第27話
中間テストの結果が廊下に張り出された。各教科の上位二〇名と総合の上位五〇名の名前がそこには載っていた。
「…………」
国語、地理、歴史、数学、物理、化学。そして総合の一位を綾瀬が総なめしていた。
そして英語の一位には白月さんと、その横に僕の名前があった。
「凄いね、奥路さん。英語と歴史、それに総合の方に名前が載ってるよ!」
「ありがとう、高谷さん。他の教科も頑張ったんだけどね。二〇位でも93点とかだから入らなかったよ」
クラスメイトの一人、高谷さんが感心する声を出して僕を見た。
彼女とは今まであまり話したことがないのだけれど、英語のテストで満点を取ったことがきっかけで話しかけてくれるようになった。
サイドの髪を結んだ姿がかわいらしく、話していて楽しくなるような子だ。
「総合でも八位って超すごくない? それだけやれたなら私だったら満足しちゃうなぁ」
「僕も学年末は四九位だったから、順位を見てびっくりしたよ。でも今回は綾瀬と勝負してたからね。結局勝てなかったけど」
「綾瀬さんと勝負!? 度胸あるんだね。ねぇ、もしかして奥路さんって綾瀬さんと仲良かったりするの?」
高谷さんがそんなことを聞いてきた。僕はどう答えるか少し迷った後、特に誤魔化すわけでもなく正直に答えた。
「いや、昔は仲良かったんだけどね。でも今はそうでもないかも。仲直りするきっかけに、テストで勝負するって言い訳が欲しかったんだ」
「ええ、綾瀬さんならそんなこと気にしないよぉ。普通に仲直りしてくれるんじゃないかなぁ」
「そうだと思う。でも僕が原因だから、僕が変わらないとって思ってさ……。それで頑張ってみたけど、負けちゃった」
綾瀬と友達にまた戻れるために、少しでも綾瀬に近付こうとした。けれど、結果は惨敗。完璧幼馴染は伊達じゃないってことを身をもって実感した。
だけど不思議と後悔はない。むしろ、すがすがしい気持ちだ。心の中に抱えた闇が少しだけ晴れたようだった。
「かっこいいね、奥路さん」
「え?」
突然そんなことを言われてもどう返せば良いのだろう? あまり褒められ慣れていない僕は口ごもってしまう。
「綾瀬さんと勝負しようなんて、普通思わないよ。だって綾瀬さんって完璧でしょ? 何でも上手にこなせちゃうから、私とは違う人なんだなって納得しちゃうもん」
「それは……そうかもしれないね」
「でも奥路さんは違うんだね。それって綾瀬さんを特別じゃなくて、自分と同じって思ってるから?」
「綾瀬が僕と同じ……いや違うかも」
むしろ僕にとって綾瀬は誰よりも特別で。だから僕は少しでも追いつこうと足掻いた。
僕と綾瀬が同じ人間って考えているというよりは、綾瀬と同じようになりたい、綾瀬の横に並びたいって思ったんだ。
「綾瀬は特別だよ。それは間違いない。でも、ずっと一人なのは何か寂しそうだからさ。ちょっと本気出してみた」
ちょっと臭いことを言ってしまったかも。僕は照れ隠しに前髪をいじって誤魔化す。
そんな僕を見ながら、高谷さんはもう一度僕にこう言った。
「やっぱり、奥路さんってかっこいいね」
廊下を歩いていると、平川が泣きながら抱きついてきた。泣いている理由はたぶんテスト順位だろう。
平川の名前は張り紙のどこにもなかったし、話に聞いている限りかなりまずい順位になってしまったのかも。
「奥路~! 一九八位だったよぉ~!」
「ひゃ……全体の半分以下じゃん。大丈夫なの、それ……?」
「大丈夫じゃねえよ~! お小遣い減らされるぅ~!」
うちの学年は全部で二四〇人いる。その中で役二〇〇位と考えれば平川の順位がいかにヤバイか分かる。
こいつこれで部活に出られなくなるとか無いよね? もしそうだったら流石に可哀想だけれど。
「補習は免れたけど、来週再テストだって……。マジで最悪だわ……」
「でも去年も再テスト受けたでしょ? 確か同じ問題しか出ないって言ってたじゃん。楽勝じゃないの」
「そりゃ国語や英語は答え覚えれば楽だけど、理系科目は途中の式も書かなきゃいけないんだぞ。私じゃ覚えられないっつーの!」
「はぁ……わかった、僕が教えるから再テスト頑張ろ? ね?」
「うおー!! ありがと奥路、愛してるぅ~!!」
「ちょ、バカ抱きつくなって! もう……」
まあ平川だって部活を頑張ってるんだ。これくらい友達として手伝ってあげなきゃなあ。
それに同じ問題しか出ないならやりようもある。白月さんが丁寧に勉強を見てくれたように、僕も平川を助けたい。
それでまたかっこよくバレーで活躍するところを見せて欲しい。
「じゃ、今度の休みに勉強教えてくれ。今日はとりあえず部活だー!」
平川は荷物を持って廊下を走り出す。そして階段を降りようとしたところで立ち止まり、こちらを振り向いた。
「あ、そうそう奥路ぃ。今回めっちゃ頑張ってたじゃん。一年の頃はだらけてたけどさ、二年になってからの奥路、かっこいいぜ」
そう言い残した後、廊下を降りていった。
高谷さんも平川も、みんな僕のことをかっこいいって言ってくれた。それはとても嬉しいことだ。
でも、二年になってからの僕がかっこいいとはどういうことなんだろう。一年の頃と――中学に上がってからの僕と何が変わったのだろう。
綾瀬を避けていた僕と、綾瀬に向き合おうとした僕。その二つの違いって何なのだろう。
「あ、真センパイ! 聞きましたよ、中間テスト八位なんスね。まじぱねぇっス!」
「あ、つくし……」
気付けば廊下に集まっていた生徒たちは下校したか部活に行ったかで姿を消していた。その代わり、いつの間にか僕の隣にはつくしがいた。
「つくしはテストどうだった? 高校になってから色々習う内容も変わって大変じゃなかった?」
「そりゃもう大変っス! 特に奥路センパイと一緒に授業サボった日の内容がテストに出た時、マジ焦ったっス」
「そんなこともあったなぁ」
「でも何とか一〇〇位以内には入れたんスよ」とつくしはVサインを作って笑う。
つくしに告白されたあの日。あれからまだ二週間とちょっとしか経っていないのに、まるで遠い昔のように感じる。
思えばつくしに告白されたのがきっかけで、僕も変わろうと決意出来たんだったな。
「テストでいい点取れたのはつくしのおかげかもね。ありがと、つくし」
「そ、そんな……自分は大したことしてないっスよ……えへへ」
「不思議なんだ。結局綾瀬には勝てなかったけど、前みたいに嫉妬とか劣等感とか抱かなくなってさ。何か、憑き物が落ちたみたい」
「それは真センパイが真剣に頑張ったからだと思います。自分の弱さと向き合って、一生懸命頑張ったんですもん。それを後悔する理由なんてあるわけないっス」
「そっか、そうかもしれないね。改めてありがとね、つくし。君のおかげで僕も少しは変われたかも」
「変わったっスよ、センパイは。今のセンパイの顔、超かっこいいっス。惚れ直しました」
穏やかに笑うつくしの表情、嬉しそうな顔に強く励まされる。今月知り合ったばかりのこの子にこんなにも支えて貰えるなんて、僕は幸せ者だろう。
「あ、そういえば」
僕はみんなに言われる“ある共通点”について、疑問に思っていたことをつくしに聞いた。
「テストが終わってから、みんな僕のことかっこいいって言うんだけど、それって何でだろうね」
「それはたぶん、真センパイが輝いて見えるからですよ。誰だってやる気のない人より、一生懸命になってる人の方が好きっスもん」
つくしは「あ、でもやっぱりどこか影ありますけどね」と付け加えて笑った。僕ってそんなに暗く見えるのか……。これからは自分の普段の態度を見直さなくちゃいけないな。
「よし、なんだか勇気もらっちゃった。そろそろ行かなくちゃ」
「……綾瀬先輩のところですか?」
「うん、放課後に屋上で待っててくれってお願いしてるんだ」
「なら早く行ってあげなきゃダメっスよ。……頑張ってください、センパイ」
「うん。行ってくる」
僕は綾瀬の待つ屋上へ向かう。そんな僕の背中に小さく、けれど精一杯の気持ちを込めたつくしの言葉がぽつりと届けられた。
「頑張れ、頑張れ……!」
綾瀬に伝えたいことがある。言わなきゃいけないことがある。
それを言うために僕は走っている。校則で禁止されてようが、歩いても大して変わらなかろうが、走らなきゃいけない。
一秒でも早く、この気持ちを伝えなくちゃいけない。
ずっと隠してきた。ずっと見ない振りをしてきた。ずっと言い訳をしてきたこの想いを、言葉にしなくちゃいけない。
だから走る。屋上の扉を開ける。
そこには、初夏の風を受けて髪を押さえる綾瀬姫乃がいた。
僕はこれから、幼馴染に伝えるのだ。一番大事な人に、一番大切な想いを。
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