人魚姫と王子様
クマ男はオレンジの瞳を冷たく光らせてレッドを見た後、スッと逸らした。
「分かった、遊びに付き合ってやるよ。あくまで遊びな? アニキは自殺だからよ」
「自殺!?」
「ああ、病に蝕まれる苦しみに耐え切れなかったんだろうな。色男が醜く落ちぶれるのも辛かっただろう。屋上で自分に爆発魔法をかけて落ちたのさ」
「よくもそんな事を!」
「俺は弟だぞ。アニキのことはよく知ってる。最愛の妻マリアンヌと同じ景色を見ながら死にたかったんだろうな。ロマンチストめ」
「叔父上、あ、あなたは!」
「葬儀でもそう発表した。そこまで苦しんでいたなんて、とみんな同情していたよ。何だその目は。いいかレッドよく聞け。
大事な時に城を空けるようなハンパな奴に、発言権は無えんだよ」
魔海上保安官達を鍛えてきた鬼長官を前に、レッドは何も言えなくなった。なのでぼくが代わりに前に出て、クマ男を指差す。
「俺を誰だと思ってんだクソガキ」
ぶん殴られて砂浜に転倒した。信じられないぐらい痛い。耳がキーンとする。レッドが体を支えてくれて、腫れ上がる頬に手を当てた。
「親の居ねえガキはクズばかりだよ。俺の代で孤児院は全部無くすつもりだ」
「叔父上!?」
「海のギャングはワケアリ家庭ばかり。クズが捨てたクズが一丁前に育って、まともに育ったやつの命を奪う。うんざりだ。そんならガキのうちに勝手に死んどけ」
こっちは好きで孤児やってるわけじゃない。ムッとしたけど、レッドの手が温かいからまあいっかって気分になった。
「おかしいな、それなりに力を込めたんだが?」
ぼくの頬から痛いのが消えて無くなった。レッドは拳を胸に当て、手の平に光を灯す。
「回復魔法か、便利だなぁ混血は?」
「叔父上、トリィへの暴言を訂正してください」
「はあ?」
「トリィは勉強嫌いで飽きっぽい困った奴ですが『ありがとう』も『ごめんなさい』もちゃんと言えるいい子です!」
レッドの言葉が嬉しくて、泣きたくなった。
本当のぼくはいい子じゃないけど。レッドの中のぼくはいい子でいて欲しいと願う。
「せめて形だけでも父上のように振る舞おう…
「アニキの真似か、いいよ聞いてやる」
クマ男は余裕の笑みを浮かべている。砂の上に貝殻が落ちてるから投げつけてやろうかな。いやレッドの推理の邪魔はしない。
「アニキが自殺じゃねえなら、爆発音がした時に殺された感じか?それなら──」
「アリバイがあると」
「医者狸族のコと一緒に居たからなぁ」
「ポコナ医師から聞いております。叔父上と二人きりで語り合っていたと」
「半裸のサキュバス女はどうだ?」
「彼女のアリバイは完璧でした。父上の部屋を出てからずっと、ケルベロス警備員と語り合っていたようです」
「容疑者がいなくなっちまったな」
「屋上にはこれが落ちていました。粉々ですが音魔石で間違いありません。三十分ぐらい静寂の時間を録音し、最後に爆発音を録音する。すると──」
「アリバイが無くなるという訳か。壊れてるみたいだが?」
「そうですね」
「話になんねえな。爆発音がニセモノなら、アニキは何で死んだんだ」
「状況からして、水魔法で出来たヤリのような物で心臓を刺されたと思われます」
「そうか、だから俺が疑われてんだな。だがおかしくないか?なんで死体は爆発音と共に落ちてきたんだ」
「水の輪が使われたと思います」
「どういうことだ」
「屋上はあまり広くありません。浮き輪のような水の輪を作り出して囲む事が出来ます。屋上は凹が並んだ形をしているので、死体を低い場所に座らせて前傾姿勢にして、輪で支えます」
「……ほお」
「犯行手順はこうです。まず父上を薬か毒で動けなくして屋上に連れて行き、水の槍で刺し殺す。血が出ないように凶器は刺したまま、水の輪で体を支えて、音魔石をセットする。階段を降りて一階のクリニックでポコナ医師と過ごしてアリバイを作り、爆発音が聞こえたら水魔法を解除する。
すると、支えを無くした死体は落下して、花火の発射台に突き刺さる」
クマ男は頭をくしゃくしゃにしている。真実を言い当てられてかなり効いているようだ。
「……たしかに、俺には犯行が可能かもな。だが、俺たちは仲の良い兄弟だ。アニキを殺す理由なんかないぜ」
「動機はもう分かっています」
「なんだと?」
「魔海上保安庁に行ってきました」
「ちっ、どこに居たのかと思ったら。あいつら何て言っていたんだ」
レッドは切り札はすぐに見せないつもりらしい。まずは人魚姫の話を始めた。
「結婚がほぼ決まっていた二人は別れ、彼女は死んでしまった。元凶である父上を憎むのも当然だと思います」
「別れた、ね……事実はもっと悪い。泣いて謝るイリーナの前でさ、プロポーズ用に準備した指輪を海に向かって投げたんだ。立派な真珠が付いてるやつ。拾ってこい! そしたらまた愛してやるって」
「彼女は言う通りにしたんですね」
「そうらしいな、酒場で飲んだくれてたから分からなかった。死体はちゃんと指輪をはめていたよ。必死に探したんだろうなあ…許して欲しくて」
クマ男は何も付いてない自分の指を見る。
「さっさと結婚しときゃ良かった。城に囲っておけば良かった。アニキと会っても俺を選ぶだろう、なんて、馬鹿な試しをしなきゃ良かった。もう二度と、あのハープの音色を聞けないんだ」
「叔父上……」
「なあ、レッド。確かに俺はアニキを憎んでるよ。俺の女だって分かってて手を出したんだ。けどな、イリーナが死んだのは十年以上前だ。今更復讐なんておかしいだろう?」
レッドがきつく拳を握りしめている。その手に触れると、こちらを見て笑った。
「俺には子供がいないからな、お前のことを息子みたいに思ってるんだ。変な疑惑は捨てて仲良くやろうぜ」
ぎこちない笑いと共に差し出された手を、レッドは取らなかった。赤い目に涙が浮かぶ。
「子供がいない、なんて……。死んでいった五人の赤ん坊の前でも同じことが言えますか」
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