第8話 -如何なる時も、トラブルは突然に-
ギルド勧誘会3日目の朝です。
すごく眠いです。ちゃんと6時間以上の睡眠を取ったはずですが、体が疲弊しているのが分かります。過度な運動をした訳では無いので、これは恐らく昨日の出来事から来ている、メンタル的な疲れなのだと思います。その出来事と言うのはもちろん第三皇子に話しかけられたことです。
私、ヒロ、セシル、レミーといういつもの4人に加えに珍しく合流したクリスさんと一緒に雑談に勤しんでいたときです。突然声をかけられました。私たちは声をかけてきた人物のことをよく知っています。そもそもこの国の生まれであれば。いや、そう出なかったとしても。彼のことを知っている人は多いはずです。そんな有名人に突然声をかけられたのですから、私は完全に固まってしまったのです。
「えーと、どうしたんだい君たち。そんな固まって」
少し心配をしている口調でした。その光景を見たからでしょう。王子の側近みたいな人が、
「突然前触れもなくお前みたいなやつに話しかけられてみろ、こんな顔になるのも当たり前だよ」
なかなかに強気な言葉選びですね。まるで長い付き合いの友達と会話しているようだった。
「それもそうだな、少し待ってみるか......」
セシルが恐る恐る「質問をよろしいですか?」とビクビクしながら手を挙げます。それを見て王子は「そんなに畏まることは無い、ここでは身分など存在はしないのだから」と言っていますが、それでもセシルには王子に対して気軽にか話しかけれないようで、
「えっと、エドワード・フィリップ・ジョージ王子でお間違えないでしょうか?」
言葉が少し震えていてます。怯えているのが丸わかりですね。
「あぁ、そうだ。私がエドワード・フィリップ・ジョージだ」
そっくりさんかなにかであって欲しいと願っていましたが、そういう訳では無いようで、現実逃避させてくれないようです。
「それで、さっきの話だが。アリシア・フォン・バルクホルン」
「えっ、あっ、はい」
「さっきも言ったように君の才能を私のギルドで役立ててくれないか」
「それは......。その、ギルド対抗戦とか戦闘に役立てるということで合っていますか?」
「そういうことになるな」
私は争い事はあまり好きでは無いのですが、てっ、先日戦ってましたね。いや、あれは直接戦ってませんし、不可抗力です。ヒロを援護しただけなのでノーカンです。ノーカン。でも、どうしましょう。おそらく王子は来学期に予定されているギルド対抗戦の実戦の種目で私を駆り出すのが目的。争い事など関わりたくないのでここはお断りしたいところですが、それで恨みでも買ってしまったらどうしましょう、相手は王子です。一体どんな嫌がらせをされるやら。ここは無難に。
「えっと。私、争い事はあまり好きでは無いので、そういったのにはお答え出来ないかと。それに戦闘は素人も同然なので......」
断固拒否ではなく柔らかく無理な理由を話してしまえばどうにかなるはずです。
それを聞いた王子は。
「それならば問題ない、私が直々に多人数での戦闘の訓練をつけよう」
いや、そういう問題じゃなくて。話聞いてましたか? 争い事が好かないって言ってるじゃないですか。
結局この押し問答が終わることはなく、稼業開始5分前の予鈴が鳴り響くまで続きました。
今考えると。今日も同じような目にあうのではと、思うと気が滅入りそうです。そんなことを考えながら私はいつも通りに着替えと身だしなみを整えてからシェアルームへ向かいます。いつもならレミーとセシルが朝から紅茶片手に学園新聞を読んでいて、夫婦みたいな光景が広がっているのですが。今日は意外な人物、と言ってもありえないことでは無いのですが。一人多いようで、もちろんそれはヒロのことです。この時間帯だとまだ早朝ランニングの途中のはずです。
「おはようございます。珍しいですねヒロがランニングに行っていないなんて」
私の挨拶に各々が返事を返した後にヒロ本人が説明してくれました。
「いやなに、『学園側から全学園内の生徒は外出を禁ず』と
なにかトラブルがあった、そう考えるのが自然ですね。それも全学園生を外出不可の状態にするのですから、それは相当な事件ということでしょう。
「姉さまから聞いた話だが、一昨年も同じように全学園生が外出不可になったと聞いた。その時は爆破予告があったからだったと聞いている」
ここ学園ですよ、なんで爆破予告来てるんですか。イタズラだとしたら迷惑極まりない行いです。
「犯人は捕まったのですか?」
「あぁ、翌日には捕まっている。爆弾に関してはただの嘘だったそうだ」
まさかのイタズラでした。古今東西どこでもそういったことは起こるのですね。それにしても爆破予告が送られるなんて、イタズラだとしてもこの学園なにか色々闇を抱えてそうです。て、略奪戦がある時点で真っ黒な気はしますが。
「それにしても、外出が許されないほどの出来事と言うことは、私たち生徒の命に関わる話と考えていいでしょうね」
セシルの言う通りです。
「それにしても朝食はどうするのでしょうか、これでは食堂に行けませんね」
それを聞いてヒロの顔が一瞬で暗くなりました。少し震えていますね。
「
そのセリフの直後、美しくない虫の音が盛大に鳴り響きました。
彼女は食べることに一番生を感じている節があるので、一日の始まりである朝食が食べられないかもしれないのがショックのようです。
「さすがにそれは無いと思いますよ。部屋に持ってきてもらえると思います」
「そうだなセシルの言う通りだな。きっと食べる手段は用意されているはずだ」
その時、扉がノックの音が響き無人のカートが現れました。どうやってノック音出したんですか。上には朝食のパンとスープにサラダといつもと変わらないメニューが用意されていました。それらを食卓へ運び終え。カートの上から朝食が姿を消すと、封筒が一封置かれていました。
「なんでしょうか?」
セシルが手に持ち、裏返して送り主を確認します。
「学院からのものですね、宛先は全校生徒だそうです」
彼女の言う通り封筒には学院のエンブレムを型どったワインレッドのシーリングワックスが施されていました。その場にあったナイフで封を切り中身を取り出して内容を確認します。
「......」
しばしの時間が流れ、セシルの顔を伺っていると少しづつ表情が強ばっていました。
「どうしたんですか」
「皆さん、落ち着いて聞いてください」
声色にも恐怖を感じているのが分かります。
「昨晩。学院内で殺人があったようです」
「なっ!」
「殺人ですか......」
「一体誰が殺されたんだ!?」
レミーの質問を聞いてセシルは少し考えてから殺された人の名前を口にししました。
「その......。本当に落ち着いて聞いてください。殺された人の名前はジェフ・アンソニーさんです」
「......えっ、と」
どなた様でしょうか? どうしましょう、分かりません。でもどこかで聞いたことがあるような名前ですがどうにも思い出せません。まあ、思い出せないということは、私に取ってその程度の男ということでしょう。
「それは本当なのか?」
あれ、レミーさんやけに緊迫した顔をしていますね。
「すいません。そのジェフ・アンソニーさんという方は有名なのですか?」
それを聞いたレミーは今度は『ウッソだろお前』みたいな顔でこっちを見ています。ちょっと待ってください、頑張って思い出してみますから。
「......」
「おいおいおい」
すごい視線を感じます。
「......」
「まさかとは思うが忘れたのかアリー」
「やっぱり有名人な感じですか?」
「アリーさん本当に忘れてしまったのですか?」
ちょっ、セシルさん。『大丈夫かこの人』みたいな目で見ないでください。
「有名人どころか君らは顔を合わせてるだろう」
いやいやいや、知りませんよ一体どこのどなたですか? 俳優? 画家 ? それとも作家? どれも違うでしょう。すると学者さんの類でしょうか。だとしてもそんな名前の有名人なんて聞いたことないです。
「どうして覚えてないんだ。顔を合わせたのだって2日前だぞ!? ほら、ヒロも言ってやってくれ」
「そっ、そうだぞ。あのジョウ・アンコリーを忘れたのか」
なんですか今のはちゃんと名前言えてませんでしたよね。ヒロも少し怪しくないですか。
「全く、あんな有名人を忘れてしまうとは」
いや、すごい冷や汗の量ですし、目も泳いでます。これはほぼ間違いなく彼女もわかってないですね。もちろんレミーもその事に感づいたようで、両手で頭を抱えていました。
「二人は興味があるものしか覚えていないということかしら?」
的確ですね。私にはそういった面はあります。
「いやセシル、そうだとしてもだ極端すぎないか!?」
「まあ、確かにそうですね」
「いや、少しは否定しろ」
否定しろも何も事実なので認めざるを得ません。
「はあ」と、大きなため息をひとつ。「ジョフ・アンソニーさんは、先日。ヒロに略奪戦をしかけた人だよ。それにアリーに関しては昨日まで覚えてたろ」
あぁ、そんな人もいましたね。おそらくですが、私が覚えてない理由って。トラブルに巻き込まれた元凶であるが故に、彼のことを記憶から抹消しようとしているということでしょう。それにしてもどうしてアンソニーさんなんでしょうか? まあ、確かにあの感じだと何かしら人から恨みのひとつや、ふたつぐらい買ってそうではありますね。あれ? ちょっと待ってください。直近でアンソニーさんとトラブルがあった人物が私の記憶の中に二人いるのですが......。
「え、じゃあ。私とヒロが犯人として疑われてもおかしくないってことですよね?」
「いや、気づくのが遅すぎだ!?」
ここ最近、なにかとんでもない事に巻き込まれてもおかしくないような出来事ばかり起こっていましたが。まさか、私もしかすると容疑者に含まれてもおかしくない状況になってしまいましたよ。
「えっ、どうしましょうレミー助けてぇ」
「そんなこと私に言われてもだなぁ。さすがに殺人の擁護はできんぞ」
助けを求めたら私が殺したみたいな言い方で返してきましたこの人。
「いやいや、殺してませんって」
「大変なことになってしまったなアリー、私でよければ助けになるぞ」
「ちょっと待った、なんでヒロはそんな他人事みたいな余裕があるんですか!? あなたも当事者ですよ?」
それを聞いた当人はさも当然という態度でこう返してきました。
「そもそもだ、私は誰も手に掛けていないのだから怖がることは無い。堂々としていればいいのだ、堂々と」
確かに彼女の言うことには一理ありますね。うだうだ考えてメンタルを削る必要なんてないんです。だって無実なんですから。堂々と暮らすべきなのです。
「ということは、今日は皆さんと一緒に過ごすということですね」
セシルが強引に話を変えました。おそらく悪い空気を治すために。
「そうだな、それどころか数日かもしれん」
レミーの言う通りでしょう。そうなるとやはり3日間ぐらいは動けないと考えるのが妥当でしょう。
「どうしましょうチェスでもしますか?」
そう、このシェアルームには4人で使うには勿体ないほどの設備が揃っています。チェスにビリヤード、ダーツであったり、アクティビティに困ることはまず無いでしょう。そんなこんなで1日目はみなでチェスを楽しんでいました。
その日の夜のことです。
私は眠気に襲われるまで読書を続け、一瞬ふらっと意識が飛びそうになってからベットに沈み、目を閉じて眠りにつきました。視界が暗闇に閉ざされるまでそう時間はかかりませんでした。背後から声が聞こえてきました。
「......シア......。アリシア......。あ、気づいたわね」
おそらく夢の中でしょう。そしてこの少し前に聞いたことのある声の主はおそらく彼女です。
「アリスですか?」
目を開けば彼女と出会った時見た空間が広がっていました。いつ見ても変わった空間だと感じてしまう。それに、あまり自由が効かないこの空間が私にとっては不便でなりません。
「そうよ〜、あなたのご先祖さまのアリスですよ〜」
と、悪ふざけを交えた風に私の前に、プールを潜るような動きで声の主は現れました。
「どうも、二日ぶりというところですかね?」
「そうね、二晩ぶり? かしらね」
変わった言い回しですが、あながち間違ってはいませんね。
「それで、なにか進展でもあったかしら?」
「いいえ全くですよ、むしろ色々ありすぎて収拾つかないような気がしてきました」
先日のヒロの戦闘に始まり、まさかの百合疑惑。そして、もしかしたら殺人事件の容疑者になっているかもしれないと。この3つをどう収めればいいのか、いい案が全くもって浮かんできません。いや、普通はこんな人生を左右するようなトラブルに、短期間でいくつも巻き込まれる方がおかしな話なんですがね。
「その、アリスの方もなにか分からなかったのですか。今までの私を何かしらの方法でわかるんですよね。だったらどのトラブルが私の命に関わるのかわかるんじゃないですか?」
「私も全能な御先祖様でありたかったのだけど。そんな力はないのごめんね」
彼女は御先祖様と言っても神様では無いのですから、そんな力があるはずは無いのです。お門違いもいい所ですよね。
「と言っても、あなたトラブルに巻き込まれる体質か何かかしら。いつもはとんでもないトラブルって言うのは一つだけですぐ見分けが着くのだけれど」
彼女の話からすると。お父様も含めて過去の御先祖様に降り掛かった命の危機の原因は、全てわかりやすいものだったという事になります。しかし私の場合は、どれが原因になってもおかしくない物事ばかりです。どれが私の命を消すことに繋がっているか分からない、結局のところ今の現状では解決の糸口は見つからないと言うことになります。困った話です。
「お父様の時はどうだったのですか?」
お父様の時の話を聞けばなにかヒントがあるかもしれないと、小さな望みにかけて見ます。
「ダスティンは......、確か。アーリャといい感じの時に浮気の噂が流れたはずよ。そのせいでアーリャが死ぬかもしれなくて、それを助ける時に彼も死んじゃうって言うのが、彼の命の危機と言うやつだったわ」
私との共通点的なものは無いように思えます。いや、人間関係的な話で言えば同類になりそうなトラブルがありますね。
「やっぱり情報が少なすぎるわ、今はあなたの力になれそうにない」
アリスは申し訳なさそうな顔をしていました。彼女は悪くないのですが。優しいのかもしれません彼女は。
そういえば聞くのを忘れていました。
「そうです。入学してすぐの事なのですが、その誰か体をまさぐられるような気持ち悪い感覚にあったんです。これって今回の件に関係ありますかね?」
それを聞いた彼女は小首を傾げ少し思考を凝らした後、真剣な眼差しでこう答えました。
「それがあなたの命を脅かす原因になるかは分からないけれど、それを感じた時は警戒した方がいいかもしれないわね」
「やはり危ないものですか」
「あなたの感じたものが私の知ってるものと同じかは分からないけれど、少なくとも魔力視のあるあなたが不快に感じたとすれば」彼女は人差し指を立てて「闇魔法、しかも普通の魔法じゃない禁忌に触れるかもしれないレベルの」
そんなただ事では無いセリフを吐き出しました。お父様の書庫で一度だけ『禁忌の魔法』という単語を論文のようなもので目にしていたので名前程度は把握していましたが、ちゃんと存在しているのですね。
「禁忌の魔法で人の命を奪うことなんて」
「造作もないわ、なんだったら証拠すら残さずに消すこともできる。そうなったらお手上げね」
「お手上げですか」
「と言っても、これは有益な情報だと思っていいかもね」彼女は私の肩に手を置いて強い眼差しを向けてから「変な感覚に襲われたら用心しなさい」
私のことを心配してくれているということが、これでもかと伝わってきました。
「はい、用心します」
私の返事を聞いて暗かった彼女の顔が少し和らいだように感じました。
「でも、今のままじゃ恐らくあなたは死んでしまうわよ」
予想はしていましたが、やはり今の状態だと私は何かしらの要因で死んでしまうでしょう。もちろん理由は。
「あなた、できるだけ他人を巻き込まないようにする気でしょ」
やはり彼女には筒抜けらしい。怖いのです。友人が私の命を脅かす存在と関わりを持たせてしまうことを、それを元に友人らを巻き込んでしまいたくないのです。私の命を奪えるのなら、私の側にいる人たちも危険にさらされるのは避けれない事実。もしものことがあれば私は自分のせいだと塞ぎ込むでしょう。
「私個人の問題なので、彼女らを巻き込む訳には......」
「あなたの気持ちもわかるけど、一人で解決出来るか分からないのよ」
「もちろんわかっています」
それを聞いた彼女は少し呆れ気味な顔で「そう」とだけ呟きました。この日の夢はこれで終わりました。有益な情報は手に入れたと考えていいでしょう。しかし、以前私に対する脅威に関しては不確定要素が多すぎて、どう動けばいいのか判断しかねます。
後日、今後のことも考えて考え事や調べ物をするために可能なら図書館へ向かいましょう。
そして私はいつも通りの日差しを顔に受け目覚めるのでした。
-to be continued-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます