第22話

「――はい。ここ中間テストに出すぞ~」


「ええ~」



 五月も中旬に差し掛かるある日。

 午後の授業を終えて一休みしている中、僕はゴールデンウィークに綾瀬と交わしたとある約束を思い出していた。


『私はご褒美が欲しいの、ご・ほ・う・び♪』


 物を渡すのならどこかに買いに行かなければならない。しかし再来週には中間テストだ。

 プレゼントを買いに行くのならば今週末がラストチャンスだ。だが、僕は未だに具体的な計画を立てられないでいた。


 綾瀬が喜ぶもの……高級なアクセサリー? それともブランドバッグ? まさか指輪なんてことは……。

 僕一人で選ぶのもセンスがないから不安だし、何より金欠だ。

 はてさて、どうしたものか……。


「あ、そういえばまた遊びに行くって約束もしていたな」


 四月の土日に綾瀬と駅前の並びに遊びに行ったこと。

 あの日、僕は綾瀬も等身大の女子高生なのだと知った。あれがあったから、今の僕たちの距離感が保てている。もしあの時、綾瀬の誘いを断っていれば僕は未だに綾瀬のことを学校でも家でも完璧なやつだと思い込んでいたことだろう。


 今度は僕が綾瀬を誘う番。特に行きたいところもないのだが、せっかくならGWのお礼を綾瀬と一緒に選ぶというのはどうだろう。

 僕だけじゃなく綾瀬も一緒なら、少なくとも彼女の希望に沿ったものを送れるだろうし。


 つまり、綾瀬と出かけてその行き先で綾瀬の欲しいものを一緒に選ぶ。これなら十分ご褒美になっているだろう。


 よし、そうしよう。問題はどこに行けばいいかなのだが……。

 これは残り数日の内に考えておくことにしよう。



 ◆◆◆◆◆



 夕食前のリビングで、スマホで「友達 買い物」とか「女子高生 贈り物」とか調べていると、後ろから声がかかった。

 声の主は、母が作った料理をテーブルに並べる父のものだった。今日は珍しく時計の針が六時を過ぎた頃に帰って来れたようだ。

 先月の会議で決まった案件のまとめも済んで忙しくない時期らしい。来月からまた残業続きになるとも言っていたけど。


「真、そのスマホ使い始めて何年目だい」


「ん、えーっと……一度も機種変してないから、四年くらい?」


「不便じゃないかい。最近の子はスマホで友達同士でゲームするんだろう。スマホが古かったら、ゲームが動かないとかあるんじゃないかな」


「大丈夫だよ父さん。僕、ネットか音楽くらいにしか使わないし。それにうちの学校、ゲームするような子あんまりいないから、ハブられるとかもないよ」


「それならいいんだ。ただ、いい加減買い換えても良いと思うよ? 機種変代くらい出してやるから、週末に買ってきたらどうだい」


「んー……」


 スマホかぁ、あまり気にしたことなかったなぁ。四年前のモデルのワイフォンでも、アプリを詰め込むとかしなかったら十分動くし。

 強いて不満を言うならストレージが少ないから、音楽を入れたら容量ギリギリってことくらい。

 その不満も最近増えてきてるサブスクで不便はないもの。


「無駄に新しい機能のために親に買って貰うのも、なんか悪いじゃない」


「気にしなくてもいいのに。なあ母さん!」


 台所で料理の仕上げに移行していた母も、僕と父の会話に加わる。


「そうよ、若い子ってスマホがステータスになってるってママ友に聞いたんだから。真も変に意地張ってないで新しいの選んで良いのよ。お金は父さんのお小遣いから出るから」


「え!? き、聞いてないよ母さん!!」


「あらやだお父さんったら、冗談よ」


「ほ、本当に冗談なんだろうね……?」



 そうか、新しいスマホか。言われてみれば僕のスマホも大分傷んできている。カバーをつけていても防げない傷や、画面の擦れが見られる。


 目を凝らしてじゃないと見えない細かい傷などが、歴戦のロボットアニメの機体ような雰囲気を醸し出している。

 年数にして四年も働いているのだから、きっとこのワイフォンはエースが乗っていた機体なんだろう。

 両親の言うとおり、そろそろ暇を与えてもいい頃合いなのかもしれない。



「そういえば、今までも機種変しないかって言ってくれたことあったよね」


「ああ。二年契約が終わって、そのタイミングで他の機種を進めたけど真はいらないって言うから」


「そうだっけ……」


 僕はどうして今までこのスマホを変えない出来たんだろう。四年前、中学の入学祝いで買って貰ったから初めてのスマホ。

 当時は綾瀬のことをまだ「姫乃」と呼んでいて、ギリギリ交流があったはずだ。確か、CMで流行ってるスマホが欲しいから、一緒に選んで欲しいと誘って、僕と綾瀬の親が同伴して選びに行ったのを覚えている。


 僕は黒のワイフォンを選び、綾瀬はピンクのワイフォンを選んだ。

 黒と白で揃えようよと言う僕の意見に対して、ピンクは桜の色だからこっち! と頑なだったのを思い出した。

 そうか。僕がこのスマホを変えないのは、まだ綾瀬と仲が良かった頃の思い出の品だからか。

 そう認識すると、途端にこのスマホが大事なもののように思えてくる。

 僕はスマホをぎゅっと握り、小さく「お疲れ様」と口にした。



「じゃあ土曜の昼くらいに機種変行きたい。母さん、ついてきて」


「駄目よ。お母さんその日はホットヨガの予約入れてるんだから。お父さんと行きなさい」


「いやぁごめん真。父さん、その日は上司や取引先とゴルフ行くんだ。早朝から夜まで帰って来れそうにないよ」


「え~。じゃあどうすればいいのさ」


「お金は渡すから自分で行ってきなさい。予約は入れといてあげるから」


「高校生一人で大丈夫なの?」


「電話で事情を話しておけば大丈夫でしょう。あ、念のため身分証明書持って行ってね」


「ちぇ、分かった」


 結局一人で出かけなきゃいけないのか。家族全員で出かけたのは何ヶ月前のことやら。最後に出かけたのはたぶん、二月の外食とかじゃないか?

 ずいぶんと寂しい家族ですこと。共働きの弊害がこんなところにまで表面化しているのは、現代社会の闇だ。


 いや、買い物に一人で行くのが嫌だから、回りくどく言い訳してるだけなのだけど。



「あ、せっかくなら……」


 僕はあることを思いつき、古くなったスマホのRINEアプリを開いて、あいつにメッセージを送るのだった。


 ◆◆◆◆◆



「真ちゃん、待った?」


「いや今来たとこだよ」


 土曜日の昼過ぎだった。僕は近所のバス停で綾瀬と待ち合わせをしていた。

 綾瀬にRINEで「スマホの買い換えに行くけど、どれがいいか分からないから付き添いを頼めないかな」と送ったところ、二つ返事で了承してくれた。


 行き先は近くのショッピングモール。ここなら携帯ショップのついでに買い物も出来る。綾瀬にGWのお礼をするのに好都合の場所だろう。


 しばらく綾瀬と会話しているとバスが来たので、僕らは乗車してショッピングモールへと向かう。ここから四つ先のバス停で降りる予定だ。


 僕たちは中間テストのことなどを話ながら、ショッピングモールへの到着を待つのだった。



「このスマホの後継機ってないのかな」


「うーん、お店の中を見る感じ、売り切れちゃってるみたいね。一つ前のモデルならあるみたいよ」


「あ、本当だ。でもワイフォンプロとか、ワイフォンSEとかよく分からないなぁ」


「真ちゃんは普段スマホで何してるの?」


 綾瀬が首を斜めにかしげて聞いてくる。僕が普段していることといったら……。


「音楽聴いたり、ネット見るくらいかな」


「そうなんだ。じゃあ……これとかどう?」


 綾瀬は隣の棚に置いてあるスマホを持ち、僕に見せてくる。

 それは今まで使っていたワイフォンではなく、音楽プレイヤーで有名なメーカーが出しているスマホだった。


 説明を読むと、このスマホは音楽を聞くのに適している性能を持っているとのことだった。値段もワイフォンに比べたら手頃で、両親に貰った金額の範囲で買える値段だ。


 そして綾瀬がおすすめするということは、間違いなくハズレではないだろう。綾瀬の直感は良く当たる。


「わかった。じゃあこれにしようかな。色は何色がいいだろうか」


「真ちゃんならこの黒がいいんじゃないかしら」


「うん。悪くない。じゃあ買ってくるよ」


 受付に行き、機種変更の手続きを行う。データ移行は店の人がやってくれたおかげでスムーズに終わり、数十分もしないうちに手続きは無事終わる。


 こうして僕は四年間連れ添ってきたワイフォンに別れを告げて、新しいスマホを手に入れた。


 そして、綾瀬と買い物に出かけることになったのだった。

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