第25話

 中間テストまで残り一週間となり、クラスの雰囲気も若干慌ただしくなってきた。

 みんな「勉強してないわーやばいわー」とか言いつつも、休み時間にこっそり単語帳をめくったりしている。

 早くも情報戦が繰り広げられているのを見て、ああテスト期間がやって来たんだなぁと実感する。


 どうでもいいけど、何でみんな勉強してないって言いたがるんだろうね。

 テストの点数が悪かった時の保険なのかな。それとも、周りの子たちを油断させるための方便なんだろうか。


 僕はというと、そんな周りの空気に流されてしまいそうになるのを防ぐため、放課後に図書室にやって来ていた。

 家に帰ったらずるずるとテレビやネットに逃げてしまいそうだし、図書室なら集中して勉強できる気がするからだ。

 だが、考えることはみんな同じなのか図書室の席はほとんど埋まってしまっていた。僕は残り僅かだった席を確保して勉強道具を取り出した。



 すると――


「げっ」


「あっ白月さん」


「ちっ。何であんたがここにいるのよ」


 教科書とノートを開いて、いつもはかけていない眼鏡を指で直す、クラスメイトの白月さんが隣の席にいた。


 何でと言われてもテスト勉強しにきたのだけど……。この時期に本を読みに図書室に来る子なんて、よほどテストに自信があるか完全に諦めている子ぐらいだろうし。


「まあどうでもいいけどね。あんたが何をしようが、姫乃様に近付かない限り興味ないわ」


「そのことだけど……」


 綾瀬と再び友達に戻るために、それに足る人物だと証明するために、今度のテストは頑張るつもりなんだ――白月さんにそれを言ってしまってもいいのだろうか。


 そもそも綾瀬にテストの結果で勝とうが負けようが、彼女との距離を縮めることと本質的には関係のない話なのだ。

 これは単に僕がけじめをつけるためにやっていること。僕自身が変わるためにやっていることなのだから。

 それをわざわざ白月さんに言っても意味が無いのでは無いだろうか。そう思った。


 けど、それでも僕は伝えたかった。自分から卑屈になることはもうやめにしたのだ。


「僕、今度のテストで綾瀬に勝つつもりだから」


「はあ? 何よいきなり、あんたが姫乃様に勝つですって? 笑わせないで、あんたみたいなモブが姫乃様に勝てるはず無いでしょ」


「そうかもしれないね。でも僕はもうモブでいることはやめたんだ。これからは綾瀬の友達になれるよう、頑張ろうって決めた。せっかく白月さんが忠告してくれたのにバカみたいだけど、それでも僕は綾瀬の隣にいたいって思った」


「へぇ……」


 白月さんの視線が一際厳しくなった。

 まるで蛇に睨まれているみたいだ。下手なことをすれば食べられてしまいそうな迫力に僕は固唾を呑んで縮こまった。


 白月さんはそのまま僕の顔をじっと眺めた後、ふんと鼻を鳴らす。


「あんた、前のテストの順位はいくつだったの」


「えっと、確か四九位だったと思うけど……」


「ふぅん、一応テスト結果の張り紙に名前は載ってたのね。全然記憶にないけど」


 そりゃ一年の頃は僕と白月さんは知り合っていなかったし、名前なんて覚えていないでしょうとも。

 うちの学校、五〇位までの名前を張り出すの止めて欲しいんだけどなぁ。四九位って中途半端な成績で名前晒されるの恥ずかしいし。



 僕の順位を聞いて何とも思っていない辺り、白月さんの順位は僕より上なのだろう。

 英語の点数は学年トップレベルなわけだし、他の科目だっていい点数を取っているのかも。


「ちなみに、白月さんの順位を聞いても?」


 僕が恐る恐る尋ねると白月さんは待ってましたと言わんばかりに語り出した。


「知りたいの? ならいいわ教えてあげる。あまり自慢するほどでもないけれど、そんなに言うならしかたないわ」


 いや、別にそこまで知りたいわけでは……。


「一三位よ。あまり言いふらさないでね、恥ずかしいから」


「十三位? やっば!! 白月さんて頭よかったんだ!」


「まあね~♪」


 うちの学校で十位前後の成績といえば、有名私立や国公立大学に余裕で合格するレベルだ。

 一年の総決算である学年末テストでその成績を取ったということは、白月さんは間違いなく秀才である。

 英語の点数がいい時点で予想はついていたけど、まさかここまで優秀とは。伊達にうちのクラスで綾瀬と並んで優等生をやっているわけではない。


「分かった? あんたみたいな地味なやつなんかが学年トップの姫乃様に勝とうだなんて百年早いの。それどころか私にさえ勝てないんじゃない?」


「そ、それはまぁ……そうかも?」


「はぁ……。意気込むのも良いけど、強い言葉を使うと後で後悔するわよ」


 ごもっともです、はい。とは言っても一度決心したことだ、今更返上なんて出来ないよ。



 僕は白月さんとの会話もそこそこに、机に教科書を広げて勉強を始めることにした。


 国語や数学は二年になってまだ分からないところはないし、社会と理科もそんなに難しいことはやってない。

 力を入れるとすれば、新しい文法とか増えてきた英語だろう。学年末テストは英語のせいで平均点を下げることになったし。

 逆に言えば英語さえしっかりやっておけば、全体の平均点も上がる。というわけで、放課後の時間は英語の勉強に決まりだ。


「えっとぉ……時制の種類が? 現在完了と……」


 二年で習った英語の内容は動詞の時制とか不定詞など、一年の頃に比べてややこしい文法が増えている。

 こういう“場合によって使い分ける”っていうのは、とっても苦手だ。SVOCだけならともかく、そこに色々付け加えていくっていうのが難しい。


 あー、もう駄目かも。頭がパンクしそうになっちゃう。白月さんはこんなのよく覚えてるなぁ。


 僕が覚えてるのなんてせいぜい中学英語とか洋画で使われてた会話くらい。一年の範囲はちょっと自信が無いかも。

 だが勉強しないことには成績は上がらない。しかしどれから手をつけていこうか迷ってしまう。


 文法? 単語の暗記? それとも英文読解? 

 予習復習はしているはずなのに、成績を上げなきゃと思うと中々手がつかない。



「……と。ねぇ、ちょっと!」


「ん……?」


 気付けば白石さんが小さな声で僕に呼びかけていた。どうしたんだろう、消しゴムでも貸して欲しいのかな。


「あんた、そんな勉強のやり方で点数上がると思ってるわけ? ちょっと貸してみなさい」


「え、白石さん……?」


「英語っていうのは日々の勉強の積み重ねなの。ただ単に学校の予習復習をしてるだけじゃ、そこそこいい点を取れても満点なんて取れないわけ。必要なのは反復することよ」


 白石さんは教科書のページをめくり、教師も読み飛ばすような基本的な知識しか書かれていないページを開いた。


「英文を読む時は声を出すこと。何となくじゃなくて、正しい発音を意識しなさい。訳も意識しながら読むと頭の中に残りやすいわよ」


「う、うん」


「それと英文を書く時も声を出して読みなさい。あと単語の暗記の時は意味だけじゃなく例文も――」



 それから白月さんは丁寧に英語の勉強法を教えてくれた。大事なのは音と文字、訳と英文の結びつきらしい。

 ただ暗記するだけだと作業になっちゃうから、一回一回意味を考えながらやるようにと注意された。

 僕が覚えにくく感じている文法も、どういう場合に使い分けるかなどを分かりやすく説明してくれた。正直英語の教師には悪いけど、授業の説明より分かりやすかった。


 気付けば外は夕暮れ時で、図書室が閉まる時間になっていた。


「ありがとう白月さん。すっごく分かりやすかったよ」


「別に大したことしてないわよ。ただ効率の悪い覚え方してたから、見てられなくなったっていうか……」


「ううん、白月さんのおかげでどういう風に勉強すればいいか分かったんだもの、助かっちゃった。今度のテスト、絶対いい点数取るからね」


「どうでもいいわよ、そんなこと……ふん!」


 白月さんはぷいと顔を背けてしまったけど、怒っているのではなく照れてるのを誤魔化そうとしているのが見て分かった。

 最初は怖い人って思ってたけど、もしかして意外といい人なのかも……。

 人を第一印象で決めるのは良くないな、とつくづく思う。まあ白月さんの場合は最初の会話がハード過ぎたのもあるんだけれど。


 僕は白月さんにお礼を行って図書室を出た。外はオレンジ色に染まった夕空が広がっていて、春の終わりを感じさせた。

 白月さんに手助けして貰ったし、絶対にいい点をとってやろう。僕はそう決意しながら帰り道を歩いて行くのだった。

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