第23話
スマホの機種変を済ませた後、僕たちはショッピングモールの専門店街を見ることにした。
いくつかの店を見て回った後、綾瀬は洋服がみたいというのでショップへ行くことにした。
「この服いいかも。ねぇ、ちょっと着てみても良い?」
「ああ、構わないよ。その間、僕も適当に見て回るから」
「もう! 真ちゃんったら鈍感なんだから。真ちゃんに見て欲しいって言ってるの!」
「そ、そういうことか。ごめん、気が利かなかったよ……」
「まあいいわ。じゃあ試着室借りましょうか」
綾瀬がハンガーに掛けられた洋服を手に取り試着室へ行く。カーテンの奥からスルリと布の擦れる音がした。
今カーテンという薄い布一枚の先で綾瀬が服を脱いでいると思うと、なぜだか緊張する。姿が見えず、音しか聞こえないことで想像力が余計働いてしまう。
そういえば、綾瀬の下着姿なんて小学校の時以来見ていないな……。
やっぱり、それなりに成長しているのだろうか。服の上から見て分かる程スタイルがいいし。
……って僕は何を考えているのだ、女の裸など気にしてどうする!
僕は脳内に浮かぶ綾瀬の姿をかき消しながら、必死に意識しないように努めた。
「真ちゃん、見て見て!」
カーテンが勢いよく開かれ、その先には先程手に持った服に着替えた綾瀬の姿があった。
白いシャツに薄ピンク色のフレアスカートというシンプルながら清楚かつおしゃれな印象を持たせる組み合わせだ。
「この服どうかしら」
「うん、よく似合ってるよ」
「本当? 適当に言ってるんじゃない?」
「嘘じゃないよ、うん本当に似合ってる。まるで……」
『姫かわいい! まるで本物の〇〇〇みたい!』
不意に訪れるフラッシュバックに、僕は言葉を失う。昔、似たようなことを綾瀬に言った事を思いだした。
「まるで?」
「……いや何でも無い。とにかく、その服は綾瀬のイメージにもぴったりだと思う。今日着てる服も似合ってるけど、そっちの方が可愛いよ」
「か、可愛いって……そんな……。えへへ、嬉しいわ」
「お、おう……」
照れる綾瀬の顔を見て、僕まで恥ずかしくなってしまう。単純に服装を褒めたつもりだったのだが、これではまるで綾瀬本人を可愛いと言ったみたいではないか。
いや、綾瀬は間違いなく美少女の部類……その中でもトップクラスなのは否定しようもない事実なのだが。
「じゃ。じゃあこれ買っちゃおうかしら。せ、せっかく真ちゃんに褒めて貰ったんだし、このまま着て帰っちゃうのもいいかもね」
どうやらここで買い物を済ませるつもりらしい。それならば、と僕はゴールデンウィークのお礼をここで返すことにした。
「それならその服は僕に買わせてくれないか。この前のお礼ということで君にプレゼントするよ」
「本当!? でも、部活の助っ人を手伝っただけで服を買って貰うなんて、なんだか悪いわ」
「気にするなよ。僕からの気持ちだってことで、ここは任せてくれよ」
「真ちゃん……!」
綾瀬は両手を組み、感極まった表情をして僕を見やる。
何だろう、そこまで感動するようなことだろうか。僕は単にあの時助けてくれてありがとうという気持ちを贈ろうと思っただけなのだけど。
服の値段はそれなりにしたが、僕のお小遣いで足りて助かった。流石にスマホ代の残りで買うのは、プレゼント的にもどうかと思うし。
会計を済ませた後、僕たちは適当にぶらついたが特にめぼしい物もないので帰ることにした。
帰りのバスで嬉しそうに鼻歌を歌う綾瀬が妙に眩しく見えた。近所に買い物に行く気分でスウェット姿で来た僕とは対照的で、まるで美女と野獣だ。隣に座るのは何だか気が引ける。
「うふふ……♪ ふんふんふ~ん……♪」
まぁ、綾瀬が嬉しいのならばそれでいいか。
バスから降りて、帰り道を歩く途中にふと公園を通りがかった。そこは昔よく遊んでいた公園で、中学に入ってからは来なくなった場所だ。
たまに公園を横切る時は意識しなかったのだが、綾瀬と一緒にいると小学校時代の思い出が甦ってくる。
「ここ、昔よく二人で遊んだわよね」
「そうだね……。今では遊具も減って子供もあまりいないみたいだけど」
「最近の小学生ってスマホでゲームするのが主流みたいよ。ネットで友達とも遊べるから昔みたいに公園とか、誰かの家に行って遊ぶのも減ったみたい」
「すごいな、そんなこと出来るんだ。まあ僕はゲームしないからあまり羨ましくはないけどさ」
「真ちゃんはどっちかというとアウトドア派だったものね。最近はどうか知らないけど」
綾瀬が少し寂しそうに言った。
そうか、僕のことは何でもお見通しだと思っていた綾瀬でも、普段僕が何をしているかまでは知らないんだ。僕が綾瀬の休日の過ごし方を意外に思ったように、綾瀬もまた僕の普段の姿をイメージでしか分からないのか。
綾瀬から見た僕は、どんな人間なのだろう。学校から帰ったら何をして、休日はどう過ごすのか。
もしかしたら、今でも外で遊ぶのが好きだと思っているのだろうか。それとも、家で過ごすのが好きと思っているのか。
先月遊んだ時に言った言葉を思い出す。「次は僕の番だから」と彼女に伝えた。
綾瀬に普段の僕を見せると、そう決めたはずだ。だから僕は――
「外で遊ぶのは、好きじゃないんだ。最近は家でテレビを見たり、音楽聴いたり。たまに漫画は読むけど、本当にたまに読むだけ。趣味を聞かれると、ちょっと困るかもしれない」
「そっか……」
「だからインドアでもアウトドアでもなくて、何て言うか……今の僕は……そう、無趣味なんだ。友達と遊ぶ時も誘われたから出かけるって感じだし、何かしたいことがあるってわけじゃないんだ」
「うん……。真ちゃんは昔とずいぶん変わったんだね」
「変わらないものなんてないし、変わったとしても良くなるとは限らないからね」
変化とは、元の状態から必ずしもプラスへ転じるわけじゃない。マイナスへ傾くことも等しく変化である。
僕の場合は後者だ。昔はもっと友達も多くて、僕からみんなを誘って遊びに行くことも多かった。
今の僕は消極的な性格になってしまった。幸いにも友達に恵まれて、寂しい青春時代を過ごさずとも済んでいることは奇跡といえる。
だが僕は変わると決めた。つくしに言われて、決心したのだ。
綾瀬の側にいることへの罪悪感に打ち勝つために、自分を変えてみせるのだと。
「変わってしまったものは元へは戻せないけど、でも……それでももう一度前を向くことにしたんだ」
「真ちゃん……」
「今までずっと、後ろばっかり見てきた僕だけど、前を向いて歩きたいんだ。……綾瀬と、同じ方向を見たいって決意した」
「うん、私も真ちゃんと一緒の方を見て歩きたい。影のある雰囲気の真ちゃんも好きだけど、やっぱり昔みたいな王子様のような真ちゃんも好きだもの」
「王子様は言い過ぎかも知れないけど……」
確かにそんな風に持ち上げられた時期はあったが、今思うとあれは少し恥ずかしい思い出だ。
「と、とにかく僕は綾瀬の……友達になれるように、隣にいても恥ずかしくないように、僕自身が変わるって決めた。だからまず、次の中間テストを頑張ろうと思う。綾瀬に勝つくらいのつもりで挑むから覚悟しておけ!」
「……ええ、楽しみに待ってるわよ。でも、私に勝つのは簡単じゃないからね?」
綾瀬は嬉しそうに、愉快そうに、不敵な笑みを浮かべていた。それは完璧な優等生としての揺るぎない自信に満ちあふれた表情だ。
「待ってるからね、真ちゃん」
綾瀬は優しい声でそう言って、優等生の仮面を剥いだ。そして聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
それは僕への期待の眼差しであり、幼馴染としての綾瀬の顔だ。
二つの表情を併せ持つ、完璧な幼馴染が僕にだけ見せる特別な一面だった。
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