雨が降る少し前のこと
プレゼントの推理小説を手に入れたから、レッドに早く渡したかったけど、会議室を覗くとファッションショーの真っ最中だったので、彼の部屋に置いておこうと思った。
階段を登っている途中、子供の声が聞こえてきた。
『誰か助けて、ここは狭くて苦しい』
キョロキョロと周りを見渡し、声の主を探す。どんどん上がっていき、ついに魔王様の部屋まで来てしまった。
ノックをしたが返事はない。勝手に入ってはいけないと言われているので困っていると、すすり泣く声がもっと強くなる。
『空気が、ないの……しんじゃうよ、おねがい、たすけて』
レッドはいつも言っている。「苦しんでいる者を助けたい」と。ぼくはそんな優しい彼と同じように生きたいと思ってる。
あとで怒られるのを覚悟して部屋に入る。
天蓋付きの大きなベッドの奥、厚いカーテンに隠されたクローゼットがガタガタと揺れている。
おそるおそる開けると、子供が飛び出した。水色の髪と目をしていて八歳ぐらい。
「ありがとうございます! 助かりました」
子供はサメのような歯を見せてハツラツと笑ったと思ったら、急に態度が変わった。
「オレ様は金のニワトリに呪われた王子。ロイヤルスカイブルー。恐れ慄け! 崇め奉れ!」
ポンっと変身が解けて、魔石の付いたペンダントになった。混乱していると、頭の中に声が響く。
『あれ、お前エメラーダの子か?』
ぼくに似てると評判の人だ。ここまでくると血の繋がりがあるのかも。
エメラーダさんってどんな人?
『掃除が下手で要領悪くてクッキーつまみ食いの常習犯でさ、元気で可愛い子だったよ』
そうなんだ、もっと聞きたい。
『外で話そうぜ。ずっと閉じ込められてて千里眼で城の様子を見る以外に楽しみがなかったんだ。屋上に連れてってくれよ』
ペンダントを首から下げて階段を上がっていく。その途中、話し声が聞こえた。
「パール、貴様……何をするつもりだ」
「知れたこと。アニキには死んでもらう。悪く思うなよ」
えっ、死?
そっと屋上を覗きこむと、クマ男が魔王様の胸にヤリを突き刺している所だった。
急いで近くの柱の影に身を隠す。
鼻歌まじりにクマ男は階段を降りていった。心臓がバクバクして手が震える。レッドのお父さんが……殺されちゃうなんて。
『なあ、魔王って意外と丈夫だぜ。見に行ってみよう。息があれば治せるだろ?』
おそるおそる登っていく。不思議な空間に戸惑いながら、静かに座っている魔王様に近づく。
わずかに呼吸をしている。
大丈夫だ、生きている。良かった。犯人は急所を外したんだ。
「……ハア、ハア、くそ、パールのやつ……許さん……」
魔王様、動かないで。額に浮かんだ汗をハンカチで拭いていたら、鋭い目がこちらを射抜いた。
「……よく見れば、その目、その髪……あの日の
怖い、逃げ出したい。
「……この屋上は、王族以外は立ち入り禁止。そういう結界が張られている。貴様は私の子だ──」
じゃあ、ぼくとレッドは兄弟なんだ。
だからかな、レッドと居ると落ち着くのは。
「第一王子の婚外子など冗談ではない。魔王の座はレッドのものだ。ここで死んでもらう」
魔王様は闇魔法を発動する。
周りが黒い霧に包まれていき、強いプレッシャーをかけられる。怖くて立っていられない。
「お前など生まれてこなければ良かったのだ」
その言葉に、頭を殴られた心地がした。
お父さんもお母さんも孤児院のみんなも、みんなぼくのことが嫌い。要らない。死んでも構わない。そう思っている。
レッドだけが、生きるように言ってくれた。
彼の命を守ろうとして襲撃者を殴り殺した時にもらった言葉を思い出す。
「約束してくれ。決して死なないと。そして、なるべくなら殺さないと。できるか?」
ごめんなさい。
どちらかしか選べないから、ぼくは。
大好きなレッドと一緒に生きたい。
いつの間にか、手に剣が握られていた。どこから来たのか分からない、でも良かった。これで魔王様とも戦える。
「終焉……の……」
魔王様の胸に剣を突き刺してすぐ飛び退く。彼は血を吐き、瞳孔が開き、動かなくなった。
『やるなあお前。よくがんばった』
剣の正体はペンダントに入っている王子様の変身だったみたいけど、今はそれどころじゃない。
どうしよう、どうしよう。
『この屋上、さっき出ていった奴のアリバイトリックが仕掛けられているぜ。それを利用しよう』
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