだと決めたのだった。


 もっとも、それからしばらくして真ちゃんは私とはあまり遊ばなくなってしまったのだけれど。思春期になると好きな子と上手く喋れなくなるようなものかな、と私は気にしなかった。


 けれどそれは大きな間違いだった。真ちゃんはいつしか私に後ろめたさを抱くようになり、私の側にいることを負担に感じるようになったと言う。


 ずるいわ、真ちゃん……。あなたが誰よりも輝いていたから、私は変わろうとしたのに。

 その真ちゃんが私に引け目を感じることなんてないじゃない……。



 けれど真ちゃんは立ち直ってくれた。私と友達に戻るために変わるのだと言ってくれた。

 テストの結果は私の勝ちだけど、それでも私と向き合ってくれた。一教科だけとはいえ、私に勝ってくれた。

 私はそれがとても嬉しい。だって中学から真ちゃんは何事にも消極的になって、影のある雰囲気を纏うようになったから。


 それはそれで、とってもカッコいいんだけど……。

 中性的な顔立ちでとても整っていて、どこかミステリアスな雰囲気を持つ性格から、周りの人からは近寄りがたいと思われているけど。

 実は裏では結構人気あるんだよ? 本人は気付いてないようだけど。


 でも、やっぱり頑張る真ちゃんが一番カッコいい。それを実感出来た。


 そしてRINEで呼び出されて、私は屋上で真ちゃんを待っていた。伝えたいことがあると言われて、その言葉を胸に抱いて、ここで待っていた。


「綾瀬っ!」


 部活が始まって運動場が賑やかになってきた頃に、真ちゃんは屋上に姿を見せた。息を切らして、とても真剣な表情をして。

 その顔を見て私は直感的に理解した。


 私たちの関係が変わろうとしているのだと。



 ◆◆◆◆◆



 屋上には僕と綾瀬の二人しかいない。遠くから部活動に励む生徒たちの喧騒が聞こえるけれど、僕には綾瀬しか見えなかった。


「綾瀬……待たせてごめん」


「ううん、大丈夫よ」


 綾瀬は全然気にしていないといった態度で笑って見せた。だが彼女のことだ、きっと放課後になってすぐにここに来ていたのだろう。

 僕は単刀直入に綾瀬に切り出した。


「中間テストは負けちゃったね」


「総合ではね。英語は結構自信があったのよ? まさか白月さんだけじゃなく真ちゃんに負けるなんて予想も付かなかったわ」


「あ、そっか。僕が勝たなくても白月さんが綾瀬の無敗神話を破っていたのか」


「無敗神話だなんて……。別に私は神様なんかじゃないわ。失敗することもあるわよ」


「そ、そうだね……」


 だが綾瀬が誰かに負けるところなど初めて見たのも事実だ。


「それで、伝えたいことってなに?」


 綾瀬が話の本題を聞いてくる。もちろん彼女は僕が何を話そうとしているかは理解しているはずだ。

 それでも聞いてくるのは僕の口から言って欲しいということなのだろう。


「僕はずっと綾瀬に劣等感とか、暗い気持ちを抱いてきた。でもそれは綾瀬が悪いんじゃなくて、僕が勝手に感じていたことで……」


「うん……」


「僕なんかが綾瀬と仲良くしたら、周りのみんなに綾瀬が悪く言われるんじゃないかって思った。でも結局はそれも自分への言い訳だったんだ」


 そう、周りの人がどう思うかとかそんなことは建前でしかなかった。結局僕は逃げてただけ。綾瀬と向き合うことを恐れていただけだった。


「今回のテストで綾瀬に勝とうと頑張ってみて、負けちゃったけどさ……。でも全然悔しくなかった。今まで感じてた嫌な気持ちなんて全然無かったんだ」


「それは、どうして?」


「結局、僕は綾瀬を言い訳にして自分が頑張るのを止めてたんだ。頑張らない自分と、頑張ってる綾瀬を比べちゃうから嫌な思いをした。でも本気で挑戦してみたら、結果とか関係ないんだってわかった」


 やらない理由ならいくらでも作ることが出来る。その言い訳に甘えて怠惰になることなら誰でも出来る。

 一度堕落しきった後に頑張るのは凄くエネルギーがいる。それでも僕は前に進むのを選んだ。


「それで、真ちゃんは何か答えを得たの?」


「うん。でも最初から答えは分かってたんだ。それを認めることが出来た」


「聞かせてくれる? その答えを……」


 自分の気持ちを正直に彼女に伝えよう。昔誰かに言われたことを引きずって、自分の気持ちに嘘をつくことはもう止めにしよう。

 たとえ誰かに馬鹿にされたって、それで僕と綾瀬の関係が崩れてしまうなんてバカみたいじゃないか。

 だからもう一度、昔のように綾瀬に伝えるんだ。僕の想いを。



「僕は綾瀬が好きだ。ずっとずっと、大好きだった」


 小さい頃からずっと一緒だった。物心が付いた頃には既に好きだった。彼女と疎遠になった後も、いつも後ろ姿を目で追っていた。

 友達として相応しくないから綾瀬から離れようとしたけれど、やっぱり忘れられなかった。だからせめて綾瀬の友達になれるよう頑張った。

 だが、この想いを前にすれば全ては些事だ。この想いを伝えないことには僕は前に進めない。


「一緒にいたい。また昔みたいに笑い合いたい。隣にいるのは綾瀬じゃないと嫌なんだ」


「私も……」


 綾瀬は瞳に涙を浮かべながら僕に抱きついてくる。背中に回された腕からは彼女の強い思いが伝わってくる。


「私も真ちゃんと一緒がいい……! もう離ればなれなんて嫌……! 絶対、絶対嫌なの!」


「綾瀬……」


 綾瀬の肩をつかんで、彼女の顔を見つめる。涙がダイヤモンドのように輝いて、彼女の頬を伝う。


「僕たちの関係は変わっちゃったけど、でもまた元のように戻したいんだ……。もう一回、僕と友達になってくださいっ……!」


 僕の言葉を聞いて綾瀬は笑う。全然かっこよくなんてない言葉だったけれど、それでも綾瀬は茶化さずに受け入れてくれた。

 その事実に僕は嬉しくなり、気付けば瞳には涙が溜まっていた。


「ええ……喜んで。真ちゃん、これからはずっと一緒だよ」


「綾瀬……」


「名前で呼んで?」


 綾瀬は僕の口に指を当てて静かにそう言った。

 いつからか名字でしか呼ばなくなったけれど、友達に戻ったのならその必要もないはずだと。


「大好きだ……


「うん、私も」


 それを言い終えると同時に綾瀬の顔は僕の目の前まで近付く。僕は目を閉じてそれを自然と受け入れた。

 そして、綾瀬と二度目のキスを交わした。以前のような強引なキスではなく、唇と唇が触れる優しいキスを。



 校舎の横に桜の木があった。この前まで満開の花を咲かせていたのに、全て散ってしまったそれは、今では新緑の葉に生え替わって力強く生きていた。

 僕らの関係も一度は壊れてしまったけれど、また新しい形に変わっていく。新緑の葉が次の春に花を咲かせるように、友達からやり直せるのだ。いつか綾瀬と共に咲かせる花のために。

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