第24話
少し暑くなってきた五月下旬、いい加減半袖になりたいのに堅苦しい校則はそれを許してくれない。
地球温暖化がどうとか熱中症に気をつけろと言う割に、衣替えの季節は変えないのは何なのだろう。
うちの学校ももう少し柔軟な対応を見せて貰いたいね、と額の汗を拭いながら登校する。
教室に到着して、体温のこもったブレザーを脱ぐ。まるで拘束具を外したような開放感に、思わず声が出た。
「おっはよ~さ~ん!」
「ぎゃっ!?」
後ろから胸を鷲掴みにされて変な声を出してしまった。
暑くて我慢できずブレザーを脱ぐことに気を取られて、毎朝恒例のやつの攻撃を許してしまう。
「やめろっつーの!」
僕は問答無用で背後の人物に手刀を繰り出した。
「いてっ」
平川は頭を擦りながら僕の胸から手を離す。
まったく、これだからブラウスの季節は嫌なんだ。布が薄くなることで平川の手つきがブレザーの時の四割増しで嫌らしくなる。
その手業の早さはこんなセクハラ行為じゃなくて、バレーにでも活かして欲しい。どんな役に立つか分からないけど。
「いや~薄着になると益々触り甲斐がありますな~。去年の夏からちょっと大きくなったか?」
「なってない! というか、お前僕のサイズ把握してるのか……!?」
「モチロン! 一年の春からばっちり脳内HDDに記録してますぜダンナ」
「誰がダンナだ。はぁ……そんなこと覚えるくらいなら、少しは勉強しなよ。もうすぐ中間テストだろう?」
「ぎゃああああ!! 今その言葉を口にするな~!! ああ、今度順位が下がったらまたお小遣い減らされるぅ~!!」
平川が頭を抱えながら悲痛な叫びを上げる。
そういえばこいつ、運動神経は抜群なのに勉強はいまいちだったな。体育の授業ではヒーローのように活躍しているのに。
誰もが皆、綾瀬のように両立出来るわけではないんだな、と今一度綾瀬の凄さを再認識する。
「平川、僕らも来年は受験だろ。そろそろ勉強にも本腰入れないと受験生になってから本気出そうにもキツいと思うぞ。部活を引退した後、燃え尽き症候群みたいになって勉強に身が入らない人も多いって聞くし」
「うるさいうるさ~い! 私はバレーの推薦で大学に行くからいいんだよ! 去年からいくつかの大学のスカウトに声かけられてるし!」
「推薦入学にも最低限の学力はいるって聞いたような……」
「ああ~!! 聞こえない聞こえな~い!」
子供のように、耳を押さえて大声で僕の言葉をかき消す平川の姿。その感情を前面に押し出した様はマジで小学生のようだ。
というか、本当に大丈夫なんだろうか……。“また”お小遣いを減らされるって、いよいよもってヤバイのでは?
まあ人の心配をしている暇はない。僕も今回の中間テストは今まで以上に頑張る必要があるのだから。
綾瀬の横に立つのに相応しい人間になるため、まずは少しでも綾瀬の成績に近付く。それが当面の目標だ。
この前の土曜日に公園で「綾瀬に勝つくらいのつもりで挑む」と本人に言ってしまった手前、中途半端な結果にならないように努力しなくては。
幸い二年になったばかりだから授業内容はそこまで難しくない。毎日予習復習もしている。この調子で詰めていけば高得点は取れるだろう。
「ま、平川も頑張れよ」
「うわあああ~! 親友の癖に見捨てるのかよ~!」
「いや今週から部活もテスト期間で休みでしょ? その間に勉強すれば平均点くらいとれるって。いけるいける」
「私の成績を甘く見るなよこの~!」
「その台詞は成績悪い時に使うもんじゃないけどね……」
今回の中間テスト、僕にとって大きな転機となるはずだ。妥協は許されない。そのためにはこれまでのように、ちょっと勉強するだけでは駄目なのだと思う。
今日から放課後に図書室で勉強することにしよう、と泣きじゃくる平川を慰めながら決意するのだった。
休み時間、廊下を歩いていると綾瀬が話しかけてきた。
「テスト勉強は捗ってる?」
「まあ、そこそこは……」
それにしても、学年一位に「捗ってる?」と聞かれるのは何とも言えない敗北感があるな。いや、こういう劣等感に打ち勝ってこそ、綾瀬の友達になる資格を得られるというものだろう。
ここはコンプレックスを抱くのではなく、やる気を燃やすところだ。卑屈になるな、僕。
「ねえ綾瀬、テスト勉強っていっつもどんなことしてるの?」
「うーん、そうねえ。特別なことはしてないと思うわ。テスト範囲をさらっと復習して、ノートに要点をまとめるくらいかなぁ。誰でも出来ると思うけれど」
「気軽に言ってくれるなぁ」
確かにやってること自体はそれほど珍しい勉強法でもない。けれど、それで中学から学年一位を維持しているのだから堪ったもんじゃない。
恐らく綾瀬のことだ、今ここで問題を出しても完璧に答えられるんだろう。全く、とんでもないやつを相手に勝負を仕掛けてしまったものだ。
「真ちゃんは一年の学年末テスト、平均点どれくらいだったの?」
「平均……あまり覚えてないけど、たしか80点代だった気がする」
「なら大丈夫よ、私の平均点とそれほど変わらないから」
「ちなみに綾瀬さんはいくつなんでしょう……」
「平均96点よ♪」
「自慢かっ!? 平均は十点くらいしか変わらないけど、合計だと三桁くらい離れてるじゃん!」
さらりと自分の平均点を開示してくる当たり、この女中々良い性格をしていらっしゃる。
もしかしてわざとやっているのだろうか。いやわざとだな、間違いない。
綾瀬はまあまあと僕をなだめながら、五本の指を目の前に突き出してきた。
「よく考えて。中間テストは基本の五科目しかないわ。つまり平均点は変わらなくても、私と真ちゃんの合計の差は少なくなってるのよ」
「ああ、確かに」
「まあ私はその五科目が得意なんだけどね」
「やっぱり自慢したいだけ!?」
「そういうわけで、私を楽しませてよね。期待してるわ、真ちゃん♡」
綾瀬は鼻歌交じりに教室へ戻っていった。そのご機嫌な様子から、僕との勝負をよほど楽しみにしていることが伺える。
今まで綾瀬と勝負しようとしてきた無謀なやつなんていなかっただろうし、彼女にとっても今度の中間テストは特別なことなのかもしれない。
これはいよいよハードルが高くなってきたぞ……。
「とりあえず、勉強しなきゃなぁ……」
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