第9話 -噂話は必ずしも真実では無い-

事件から5日が経ちました。

結果だけ言えば、私たちは案の定容疑者リストに含まれていたようです。まあ、彼と数日前にトラブルになっていたのですから当たり前な話です。どうして解決に至ったかと言うと、犯人は被害者の友人で、彼のルームメイトだったようです。「友人を殺してしまった」と言う重圧に耐えられなくなって自首したんだとか。動機などの詳細は公表されていないこともあって学園内では「友人同士でのトラブルが原因で殺ってしまった」なんて噂が広がっています。噂なのでこれが真実かどうかは分からないのですが、学園内ではこれが通説のようです。殺人犯が捕まったと言うことで現在学園は通常通りに動いて、それと同時に私とヒロの関係に関する噂も聞かなくなりました。

そして、今回に事件が原因で勧誘会は一時的に中止となり、後日から再開し残りの日数の消化を行うこととなりました。と言っても明日には再開するようです。

それにしても友人。しかもルームメイトが犯人だったとは、なんとも驚きましたね。ほんとに怖い話です。


「そっかー、じゃあアリーは悪い人じゃないんだねー。面白くないなぁ」

隣で失礼な発言をしたのは同じ学科を履修している同輩の子だ。名をリーネ・バイ・シュルツェンという。

「なんですか、私が犯人の方が良かったんですか?」

「いやね、そりゃあ無罪であって欲しいけど。やっぱり、ヒロコを傷つけようとした先輩たちにやり返しに行くとか、なんだか燃える展開じゃん?」

全く何を言っているんだか。この様子だと彼女は、私がヒロに好意を寄せているという話を鵜呑みにしているに留まらず。拡大解釈をしようとしているような気がします。まあ、彼女はこう言った他人の色恋沙汰が大好きなタチなので仕方がないことではあります。

「勘弁してくださいよ、先日にも言った通り、私は好意を寄せてはいませんよ?」

「えぇ〜、でもなぁアリーって私が絡もうとしてものらりくらりと軽くあしらって、冷たいんだもん」

「リーネしつこいからです」

「ほんとにそれだけぇ? 実はヒロじゃなくて私に惚れててツンツンしてるのかな?」

と言いながら私の頬を指で突っついてきました。それを強めにあしらいつつ、

「そういうところですよ」

「えへへ」

しつこい人です。どうにか彼女を他の人になすり付けておきたいところです。

「『えへへ』じゃないですよ、次やったら頬引っ張ります」

「あらら、痛いのは勘弁だよォ。あっ、でもでもエッチなのは大歓迎」

「ちょっ、何言ってるんですか。あなたはケダモノですか」

本当にしつこい人です。オマケにそっち系なのかと疑うようなこと言ってます。しかも白昼堂々と、一体どんなメンタルを手に入れればこんな発言を平気ですることが出来るのでしょう。そもそも恥じらいという概念が欠如しているのかもしれません。これで、周囲の人から変な目で見られるのではなく、ある種のムードメーカー的存在になっているのが驚きです。もしかするとこれが彼女の才能なのかもしれません。

「ねっ」1歩大きく進み、振り返ってから「一緒にお昼行かない?」

と、言われました。これは一緒に行けば彼女の巧みな話術で誘導されて、何を言わされるかわかったもんじゃありません。それに、

「すみません、今日はこの後すぐの図書室の方へ行くつもりでして。そこでの用事が終わってからになりますから遅くなりますよ」

「そっかー、そりゃあ残念」

彼女は「バイバーイ」と手を振るとそのまま食堂の方向へと走っていきました。

図書室での用事と言うのは本の返却です。というのも外出の規制が出ている間に返却期限をすぎてしまっていたのです。教室のある棟から渡り廊下を経て隣の棟へ行き、上の階へ進めば図書室へ繋がっている。この学院の図書室は少し独特な形で、出入口は2階にあり一階へは直接入ることが出来なくなっていて、行きたい場合は一度図書室へ入ってから室内の階段を使い降りなくてはなりません。意外と大変ですが、この作りによって本が盗まれにくくするという考えがあるようです。昼休みだということもあって生徒のほとんどは食堂へ行くため生徒はほとんどいません、せいぜい図書室の司書さんと図書係の者がいつも通り、貸出の作業が来るまで読書をして時間を過ごしています。ここだけ時間の流れがゆっくりになっているように感じてしまう程です。

「すみません、本の返却の手続きをお願いできますか?」

入ってすぐの窓口にいた人へ本を差し出す。それを受け取った係りの者の顔に見覚えがありました。

「あれ、あなた有名人じゃない」

「あ、お陰様で、先日はありがとうございました」

そう、ヒロを助ける時に助力してくれた彼女だったのです。

「いやいや、あの二人はよく悪いことしてたから。痛い目見とくべきだと思ってね。でもこうなるとは予想外よ」

まさか、亡くなるとは考えもしません。そう言いたいのでしょう。

「そういえば、自己紹介をしてませんでしたね。私はアリシア・フォン・バルクホルンです」

「私はニーナ・エストン・サンダークよ、気軽にニーナで構わないわ」

そう言い手元では私の返却する本を受け取り、慣れた手つきで手続きを行っている。

「知ってると思うけど、今回は例外で返却期限切れは免除ね」

「はい、ありがとうございます。そういえばニーナさんは聴取されましたか?」

それを聞いた彼女は嫌な顔をしつつ。

「なんでかしらね、バレないようにしたつもりが普通に話し聞きに来たわ」

彼女は私たちと違いコソコソと動いていたはずなのですが、それに気づいた人がいたということでしょう。だとすると相当な観察眼か、周りにも目を向けていた人がいた、ということですかね。

「と言っても私が加担してるって告げ口したやつはある程度予想はついてるのよねぇ」彼女はとある角へ視線を向け「いるんでしょ委員長」

そう呼ばれた人はもちろん彼、ウィリアム・ジョンソン生徒委員長なのです。「バレてたかー」とわざとらしいセリフを口にしながら背の高い本棚から姿を表しました。一体いつからいたのか、私には彼の存在をこれっぽっちの感じることができませんでした。

「淑女の話を盗み聞きとはいい趣味をお持ちのようで」

あからさまに皮肉が込められてますね。

「まあまあ、私たちの仲だ。そんな邪険にしなくてもいいだろ」

「私は貴方と冗談を言い合う仲になった覚えは無いのだけれど」

ニーナさんなかなかに冷たい。それを言われた等の本人はいつも通り爽やかな笑顔を崩さないでいた。全く、肝座っているのか、ただのナルシストなのか本当にすごい人です。

「その......。2人はお知り合いですか?」

「ええ、生まれが同じ地方なのよ。小さい時からよく舞踏会やら、晩餐会なんかでね」

本当に腐れ縁のような関係らしいです。生徒委員長である彼に存外な態度をとっているのも納得です。

「まあ、仕方ない話だね私が彼女の妹と婚約してしまっているからね」

「はあ、こんな男の何がいいんだか。慕っている妹の考えはわからんね」

「実の妹になんと言う......」

彼への評価は相当低いようです。しかし、こうも冗談を言い合える仲なのは素晴らしいことだと思います。このふたりはずっとこんな間柄でいて欲しいです。

「それでぇ、あんたがここに来たってことは何かしら用があるんじゃないの?」

「あぁ、そうだよ。さすが長い付き合いなだけあって僕の考えもお見通しか」

ほんの一瞬間が開いた後に、ゴミを見る目で。

「......キッモ」

と、一言。容赦の欠片もありませんでした。正しく一刀両断です。少し可愛そうになってきました。ちょっとこの空間に入るのは恐れ多いので、

「そのぉ、私はこれで失礼しますね」

と、回れ右をして立ち去ろうとしましたが。

「いやいや、用があるのはニーナだけでなくて君もなんだ」

はい?

「ニーナ、大丈夫かな?」

彼女にひとつ質問をなげかけ、それに答えるようにニーナは魔法を展開しました。系統はおそらく広範囲の索敵系の魔法だと思います。とすると、今から話す内容はあまり聞かれたくないものであることが分かります。

「あー、1人居るようだけど問題はなさそうよ」

え、始めちゃっていいんですか? 聞かれたくないから索敵したんじゃないのでしょうか?

「ありがとう」

あ、そのまま始めちゃうんですね。というか、ニーナさんはあの一言で何をすればいいかわかるなんて凄いですね。

「で、話っていうのは?」

委員長は神妙な面持ちで話し始めました。

「今回の事件だけど、実は犯人が捕まっていないんだ」

.....は?

まじですかそれ。じゃあ、自首したルームメイトとは一体。もしかしてガセネタなんかなじゃないですよね。まあ、所詮人間が広めた噂話を聞いただけなので真実ではなくても何らおかしなことではありませんが、犯人が捕まってないのに、学園が通常通りに動いているのはおかしいと感じます。

「で、なんで犯人が別で居るのがわかっているのに学園はいつも通りになってるの? それにさっきの話。私たちに言ってどして欲しいのよ」

ごもっともな意見です。

「まあそうなんだが、一応用心しておいて欲しいと思ってね。それと学院の件だけどそもそも学院側は彼を捕まえた時点でこの件は終わったと思っているらしい」

「なぜ委員長は犯人が別にいるとわかったんですか?」

少し思考を巡らせるような動きを見せたあと。

「勘だ」

迷いもせずはっきりと答えたものだから驚きのあまり、しばしの間呆気にとられてしまいました。

「まあ、そんな冗談は置いといて、実際のところ今回の加害者と被害者は、意見の食い違いで相手を手にかけるような間柄では無い」

話から察するにどう部屋なだけあり彼らは仲がいいようです。だとすると本当に第三者の可能性が出てきますが、学院中で出回っている噂話は所詮噂話程度だということでいいのでしょうか?

「じゃあ、何が原因で誰が犯人なのよ」

「犯人までは分からないが、加害者からは魔力とは別の力を感じてね。おそらく何かしらの術をかけられている可能性がある。私も直接あった訳では無いからなんとも言えないけどね」

何かしらの術が掛けられているとして、第三者はおそらく彼を変わり身のにするつもりです。そして相手を一定の条件下において操る魔法以外の方法と言えば、呪いという事になる。呪いが掛けられているとすると、本人の意思とは別に発言を操作することは容易にできます。

ニーナも気づいたようで、

「......それで噂を流せば」

そうです。あとは学院全体にあやふやな噂のひとつやふたつ流せれば、最終的につきとめられたとしても。多少の時間稼ぎにはなるので次の一手の準備ぐらいはできるかもしれません。

「もしかして、呪術的なものを使っているかもしれませんね」

「私も君らと同じ結論に至ってね。しかもこの考えが本当なら、相当なやり手だろうね」

しかしながら不思議なのは学院側の動きです。私たち3人が同じ結論にたどり着けたのですから、学院側が誰一人としてこの結論に至らないなんてことがあるでしょうか? ここで教鞭を振るっているのですから、到底素人である私たちが考えつく結論にたどり着いているはずです。まさかとは思いますが、

「あんたさ、まさかだとは思うけど......。教員疑ってるんじゃないでしょうね」

ニーナさんの目付きが少し変わりました。

「可能性の話だよ、あってもおかしくないと僕は思うよ」

学院内での事件やトラブルは基本的に学院内で解決させ、それが無理ならば公的機関に引き継ぎを行うという形になっているけれど。正直、殺人事件の時点で警察が捜査するべきです。しかし学院側的には魔法省の直下組織であるため、おそらくメンツ的に公安省の傘下である警察の助けを借りたくは無いのでしょう。

「そのうえで君たちには少し手伝って欲しいことがあってね」

「え、嫌なんだけど」

即答なんですが、迷いなんてものは無くどストレートに言ってます。分からなくもないです。恐らくですが、この「手伝い」と言うのは事件の真相を探るようなことだと思います。あまり関わりたくはありませんね。いやもう手遅れ感はありますが。

「まあ、一応内容だけでも聞きましょうよ。それから決めるとかどうですか?」

一応折衷案を。

「......はあ、いいわよ聞くだけよ」

彼女も乗り気でないですね。

「ありがとうバルクホルン君。で、頼み事なんだけど。君たち3人には調査の手伝いをして欲しい」

やっぱり予想通りでした。でも3人だと1人多いです。私とニーナさん、委員長は含まないとすると残るは。さっきニーナさんの索敵魔法にひかかった人物になるでしょうか。

「3人目ってさっき私の見つけた子でしょ」

「あぁ、そういうわけだからオサナイ君も話そうじゃないか」

委員長の口にした名はヒロの苗字でした。それを聞いて程なくして少し離れた本棚の影からヒロが姿を現しました。少し警戒しているような雰囲気です。

「なぜ私だと?」

「少しだけど君特有の魔力の波? 的なものを感じてね。少し当てずっぽうで言ってみたんだが、まさか的中するとはね」

魔力の波があるのは知っていましたが、実際に見える人がいるとは、ところでなぜヒロはここでコソコソとしていたのでしょう。

「盗み聞きとはいい趣味を持っているな」

それをあなたが言うんですか、さっきお同じことしてましたよね。

「それはお互い様だと思うぞ、ただいつも昼餉を楽しむ友が居なければ心配もするだろう」

と、委員長から私に方に少し視線を向けすぐ元に戻しました。その視線は少し怒りを感じるものでした。先日の「できるだけ1人にならないようにする」と言う件で文句のひとつぐらい言いたいのかもしれない。はい、ごめんなさい。ひとりで行動していました。

「まあ、友人を心配するのも通りか......。まあいい、それで一応答えを聞きたい」

私としてはもしかすると、これ以上この件に関わっていると、それこそ私の命を奪う出来事に繋がりかねなません。極力この件から距離を置くのが正しい判断でしょう。

「私はお断りよ、いくらあんたの頼みだとしても、殺人をするようなやつを探せだなんて。私が殺されてもおかしくないじゃない」

ニーナさんも同じ意見のようです。

「私も、力にはなれそうにないです。ごめんなさい」

ここは丁重にお断りしよう。

「そうか、それもそうだな。オサナイくんはどうだい?」

「もちろん断らせてもらう。アリーがやらないのならば私が手伝う理由は無い」

私が手伝うと言ったらヒロは手伝うつもりだったようです。

「これはキツイねぇ、3人に振られてしまったよ」

「私の妹がありながらそんな事言ってると、あんたぶっ殺すよ」

割と冗談抜きで殺意を振りまいてますね。まあ、許嫁がいる身で先程の発言はあまりいいものではありませんよね。

ニーナさんと、委員長に挨拶をして私とヒロは図書室を後にしました。5つ目の稼業は履修していないので次の稼業まで私は実質暇な時間なので昼食にするため、図書室からそのまま食堂へ向かいます。その間ヒロは私と目を合わすことはせず、隣を無言で歩いていました。少し居心地が悪いです。機嫌が悪い理由は薄々わかっているので、その件について謝りたいのですが、彼女から発せられるオーラがそれを許してくれそうにないです。校舎と食堂を結ぶ渡り廊下の中程の来た時、彼女が口を開きました。

「......そのだな。悪い事をした」

「へ......?」

怒られ、謝罪をすべきなのは私だとそう思っていたばかりに、突然の事だったのでおかしな声を出してしまいました。

「......いや、えっとだな。心配だったとはいえ、跡をつけるような真似をしたからな。気分を害したかと思ってな」

彼女はまだ目を合わせてはくれず、少し見えた横顔には落ち込んでいる印象を受けました。そう、怒っていた訳では無かったようです。

「そんな、大丈夫ですよ。むしろ私の方こそ謝らせてください」

と、頭を下げます。

「できるだけ単独行動は避けると言う話だったのに、すみません」

私の謝罪を受け彼女は振り向き、「そうだな」と一言 。彼女も私が怒っていると思っていたのかもしれません、だから言葉をかけずに黙り込んでいたのでしょう。しかし、そんな心配はいらないことを確認したからでしょう。彼女はいつものヒロに戻っていました。

「ヒロ、次の稼業まで時間があるなら昼食を一緒にどうです?」

「ああ、問題ない。5つ目の稼業は今日はないからな。少しばかりゆっくりするとしよう」

「ええ、そうですね」

「委員長は信用に足る男か分からないな。何故私たちに犯人探しの協力を求めたのだろうか」

確かに話を聞くとか、身辺調査をするなら分かりますが、なぜわざわざ真犯人がいるかもしれない事を教え、その調査に協力して欲しいなんて。それこそ私たちが犯人かもしれないというのに、もしかすると私たちが犯人ではないかと鎌をかけたのかもしれません。

「今後、考えて行動しないと面倒なことになり兼ねんな」

「そうですね、既に手遅れかもしれないですけど」

と、私の自傷気味なセリフを聞いて「そうだな」と笑う彼女と共に他愛のない会話をしながら食堂へ向かいました。


-to be continued-



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

造花であった者 三富士 三二 @mihuzi1916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ