第26話
「では、始め」
ついに中間テストが始まる……!
この一週間、いや綾瀬に勝つと宣言したあの日から必死に勉強をしたんだ。これまでの僕とは違うんだって証明してやるんだ。
そしてもし綾瀬に勝つことが出来たら、その時は……。
静まりかえった教室からいっせいにシャーペンを走らせる音が広がる。
中間テストは二日間行われる。今日は国語と英語、地理歴史の文系科目だ。文系は英語を除けばそれほど苦手ではないし、苦手な英語だってめいっぱい勉強した。
幸い国語はやさしい問題ばっかりだった。現代文は授業でやった内容そのままだったし古文漢文は全問解くことができた。
社会も教師が変に捻った問題も出さず、テキストにあった問題ばかりで詰まるようなところはない。
問題は英語だ。図書室の一件から白月さんに英語についてよく質問するようになり、分からないところはそのままにせず即解消するようにした。
そのおかげで今までよりもスムーズに覚えることが出来た。難しいところがあるとすればリスニングだ。
CDを聞いて覚えるというやり方ではどうしても時間がかかってしまうため、リスニングだけは詰め込みが足りない。点数を落とすとしたらそこくらい。
英語のテストの途中、校舎の二階に放送がかかる。僕は問題用紙を裏返し、リスニングの問題を凝視する。
「次の会話を聞き、選択肢の中から正しい内容を――」
耳に全神経を集中させて、聞こえてくる英語から覚えのある単語や文法の意味を思い出す。
大丈夫、大丈夫。問題ない。テキストの例文に似た会話があったはず。いける、大丈夫……!
「はい、やめ。筆記用具を置いて後ろから解答用紙を回してください」
「ふぅ……」
とりあえず回答欄は全部埋めたけど、果たしてどうなることやら。でもやれるだけのことはやった。これで点数が悪かったら白月さんにごめんなさいしなきゃね。
次の日の理系科目もなんとか乗り切って、中間テストは幕を閉じた。
この二日間が人生で一番集中力を使ったかもしれない。少し疲労感があるし、帰ったらゆっくり休もう。
背伸びをして「んん~」と声を漏らしていたら、瀕死の表情を浮かべた平川がゾンビのような動きをして僕の席までやって来た。
「奥路……私もうダメかもしれん……。化学の後半寝ちまったよぉ~」
「もう、だからあれだけ一夜漬けはやめろって言ったのに。放課後一緒に勉強しようかって言っても『私ギリギリまでやる気でないタイプだから!』って言って帰っちゃうしさぁ」
「一日目は何とかなったんだって! でも今日はダメだったわ……」
「気にするなって。赤点とるやつなんて早々いないんだからさ」
「うう~……。期末はマジ本気だす……」
それ期末もやらかすフラグなんじゃ……? 大丈夫なのかな、平川。
何はともあれ、こうして中間テストは無事終わった。クラスの雰囲気もピリピリと張り詰めた空気が無くなり、いつもの緩い空気が戻ってきた。
斜め前の席を見ると綾瀬がにっこりと微笑んで手を振ってきた。僕はそれに返事するように、右手を振るのだった。
「ねえ綾瀬さん、テストどうだった~?」
「綾瀬さんのことだから、また全教科一位とっちゃうんじゃない?」
「そんなことないわ。
「ええーそれはないっしょー」
「でも綾瀬さんが負けたらそれはそれで凄い話題になるかもね!」
「ええそうね。だから私もちょっぴり期待してるの。誰かが私を負かしてくれるのをね」
それはたぶん僕に向けられた言葉だった。というかちょっぴりしか期待してないのかよっ!
まあ誰も僕が勝つ可能性なんて考えてないだろうし、大穴なのは間違ってないけど。
でもその僅かな可能性を綾瀬だけは期待してくれている。それに応えられるかは分からないけど、全力を尽くしたつもりだ。
あとは、結果を待つだけ。テストの結果を早くみたいと、胸の中がそわそわする。
◆◆◆◆◆
「今回の平均点は76点でした。このクラスの最高得点は100点です!」
「「「おお~!!」」」
「名前を呼ばれた人は前に来てくださいねー」
国語のテストが返却された。それなりに自信はあったんだけど、結果は92点。古文漢文の穴埋め問題で点を落としてしまった。
綾瀬はもちろん100点だった。本人に聞かなくても分かる、だってクラスメイトが大勢綾瀬の席の周りに集まって大声を出しているんだもの。
一教科目から差が出てしまった。幸先が悪いスタートだ、残りの教科の結果が怖いなぁ。
「奥路~!」
「よしよし、次頑張ろうね」
ちなみに平川は61点だった。これでも本人的には自信があったというのだから、他の教科がどうなっているか恐ろしい。
◆◆◆◆◆
「数学の平均点は63点! 君たち、二年になって難しいのは分かるけどしっかり勉強しなさい! ちなみに平均点だけど――」
数学の結果は91点。最後の記述式の問題で途中までしか合ってなかったのが駄目だったみたい。この問題だけで15点もあるため、一応途中式が合っていたら点数をくれるだけ優しいと考えるべきか。
でもやっぱり一問だけ点数配分おかしくない? と疑問に思わざるを得ない。大学の二次試験だと一問25点ってところもあるみたいだけどさ。
「真ちゃん、数学も私の勝ちみたいね」
「きゅ、98点……だと……」
「最初の方の問題を一つ間違えてたみたい。ケアレスミスは気をつけないと怖いわね、次はちゃんと解答を見直さないと」
「ま、まだ他の教科があるから。勝負はここからだ」
「まあ結果を待ってるだけで、勝負は終わってるけどね」
「そういうツッコみはいいんだよ、とにかくまだ僕は負けてないからね」
「ええ、期待してる。本当よ?」
くそ、綾瀬め……。こういう時に言い返せない完璧っぷりが憎らしい。
「おうじ……」
「あーうん、まあ……ほらバレーの推薦って数学の成績参考にしない大学もあるし……」
「そういうフォローの仕方はやめろぉ!!」
そうは言うが平川よ、流石に28点をフォローするのは無理があるよ。補習にめげず、頑張って欲しい。
◆◆◆◆◆
そんなこんなで英語以外の残りの教科も返ってきたが、結果として僕が綾瀬に勝っている教科は無かった。
点数は今までより上がっていたけれど、綾瀬に勝つまでには至らなかった。一番惜しかったのが歴史の98点だろう。ケアレスミスで2点落としたせいで、100点の綾瀬に届かなかった。
まあ満点だったとしても綾瀬と並ぶだけで勝てはしなかったんだけども。
「今回の英語は皆さんよく頑張っていました。特にこのクラスは100点を取った人が二人もいます!」
「ええ~100点が二人~?」
「それって綾瀬さんと白月さんじゃない?」
「そっか、満点ならその二人しかあり得ないよね」
「ではテストを返却しますので名前を呼ばれたら前に来てください」
100点が二人……。一人は間違いなく白月さんだろう。彼女の成績は英語に限れば綾瀬と同じ、いやそれ以上だ。
もう一人は綾瀬と考えるのは妥当だろう。ただ気がかりなのが、テスト用紙を受け取った綾瀬の顔が少しばかり嬉しそうな顔をしていた。
綾瀬が満点を取っただけであんなに喜ぶか? 学年一位をとっても涼しい顔をしているあの綾瀬が?
何かあるな、と僕は即座に理解した。
「奥路さん、次呼ばれるよ」
「あ、本当だ。ありがと」
隣の席の子に言われて、僕はテストを受け取りに行く。英語教師が僕に解答用紙を手渡すと、ニッコリと笑った。
「グッジョブです、奥路さん。頑張りましたね」
「え……?」
教師の言葉を聞いて、僕はゆっくりとテストに目を通した。
100
名前の横にそう書かれてあった。
僕が、満点……? た、確かにリスニング以外はそこそこ自信があったけど、100点!?
学年末のテストで一番点数が悪かった英語が、中間テストで最高の点数をとったの?
後ろの子の名前が呼ばれたので僕は大慌てで自分の席に戻った。しばらくすると白月さんもテストを受け取ったようで、自信満々に微笑んでいた。
やっぱり満点を取ったもう一人は白月さんだったらしい。ということは……綾瀬は……。
僕は斜め前にいる綾瀬に視線を送ると、綾瀬は嬉しそうにこっちを見た。そして口パクで「96」と言って自分の点数を伝えてくれた。
「勝った……」
もちろん総合点では綾瀬に負けている。結果的に僕は綾瀬に届かなかった。でも……それでも、一教科だけでも綾瀬に勝つことが出来た。その事実に僕はこれまで感じたことのない達成感を抱いた。
「ええ!? 綾瀬さん100点じゃなかったの!?」
「マジ? 入学してからずっと綾瀬さんと白月さんの二人が英語トップだったけど、ついに白月さんが勝ったんだ~」
「そうみたい。白月さん、とっても凄いわ。今回のリスニング、引っかけ問題があったから間違えちゃった。リーディングの方はともかく、リスニングだとあなたに勝てないわね」
「い、いえ! ひめ……綾瀬さんに勝てたのは偶然ですっ! 私だって間違えそうになったけど運が良かったって言うか……」
マジか白月さん。僕と二人っきりの時はあれだけ強気なのに綾瀬と話す時は完全にしおらしい美少女だ。
というか今本人に「姫乃様」って言いかけたよね。流石にみんなの前でそんな呼び方したら変に思われるし、見てるこっちが冷や汗をかいちゃった。
クラス中が綾瀬と白月さんの点数で盛り上がってる中、ふと誰かが口にした。
「あれ? そういえばもう一人100点取った人がいるはずだけど、誰なんだろ?」
「そっかー。綾瀬さんじゃなかったもんねー」
「それなら……ねぇ、真ちゃん?」
綾瀬が僕の方へ振り向きながら、優しい声色で僕の名前を呼んだ。それが何を意味するのかに気付いたクラスメイトが大声を出して驚いた。
「うっそー!? 奥路さん満点なん!?」
「やっば! てか奥路さん勉強できるんだー」
「いや、えっと……」
急にみんなの注目を浴びたせいで、どう言えばいいか逡巡する。ここは普通に謙遜した方がいいのかな。たまたま満点とれただけだよ、と言ってお茶を濁すのがいいんだろうか。
そんな風に迷っていると、平川が僕に抱きついてきた。
「うおおお!! 奥路お前裏切ったな~! 私を置いて一人で進級するつもりか~!?」
「留年する気なの!? というか抱きつくのやめて!」
大体、一緒に勉強しようって誘ったし! 裏切ってないし!
僕に抱きつく平川を強引に引き剥がそうと悪戦苦闘していると、それを見ていたクラスメイトたちから笑いが漏れた。
「奥路さんやばい! しれっと満点取るし、カレシとキスしてるし強キャラだわ!」
「てか満点取ってるなら言ってよー。みんな誰が取ったのか知りたかったんだからー」
「う、うん。ちょっと恥ずかしくて言い出せなくって。……って、だからキスの話は誤解なの! 彼氏とかいないから!」
「またまた~」
みんなからからかわれたり、賞賛されて心がくすぐったくなった。
大勢に注目されて話題にされるのは慣れないけれど、子供の頃を思い出して懐かしい気持ちになる。大勢の友達と遊んで、みんなで笑ったりした小学校の頃。
思えばこんな風に僕の周りに人が集まるなんて、いつ以来だろう。
「ねえ何で満点とれたの? どんな勉強したのー?」
「白月さんに分かんないところを教えて貰ったんだ。ね、白月さん」
「ま、まあね」
「白月さん教えるの上手いんだ~すご~」
「ねえ今度私にも英語教えてぇ?」
「あっ私もお願い~」
僕と綾瀬、白月さんにクラスメイトが押し寄せる。みんなが色々な質問を投げかけてきて、それに答える。慌ただしい状況に混乱してしまいそうだ。
白月さんが誰にも気付かれないように鋭い視線を向けてくるのを感じて、僕は少し苦笑いした。
まあこれくらい良いじゃない、白月さんのおかげで満点取れたのは事実なんだし。有名税みたいな物だと思って諦めて欲しい。
「真ちゃん」
周りに聞こえないような声で綾瀬が僕に呼びかけてきた。
「おめでとう。すっごくかっこいいよ」
僕も綾瀬にしか聞こえないように、それに答えるのだった。
「ありがと」
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