第7話 -軽挙妄動、自分の行動に責任を-
「皆さんおはようございます」
今日もレミーとセシルが紅茶を飲みながらゆっくりしていました。
「やあ、おはようアリー」
「おはようございますアリーさん」
いつもの光景です。ヒロはおそらく早朝ランニングでしょう。レミーの隣に腰掛けます。
「2人ともギルドは決めましたか?」
「私は剣術のギルドに入ったよ」
レミーは昨日言っていた通りに剣術のギルドに入ったそうです。と、私たちが話しているうちにセシルが紅茶を用意してくれました。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
セシルがにこやかな笑顔で返してくれます。
「皆さん強そうですか?」
「あぁ、先輩と模擬試合をさせて貰ったが、さすがだ手玉に取られたさ」
やれやれと言ったように両手をあげています。相当の強者だったようです。
「私は、同郷の先輩のすすめで植物を研究するギルドに入らせてもらいましたよ」
「と言うと、魔植物とかですかね」
魔植物というのは、植物自体に大きな魔力を秘めていて、普通の植物とは変わった生体を持つ植物です。有名なのはマンドラゴラや、アルラウネなどと言ったものです。魔植物は昔から人間にとって大事な生物です。魔術に関することはもちろん、医療関係にも深く関わっています。
「いいえ、魔植物だけじゃなくて。普通のお花や薬草も研究対象ですね」
「植物ですか、いいですね。私もセシルとおなじ所へ行きましょうか」
私もきれいな花を見るのは好きなのでセシルと同じギルドもいいかもしれません。
「それはもう大歓迎です。でも、ちゃんと色々見てから決めてくださいね。ギルドの加入は将来の進路などにも重要になってきますので」
「もちろんです。いいギルドへ加入しますよ」
とは言ったものの。現在、私の心を射止めたギルドは何一つ見つけていません。まあ、勧誘会の残り日数はまだ半分も終わっていません。後2日ぐらいはゆっくりできるでしょう。
その後ヒロが朝の鍛錬から戻ってきてから、みんなで朝食を終えてからいつも通りの午前の課業の始まりです。
1、2時限目は一般教養科目の学習。3時限目はアインホルン教授の学習です。今日は基礎魔術の応用技術に関する内容のひとつで、ハイブリット式発電機の概要だそうです。だいぶ専門的な話が多く、これはテストなどで強敵になるかもしれません、できるだけメモを取っておきましょう。
「現在、君たちが使っている電気は魔動発電がその半数を締めているが、それらがどういうふうに発電されているか知っているかな?」
魔道発電、正式名称は魔法動力発電。そのまま読んで字のごとく魔法の力で電気を生み出す発電方法です。魔鉱石を使い回転運動を発生させ発電機を回転させるというものです。回転運動を発生させる部分が魔法に変わっているだけで、基本的な部分は前世の物と同じです。
「知っている者もいるだろうが、有名なのは主に3種類。水魔法を使うものと、火炎魔法を使うもの、それと最後に火炎魔法と氷結もしくは、水魔法を使うものだ」
前述のふたつは聞いたこともありますし、現実世界でもよく聞く火力発電と水力発電の仕組みとほぼ同じでしょう。しかし最後の2つの属性を使う発電は初めて聞きました。
「詳しい話をしてしまうと別の学科の授業になってしまうから避けるが......」
ここから始まったのは通常動力発電と魔力発電のメリット、デメリット運用コスト云々の話が続きました。詳しい話はしないと言っていましたが、だいぶ深くやっているような気がします。まあ、ある程度簡単な説明ができる程度には仕上げるつもりなのかもしれません。
「なあ、アリー?」
と、突然レミーが声をかけてきました。
「はい? なんでしょう。何かわからないところでもありましたか?」
いつも疑問などがあった時は私に質問を投げかけてくることがあるので、てっきり何か質問があるのかと思いましたが、どうやらそうでは無いようで。
「いやな、さっきから周りの人達が君を見ているようでね」
と言われて周囲を見回すと、「スッ」とあからさまに顔を背ける者や、「チラチラ」とこちらに視線を送る者、驚いて咄嗟に前を向く者もいた。なんだか怯えているというか、畏怖の対象にされていそうで少し心配になってきました。視線自体は気づいていたのですが、なにぶん面倒事にできるだけ関わりたくない性分なので、気づかない振りをしていたのですが。えっと、昨日のアレはなんだと言われると困ります。
「一体何をしたんだいアリー」
「えーと、なんでしょうね。あはは......」
本当は思い当たる所なんてものは無いと、そう言いたかったのですが、ありましたね昨日。ヒロと一緒にトラブルに巻き込まれてましたね。やっぱり2回目の攻撃の時に隠れるのを忘れていたのが悪かったかもしれません。間違いなく誰が魔法を放ったかが見えていたでしょうから。あのアシストが噂かなにかで広がってしまったのでしょうか? 面倒事になる悪い予感がします。
「何かあるみたいだね」
「多分ですけど、心当たりがあります」
「実はだな。君と違う稼業での話だが、ある話が生徒間で有名になっている」
レミーとは午前の稼業2枠が違う教授なのです。
「女子新人生2人が青帯を略奪戦で倒したって」
青帯。すなわち4階生であることを表す略語的なやつで、学園内では普通に使われている言葉です。それにしてもすごい速度で情報が広がっていますね。それ昨日の話なんですが? 変なしっぽがつかないことを願うばかりですが、噂というのは怖いもので、例え当事者が『違う』、『そうじゃない』と言ったところで変わってしまった内容を元に戻すのは難しいところです。それもここまで広がっているとなおのこと。これは面倒事確定演出ですかね?
「あー、それ多分。私とヒロですね」
「やはりか、昨日は2人とも帰ってすぐ自室へ入っていったからな」
「疲れてましたので」
「それとだな」
「えっと、まだあるのですか?」
あー、噂があらぬ方向へ走っていきそうな気がします。
「そのだな......」
何やら歯切れが悪く言いにくいようですね。これは腹を括った方がいいかもしれません。こうなると相当な悪口や誹謗中傷などが噂として流れてと考えることも。事と次第によってはもう学園にはいられないかもしれません。それは困ります。
「その女子2人は付き合ってるんじゃないかって噂がだな」
え?
「うえぇっっっ!!!」
ある程度は突拍子のないことを言われる覚悟はしていたつもりでしたが、レミーの口から放たれた言葉があまりにも予想の斜め上な内容だったので、課業中だと言うのに大きな声をあげてしまいました。ここ最近夢の中でも現実の世界でも大きな声を出している気がします。
「バルクホルン君、今は講義中だ突然大きな声を出さないでもらおうか」
「あっ、はい。すみません」
もちろん教授にはお叱りを受けるわけで、咄嗟に立ち上がり謝罪しました。教授は謝罪を聞いてからひとつ頷いて、解説の続きを始めました。
「で、ヒロと君が抱き合っていた所を見た生徒は沢山いるらしいのだが。これは本当の話なのか」
こちらも先程よりも小さな声で会話は再開されます。
「付き合っては無いです。確かに抱きつきましたが、そういったですね。.......その、特別な感情とかは無いです。ただ」
「ただ?」
「実戦なので、やっぱり友人の身が危険にさらされていると、居心地が悪いというかなんというか」
うまく説明できませんが、これは好きという話ではなく。一人の友人として友を心配しているからこその行動なのです。そのはずです。
「ちゃんと生きているか触って確かめたかったというか」
「ま、まあ。言わんとすることはわかるが、もうちょっと場所をわきまえるべきだぞ」
確かにその通りです。はい。
海外ではハグは日常的にするという話を聞きますが、それは親戚に限った話で、それ以外だと恋人やそれに等しい間柄でないと公衆の面前でハグをすることはほとんどありません。それを踏まえると確かにあの場で抱きつくことは私とヒロが「そういった関係である」という話に繋がっても全く不自然では無いです。
「はあ、そもそもだ。なぜ略奪戦なんてものに巻き込まれているんだ」
そういえばヒロから巻き込まれた理由を聞いていませんでした。
「いいえ、そういえば聞いていませんでした」
それを聞いてレミーはものすごく呆れた顔でため息をひとつ。少し考えた後に。
「まあ、巻き込まれた理由はさておき。それで対戦相手は誰だい」
「4階生のジェフ・アンソニーさんです」
「アンソニーか聞いた事のない家名だな。この国の貴族では無いだろう。と言っても、楽観視はしない方がいいだろうな。君もそれは分かっているな」
彼女が言いたいのは、おそらくやり返しのことでしょう。貴族ならば自らの品の高さや権力に大きな誇りを持っている者がほとんどで、プライドが高い分それを傷つけられると、何らかの形でやり返しすることが多いです。いずれにせよ家に泥を塗られることに変わりはありません。それに貴族でなくても入学して間もない1階生の生徒に敗北したとなれば平民の出でもダメージは大きいでしょうね。
「確かに警戒はした方がいいですね。後でヒロにも伝えます」
「ああ、そうだな。この後の食事の時にでも」
その後、会話は途切れていつも通り教授の授業が続いた後、終わりの鐘とともに講義は終了しました。それにしてもこれは面倒なことになりそう。いや、なるでしょうね。あの話がどこまで拡がっているかは分かりませんが、どうやってことを落ち着かせましょうか悩みます。
そんなことを考えているうちに集合場所である食堂へ到着しました。ここまで来るあいだ様々な人から視線を感じました。これはもう私個人の力では収拾付きませんね。諦めましょう。
食堂へ到着し、みなの食事が終わったのを確認してから。
「そういう訳でヒロ、なんで略奪戦に巻き込まれたんだい?」
レミーは開口そうそうに前座もなしに本題に入りました。
「唐突だな。略奪戦と言うのは昨日の手合わせのことでいいのだな」
「そうなりますね」
まさかの略奪戦のことをはっきり理解していない様子です。
「それはだな、彼がしつこく話しかけてくるもので。足払いをしたのだが、それが気に入らんかったようだ」
いや、「気に入らんかったようだって」しつこかった先輩にも非はありますが、足払いで転倒させたんですね......。
「それに卑猥な触れ方もしてきたからな」
なんで足払いだけなんですか? 蹴りでも入れて二度と女性に触れない体にしてしまいましょうよ。再起不能ぐらいまで持っていってもいいです。ヒロは優しすぎますよ許すなセクハラ、許すな痴漢です!
「うむ、正当防衛はちゃんと成立しているな」
レミーの言う通り正当防衛は成立してます。セクハラしといて足払いだけで済んだのだから、それ以上手出さなければ良かったものを......。まあ、結果は見ての通り。私たちにコテンパンにされ、学校中にその不名誉が広がっているという状況です。お口が悪いですが、ざまぁみろというやつですね。
「といったものの具体的に何か出来ることもないですよ。せいぜいトラブルに巻き込まれたら教授に助けを求めるぐらいです」
セシルの言う通り教授に助けを求めるか、公的な機関の手を借りることになるかもしれません。今は特に実害などはありませんが今後そうなるか分からないので、困ったものです。
あ、いいことを思いつきました。
「ではでは、できるだけ固まって行動するのはどうでしょう」
そう、固まって行動すれば何かトラブルに巻き込まれても何かしらは対処のやりようがあるかもしれません。それに、夢の中でアリスが言っていた。私の身に起こる不幸のこともありますし、その両方の問題にある程度対処出来る状況を作り上げれる、それを考えるとどちらにも対応出来るので一石二鳥です。
「やあやあ、相席良いかしら?」
と、聞きなれた声が聞こえたので後ろを振り向けば、そこにはクリスの姿がありました。
「こんにちはクリスさん、私は大丈夫ですけど......」
皆さんに聞いてみると特に反対の意見は出ませんでした。それを確認して彼女は私の隣へ腰を下ろしました。お昼の時間はいつもルームメイトと過ごしているクリスさんが私たちのグループへ来るのは初めてです。なぜかは少し予想出来ていしまう私がいます。
「アリー、あなた学園内でだいぶ有名人になったわね。ついでにサムライガールちゃんも」
あー、ですよね案の定です。やっぱりその話ですよね。
「ただでさえ、元々あなたが持っていた話題性が高かったのに。それに拍車をかけるようなトラブルに巻き込まれて、私の予想以上に名前が広がってるじゃない」
そんなこと言われても、好き好んでこういう状況にした訳じゃないんですよ。まあ、もちろんクリスさんもそれは承知の上で言っているのでしょう。
「そういえば他のみんなは自己紹介まだだったわね。私はクリス・ロンド・ハリコフスキー。クリスでいいわよろしく」
「私はセシリア・カノ・プリエトです。セシルと呼んでいただいて大丈夫ですよ」
「よろしくセシリアさん」
「確か魔術演算術式の学科が同じだよな、レミントン・アイセア・カーチスだよろしく」
「ええ、顔は何度か見た事あるわ」
レミーとクリスさんは同じ学科を受講していたなんて初めて知りました。と、ここまでは至って普通の挨拶と握手を交わしていましたが......。
「ヒロコ・オサナイだよろしく」
「よろしくサムライガール」
一応握手は交わしましたが、なぜかヒロだけあだ名呼びで、それに対してヒロも少し不機嫌そうです。このふたりは犬猿の仲とでも言うような間柄に見えてきました。会う度にこの調子では困るのでどうにかしたいところですね。
「えっと......、クリスさんが昼休みに私たちのところへ来るなんて珍しいですね。なにかあったんですか?」
「そうそう、アリシアさっき言ったように、あなたはこの学園内で有名なったわよね」
ええ、不本意ながらですが。
「で、こうなった原因はちゃんと把握しているのかしら?」
それは、ヒロが上級生を倒したことと。私がヒロに公衆の面前で抱き着いたこと大きな原因でしょう。
「ヒロが勝ったことと、私が抱き着いたのが理由だと思うのですが」
「あー、回答っとしては40点ってとこかしら」
意外と辛口評価です。半分も取れていないとは......。しかし、残りの60点は一体名なのでしょうか? ヒロが何か気が付いたように一言。
「私を助けるために放った魔法に何かあったんじゃないのか」
それを聞いてクリスさんはヒロへ指を向けてから。
「大正解よサムライガール。そう、アリシアの放った魔法が一番の原因よ」
まさかの魔法ですか、けど私は普通に魔法を放っただけですよ?
「そんな大それた魔法は使ってませんよ」
むしろ、ウォータカッターなんてファイアーボールや、サンダースピアなどとならぶ初歩の中の初歩みたいな魔法で魔法使いなら誰しもが通る道ですから、知らないなんてことはないはずです。
「あなたが使った魔法が、普通の魔法だってことは知ってるわ。だから普通な人たちには、あなたのやった、とんでもないことに気が付いてないのよ」
クリスさんの話し方から察するに、ほとんどの人が本質的なことには気が付いてなくて。表面的な主にヒロの勝利と、私がヒロに抱き着いたほうにしか目が行ってない、ということになりますね。
「アリーさんは一体何をやらかしたんですか」
ちょっと、セシルさん。その言い方だと私が悪いことしたみたいになるじゃないですか。でも、もしかすると本当に実は気づいてないだけで悪いことしてしまっているのでしょうか。もしそうなら、お父様、お母様。わたしアリシアは悪い子に育ったようです。しかも悪気がない質の悪いほうに。
「そこで、アリシアがやらかしたとんでもないことについてなんだけど」
いや、だからその言い方やめてください。
当事者のはずの私を含んだ全員でクリスさんに注目の眼差しを送ります。
「分からなかったのよねぇ」
いや、分からんかったのかい。彼女の言葉に一同、お笑い芸人もびっくりの美しいズッコケを決めていました。
「まあ、そんなわけで。分からないので直接聞きに来たというわけ」
確かに理にかなっています。
「えっと、特にこれと言って難しいことはしていないと思いますよ」
「じゃあなんで有力ギルドがこぞってあなたを迎え入れる準備をしてるの」
「え?」
初耳なんですがそれは。
有力ギルド。ギルドで力があるとすれば実戦経験を詰んだ、どちらかと言えば武闘派のギルドを指す言葉になります。だとすると私の魔法が、戦闘に使えるかもしれないという事になります。というか、使えるんだと思います。てか、使いました。
「少なくとも、王家のギルドはあなたを欲しているかもしれない。いや、欲していると思う」
いやでも、どうして私なんでしょう。戦闘はただの素人同然ですよ。
「いや、でも。なんでですかね?」
率直な疑問です。
「恐らくだけど。ギルド対抗戦に備えて、魔法の才能がある君をスカウトしたいんじゃないかな」
ギルド勧誘会初日に、学園側から説明がありましたね。ギルド対抗戦は同じジャンルのギルド同士で競い合う。簡単に言えば運動会的なものですが、だいぶ過激な運動会もあったものですが。
「強いて言うなら核を作っている膜を壊したぐらいだと思うんですけど」
「え? 今なんて」
クリスは割とマジなトーンで聞き返しました。
「ですから、発動後の魔法を解除しました......。てっ、クリス大丈夫ですか!?」
答えを聞くなり机に倒れました。セシルやレミー達もクリスの心配をしているのかと思っていましたが、声をかける様子がなかったので不思議に思い彼女らを確認すると。ヒロ以外の2人の顔は見るだけで、驚いているのが分かるくらいの顔をしていました。ヒロはいつも通りよくわかっていない様子。目の前で突っ伏した状態のクリスから。
「あなたはどこまで私を驚かせたら気が済むのかしら? まさかコアに直接干渉するなんて」
と、返ってきました。
コアに干渉すると言うのはここへ入学する前に魔法に関して色々と試しているうちに見つけ出したものだったので、私のような素人が見つけれるのだから世間でも浸透していると思っていましたが、なんだか違うようです。
「と言っても、この術は私が個人的に遊んでいる時にたまたまできるようになっただけですよ」
「だったとしてもですよアリーさん。発現された魔法のコアに干渉する人は私の故郷にもいませんよ」
セシルも知らないようです。まあ、さっきの驚いた顔からして知らないとは思っていましたが。
「そんな才に溢れた君に少し話があるのだが、少し時間は空いているかい?」
突然には仕掛けられた声に振り向けば、そこには紫色のタイ、5階生の証を身にまとった先輩がいました。
その場の空気が固まりました。一瞬止まったとも言えるでしょう。それもそのはずです。なぜなら、私たちに話しかけてきた5階生が我がヴァルテン王国の第三皇子。エドワード・フィリップ・ジョージ王子だったのです。
お父様、お母様。私はもしかしたらとんでもないことをしてしまったようです。
-to be continued-
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