水の壁の外で対決
カマキリみたいだと思って悪かったな。よく見たら優しい目だ。
味方の登場に安心しきった矢先──。
カマキリさんは、血を吐いて倒れ込んだ。その体には水のヤリが数本刺さっている。
「裏切り者が」
ドサッと、落ちた体から血が流れ続ける。
レッドは悲鳴をあげながら傷口に手を当てる。カマキリさんはぼく達を助けに来てくれただけなのに、死んでしまうの。そんなのいやだ。
「幻覚魔法使いは弱点があるからな、必ず白い霧がかかる。俺を騙せると思うな」
「叔父上には情というものが無いのですか!」
「あるから傷ついてんだろ。こいつだけは裏切らないと思ったのによ。化け物みてえな女と結婚するようなイカレ野郎はやっぱクソだわ」
「叔父上のような偏った価値観を保つ者が魔王などなったら、皆が不幸になるだけだ!」
レッドはカマキリさんに回復魔法をかけながら、クマ男にまっすぐ向き合っている。
「彼は、叔父上に深く感謝をしておりました。私が無理に話を聞き出しただけです!」
「結局ばらしてんだから同じことだ」
クマ男がレッドに向けて手の平を向けたから、何とかしなくちゃと思い、貝殻を投げつけた。あ、頭に当たった。
「まだ生きてたかドブネズミ」
ギラリと光る目が怖い。ぼくはとりあえず逃げた。思い切り体当たりすれば水の壁を壊せるかもしれないと思った。
『ドアをイメージするんだ』
頭に声がする。言われた通りにドアドアドアと祈りながら体当たりしたら、ザバッと抜けられた。
「あ!?」
クマ男の怒りに満ちた声がする。水の壁の外側に出ると中の様子は見えない。レッドとカマキリさんは無事かな。クマ男が壁の上に乗っかって見下ろしてくる。次、次どうすればいいの。教えて。
『攻撃してくるから、壊れるように祈れ』
水でできた鎌が飛んできた。鎌はキライだよ。大事に育てた花たちをザクッと切るから。壊れろ壊れろ!!
パアンと、はじけて消えていった。
続いてハンマーや巨大ハサミも飛んできたけど全部壊した。
「な、なにが起きてる。ふざけんなクソが」
イライラが空気を伝わってくる。壁から飛び降りたクマ男は左手を添えて右手を突き出す。ゴゴゴッと足元の海水が変形して巨大なサメに変わり、バクンと飲み込まれた。
『大丈夫だ。爆弾をイメージしろ』
サメは弾け飛んだ。今の魔法はかなり魔力を使ったみたいだ。クマ男がゼーゼーしている。
『よし、このあたりでオレ様を取り出して見やすいように掲げろ』
足首の少し上あたりで落ち着いているペンダントを取り出すと、両手に乗せて風に当てる。
ペンダントは輝きながら形を変えていく。
豪華な金の装飾に水色の魔石が付いている持ち手。刀身はツヤのある黒で凶々しく赤黒いオーラを放っている剣の姿に──。
「すげえ……見れば分かる、そいつが噂の“呪いの魔剣”だな。探して持ってきてくれたのか。見直したよクソガキ。さあ寄越せ」
呪いの魔剣だったんだ。
『自称した覚えはないがな。オレ様は気に入ったやつの願いを叶えてやってるだけだ』
気に入ってくれたんだ。
『まあな』
剣を胸に抱いて睨みつけると、クマ男は苦々しく舌打ちした。
「それなら殺して奪うだけだ」
『動くなと祈れ。そして心臓を貫け』
こんな近くで殺したらレッドにバレちゃうよ。別のやり方にして。
『マジかよ。なら動きを止めて体の一部を斬れ』
クマ男は右手を前に出した状態で固まったので、バシャバシャ走って近づき手首を斬り落とす。ものすごい切れ味だ。
クマ男はビシャビシャと血を噴き出しているそこを、意味が分からないといった表情で見つめる。
「う、うああああ!! 手が、俺の手があ!」
ぼくは離れて海水で返り血を洗い流した。クマ男の血は絶え間なく足元を赤く染め上げていく。
『よし、うまいぞ。今ならアイツを狙う
魔剣が刺さった場所から黒いドロが吹き出し、クマ男の周りを囲んだ。ドロの中から手が伸びてきて、クマ男の足を掴んだ。
「はっ? な、なん…」
手の正体は、赤ん坊だ。複数の小さな手がグイグイと、生まれさせてくれなかった薄情な父親の体に絡みつく。
『パパー』『あそんでー』『わたしがさきよ』
キャッキャッとはしゃいでいる。
「ヒィッ! 離せ、やめろお前ら!」
クマ男の背後から、ポロンポロンと美しいハープの音色が聞こえてくる。クマ男はボロボロと涙をこぼした。
「ああ、イリーナ! 会いにきてくれたんだな、愛してる。結婚してくれ! ずっと一緒に……」
振り返った先にいたのは金髪の
「は、ははっ、イリーナ……ずいぶん、目が大きく……」
彼女は、クマ男の肩口に噛み付いた。その場に引き倒し、ベキッバキッと生きたまま食らっていく。グチャグチャと臓物と肉片が飛び散る。
パアンと水の壁が解除された。
魔剣はシュッとペンダントに姿を変えて、ぼくの足首に絡みついて身を隠した。
「野生の
二人に駆け寄る。血が止まっているものの呼吸が荒いカマキリさんを見て、内側から樹木のイメージが浮かんだ。
レッドと同じように彼の体に手をかざすと、砂浜から木が生えてきて小さなオアシスが生まれた。カマキリさんを木々の癒しが包み込む。
「君は、
傷はみるみるふさがっていく。ぼくは安堵した。
絵本によると、人魚姫は愛する王子を殺せずに海の泡となって消えてしまった。
人魚姫と呼ばれたイリーナさんは、愛する王子を食い殺してその血を全身に浴びた。
そしてキラキラと輝きながら美しかった生前の姿を取り戻し、うっとりとした表情のまま彼の骨を抱き抱えて海に沈んでいった。
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