約束、明日へ

 朝陽が水平線を白く染めていく。

 生き残ったぼくたちは魔海上保安庁の船に拾われて、城まで運んでもらっている。カマキリさんはもしもの時に助けが来るように手配してくれていたらしい。

 ぽかぽかした甲板で毛布にくるまってウトウトしていると

 レッドがカマキリさんに声をかけられている。


「魔王様、お救いくださりありがとうございました。新婚の妻と死別せずに済みました」


「長官殿、こちらこそ。助けに来てくださりありがとうございました」


「何の役にも立てず」


「そんな事はありません。本当に嬉しかったし、心強かったです。本気の叔父上を前に心が折れかけておりましたから」


「現場に向かいながら声を聞いていました。殺意に満ちたボスを前に一歩も引かなかった。尊敬に値します。魔海上保安庁は、魔王レッドに協力いたします」


「ありがとうございます。本当に助かります」


 レッドに味方が増えて良かった。


「妻は容姿が整っておらず、いじめの被害に遭っていました。ネイビー様に仕事ぶりを褒められて救われたと言っています」


「父上が……」


「ネイビー様の死をすぐには受け入れられないと思いますが、自分が支えるつもりです」


「仲睦まじくて、羨ましいです」


 レッドの声は少し寂しそうだ。元気づけてあげられないかな。


「そういえば、状況的に、トリィ様が時間稼ぎをしてくれたのですね。あのボスを相手に魔法も使えないのに、たいしたものです」


「水の壁の外側のことは何も分からなかったが、きっと頑張って逃げていたのだろう。たまたま野生の食魔鬼グールが現れて良かった」


「たまたまではないかもしれません」


「どういう事ですか」


「あの離れ小島は、実は長官がイリーナ嬢とデートをするのに使っていた場所でした。そして彼女は海で死んだ訳ですから……」


「思い出の場所に、来たのかもしれませんね」


「ええ、愛しいボスを迎えに──」



 魔王城のクリニックで診察を受けていると、コロンがフラフラの状態で現れた。おはようございます。


「トリィ、おはようだよ……徹夜で宝物庫を掃除していたんだよ……ドクターお薬ちょうだいだよ……」


 コロンは金のニワトリの卵をたくさん食べたから効果も長かったみたいだ。


「あんた今日は休みなさいよォ、メイド長にはポコからうまく言っておくからァ」


「無理は禁物だ。私からも言っておこう」


「ドクター、レッド様、ありがとうだよ。うん、休む事にするよ……」


「あんた何か落としたわよォ?」


 水色の魔石が付いた金色のペンダントだ。あれ、いつのまに足から落ちたんだろう。コロンは首を傾げながら、うやうやしくレッドに献上した。


「宝物庫にあったのかな、それならレッド様のという事で」


 と言ってフラフラと階段を登っていった。話を聞いていたカマキリさんがペンダントを凝視する。


「これは珍しい。魔力ストックタイプの魔石です」


「魔力ストック?」


「ええ、こうやって手のひらに乗せて自分の魔力を込めますと、別の者も幻覚魔法が使えるようになります。魔法は授かりものかつ技術なので、完璧とはいきませんが……トリィ様」


 カマキリさんはぼくの手の平にペンダントを乗せて、ギュッと握らせる。


「なんでも見たいものを考えてください」


 ぼくが見たいもの……たくさん傷つけてしまったから、もう見れないかもしれない。大切なもの。

 周りに白い霧がたちこめる。

 レッドが口を押さえてボロボロと泣いている。

 霧はすぐに消えてしまった。


「レッド様、何が見えましたか」

「白いドレスを着た母上が幸せそうに歌っていて、そばには父上がいて、ミーニャが踊り、叔父上が酒を手に笑っている光景だ。良いのだろうか……最悪な別れ方をした相手でも、楽しい時間も確かにあったのだと、思っても……」


 レッドの涙はキレイだ。


「良いのですよ。ボスは大魔女が怖すぎて道を踏み外しましたが、いつもレッド様の話をしていました。魔王になるのが楽しみだと。どうか、思い出は捨てないであげてください」


「はい……!」


「どうやら、トリィ様が見たいものはレッド様の笑顔だったようですね」


 レッドの晴れ晴れとした顔を見れて嬉しい。レッドは涙をふいて、ぼくの右目に触れた。


「遅れてすまない。いま約束を果たそう」


 古傷だから時間がかかったみたい。レッドが手を離した時、そのまま後ろに倒れてしまった。


「トリィ!」


「ああ、片目でバランスを取っていたところ両目になったことで、かなりの目眩がしていると思われます。時間が経てば治りますよ」


 ぼくはひっくり返りながら笑った。視界が広くてグルグルする。

 レッド、ありがとう!



 ぼくはトリリオン。トリィって呼んでもらえたら嬉しいな。世襲制により十二歳で就任したばかりの名探偵魔王レッドの助手なんだ。

 レッドは今日も西へ東へドラゴンに乗って駆け回る。平和な魔界を目指して。


「平和で文化的な、学校とか電車とかある魔界にする。その日まで歩みを止めるつもりはない」


 ぼくも精一杯、協力する。

 強い魔法は使えないけど、頼もしい秘密のともだちがいるから、レッドを守って戦うよ。


『ともだちとか恥ずかしいからやめろ。相棒だ』


 仕事の合間に一休み。

 レッドは「やはりクッキーには紅茶だな」と笑った後に、キリッとした眼差しで宣言した。


「きっといつか叶えてみせる。名探偵魔王の夢を」



【魔王子レッドは名探偵になりたい】完。

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魔王子レッドは名探偵になりたい 秋雨千尋 @akisamechihiro

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