名探偵に必要なもの

 クマ男は口元を押さえて体を震わせた。

 笑っているようにも怒っているようにも見える。


「……ディアブロの野郎だな……さんざん目をかけてやったのに、この俺を裏切りやがって!」


「叔父上はイリーナさんの件以降、荒れに荒れて、手当たり次第に女性に手を出しました。その結果、五人の女性から妊娠を報告された。四人は金銭で解決しましたが、一人は金ではないものを要求した。魔王城に眠る“呪いの魔剣”を寄越せ。さもなくば呪い殺すと」


「あんのババア魔女、金で納得しとけよなあ」


「“呪いの魔剣”は人間界との戦争を引き起こした元凶。持ち主を殺害に駆り立てる怪物です。父上は持ち出しを許可しなかったはずです」


「絶対ダメだと。俺の命がかかってるってのに」


「だから叔父上は殺害を決意した。毎月の贈り物の海産物の中に毒を仕込んで、じわじわと弱らせていきました。おそらく虹色サザエです。しかし魔王死亡の報告が来ないまま、魔剣の催促は激しくなる。しびれを切らして今回の事件を決行したのです!」


 クマ男は頭をくしゃくしゃにし過ぎて、勢い余って何本かむしり取った。そして星に向かってオオカミのごとく咆哮した。


「あーあ……魔剣を魔女に渡したら、魔王の仕事はレッドに丸投げして楽しようと思ったのに。そう上手くはいかねえか」


 ドンと足踏みをして、離れ小島の周りを海水で覆う。四方を囲まれたような形だ。逃がさない、という意志を感じる。

 レッドが魔石を握りつぶした音がする。そして静かに「トリィ、下がれ。君は私が守る」そう言われた。



「やっぱ魔王になるわ。お前らを殺してな」



 レッドは出す炎を全てかき消され、クマ男になすすべなく痛ぶられている。右に左に鉄砲水が襲ってきたと思うと、水の檻に囚われて溺れさせられては解放されるを繰り返す。


「ちゃちい炎が大海に勝てるかよ」


 クマ男は砂浜にうつぶせになり荒い息を吐くレッドの背中に足を乗せてグリグリと体重をかける。

 もう見ていられない。

 足にしがみつくけど「触んなクソガキ!」と首根っこを掴まれて砂浜に叩きつけられて放り投げられた。

 水の壁にぶつかって落ちる。

 全身がズキズキと痛む。無理だよ、こんな奴に勝てるわけない。早くカマキリさん来て。レッドが、殺されちゃう。


「トリィ! ……あぐっ」


「弱すぎて可哀想になってきたわ。なあレッド。今ならお前だけは許してやる。話したこと調べたこと、全部無かったことにしろ、出来るな?」


 レッドは地面を殴りつけた。すごく苦しそうだ。


「その条件で助かるのは、私だけでしょうね。トリィは入っていない……そうでしょう」


「さんざん俺に刃向かいやがったからな、溺れ死なす」


「それでも魔海上保安官ですか!」


「元、だ」


「大切な存在を全て失い、父の仇に愛想笑いをして飼い犬となる。それは、生きていると言えるのだろうか」


 レッドは地面に手をつき、炎魔法でヤリを生み出し、上にいるクマ男に突き刺すべく長く伸ばす。だが、あと一歩のところでかわされた。


「まだそんな力が残ってたか」


「叔父上、私は自分の答えを変えません。半端な覚悟で推理など出来ない。父上を殺害したのはあなただ。罪は償って頂く!」


「……そうか、残念だ」


 クマ男は無数の水のヤリを生み出し、宙に浮かせた。人間界でいう黒ひげ危機一髪のように、全ての角度からレッドを狙う。


「これがアニキの命を奪った凶器だ。じゃあな」


 必死に走り、レッドに覆いかぶさった。全てのヤリを受けようと思った。


「やめろ、逃げるんだ。トリィ!」


「無駄だ。二人まとめて串刺しにしてやる」


 ヤリはいつまでも降ってこなかった。

 不思議に思って顔を上げると、周りが白い霧に覆われて、クマ男は何もない空間を攻撃している。

 そっと手が伸びてきて、ぼくとレッドを自分のドラゴンに乗せてくれたのは、カマキリさんだ。


「よく頑張りましたね、さあ逃げましょう」

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