第296話 スキルの性能と貸出



 ◆◇◆◇◆◇



「ーー〈太母の魔王〉の討伐か。確かに貴方なら可能でしょうね……」



 屋敷内の石造りの浴場にアナスタシアの声が反響する。

 老若男女問わず惑わせる極上の肢体を湯船の湯に浸し、レベル上げ鍛練の疲れを癒やしているアナスタシアの声には艶がある。

 アナスタシア専用の浴場の壁面近くにはメイド達が立ち並んでおり、俺はそのメイド達を左右に置いた浴場の入り口付近に屹立して、今後の予定について話していた。

 彼女の湯浴み後に報告しようと思っていたのだが、時間が勿体ないと言われてしまい、半強制的に此処で報告することになった。


 肩より下は半透明の薬湯に浸かっていて視認し難いとはいえ、入り口に立つ俺へと向かい合ったまま惜しげもなく裸身を晒すアナスタシア。

 俺がリーゼロッテやヴィクトリアといった同格の絶世の女体に見慣れていなかったら、思考は色欲一色になっていたことだろう。

 まぁ、この視覚映像はしっかり脳内保存するのだが。



「でも、勇者であることを隠して討伐というのは、討伐後に顕在化ドロップする現象的にも難しそうね」


「ああ。だが、〈太母の魔王〉の討伐は奴の支配領域である大森林内で行うことになるだろうから、討伐後も少しは時間を稼げるだろう。その間に偽装工作を行うことを予定している」



 大森林は気候的に熱帯雨林であるようだから、タイミング次第では雨や霧で更に視界が悪くなるだろうし、偽装工作を行う環境としては悪くない。

 意図的にそういった自然現象を起こすことも考えている。



「いっそのことロンダルヴィアの〈勇者〉としてランスロットの名を示すのはどう?」


「エリュシュ神教国には〈創造の勇者リオン〉と同一人物だとバレると思うぞ」


「まぁ、そうでしょうね。交渉次第では黙っていてくれそうだけど、借りを作ることになるのは後々のことを考えると面白くないわ」



 仮にバレなくても、二ヶ国それぞれの勇者として二重生活を強いられるとか勘弁だけどな。

 同一人物とはバレたくない、勇者ともバレたくない、でも魔王は倒したい……難しい問題だ。



「そうだろ? だから〈太母の魔王〉の討伐は国も巻き込んでやるか、或いは第七皇女派閥のみでやるか、だ。俺達だけで行えれば最高だな」


「帝国全体を動かすとなると皇帝じゃないと無理でしょうね。動かせても利権は殆ど持っていかれるわ」


「だろうな。だからウチの派閥のみで行いたいわけだ」


「実質的にはリオンが単体で挑むなら悪くないわね。それでもある程度の説得力がないと国の許可は出ないわ」


「失敗した場合にロンダルヴィアへの被害が考えられるからだな?」


「ええ。魔王の報復を受けて滅んだ国が過去に存在するのだから当然でしょう」



 国と魔王の支配領域との距離が遠ければ別だが、ロンダルヴィア帝国の国土と〈太母の魔王〉の大森林は隣接している。

 失敗した時に帝国本土が被害を受けることになるのは間違いない。



「となると、実績が必要か……」


「私達の派閥のみで魔王を討てるかも、と思わせるほどの実績は容易じゃないわ」


「ふむ……流石に時間がかかりそうだな」



 まぁ、〈太母の魔王〉の討伐は別に急ぎではないから別に構わないのだが。

 更なる魔王討伐を行うキッカケになった〈星域干渉権限〉は、近いうちに討つ〈地刑の魔王〉で事足りるだろうし、〈太母の魔王〉の討伐はのんびりやってもいいか。



「話しぶりからして急ぎではないんでしょう?」


「ああ。いずれ倒したい、って感じだ」


「それなら長い目で見るとしましょう……ところで」


「ん?」


「今日のレベル上げ前と雰囲気が違うけど、何か新しい力でも手に入れたのかしら?」



 もしかして、【竜血聖躰ノ超越勇者ジークフリート】のことを言ってるのだろうか?



「まぁ、手に入れたと言えば手に入れたが、そんなに見て分かるか?」


「私は【聖梟ノ瞳グラウコピス】で気配を緻密に感じられるから違いに気付いたんだけど、この眼が無くても気付いたと思うぐらいに気配やら覇気やら……まぁ、あとは色気とかが増しているわね」


「ふむ……皆も分かるか?」



 左右の壁に並ぶメイド達に尋ねてみると、彼女達全員からコクコクと小さな頷きが返ってきた。

 【聖梟ノ瞳】やらがあるアナスタシアに気付かれるのはまだ分かるが、メイド達にまで気付かれるほどに強化されているとはな。

 【竜血聖躰ノ超越勇者】は常時発動パッシブ型特殊系スキルではあるが、俺の心身に密接に繋がっているタイプのスキルであるため、意思次第で力の強弱を調節することができる。

 ならば、その諸々の気のみを抑えることも可能なはずだ。

 取り敢えず、【竜血聖躰ノ超越勇者】取得前をイメージして気を抑えておくか。



「試しに抑えてみたんだが、どうだろう?」


「……以前と同じくらいになったわ。ホントに器用ね。手に入れて強化されたのは覇気とかだけ?」


「いや、そっちは寧ろオマケだな。メインは肉体の強化だ。それに付随して精神やら覇気やらも強化されたカタチになる。ちなみに肉体の強化具合についてだがーー」



 そう説明すると、【無限宝庫】からロンダルヴィア帝国の至宝三帝剣の一つである〈災帝剣アドウェルサ〉を取り出し、左腕の袖を肘の辺りまで捲った。

 取り出したアドウェルサを上に放ると、回転しながら落ちてきたアドウェルサの紫色の剣身へと素の左腕を差し出す。



「ーーっ!?」



 アナスタシア達が何か言おうと口を開いた次の瞬間、金属同士が接触するのに似た異音を立ててアドウェルサが弾かれた。

 浴場の床に突き刺さる寸前のアドウェルサを【強欲神の虚空権手】で確保すると、そのまま操って左腕を何度も斬りつけていく。

 アドウェルサを振るう度に発生する異音の数だけ左腕が斬られているわけだが、左腕には薄っすらとした擦過傷しかない。

 出血どころか薄皮一枚すら斬れる様子はないのをみて、アナスタシア達も少しは落ち着きを取り戻した。

 俺の行動を見て咄嗟に上体を起こした所為で、アナスタシアの上半身が丸見えになっている。

 タイミング良く湯煙が晴れるという思いがけない幸運に、今日は本当に運が良いことを再確認しつつ、空中で縦横無尽に動かしていたアドウェルサの動きを止めた。



「ーーとまぁ、こんな感じだな。耐久性だけでなく、筋力や魔力なども相応に常時強化されている」


「……伝説レジェンド級のアドウェルサで斬りつけて傷付かないなら相当強化されてるわね」



 再び湯に身体を沈めたアナスタシアが呆れたように言ってきた。

 彼女が視線を向けている左腕にあった擦過傷は既に癒えており、自然治癒力も肉体強化に比例して上がっている。

 身体強化系スキルを使わずにこの身体性能とは、【天仙武体】の時と同じく最早生まれ変わった様なものだな。

 【天仙武体】が肉体の才能や骨格を整え、【竜血聖躰ノ超越勇者】がそれら以外の皮膚や血肉などをアップデートしたといったところか。

 融合素材に使われることはなかったが、感覚的に【天仙武体】は【竜血聖躰ノ超越勇者】へ至る前提条件の一つだったのだろう。

 

 

「ところで、リオン」


「なんだ?」


「私も試してみたいから、ソレを貸してくれる?」



 ザバァッという水音と共に立ち上がったアナスタシアの裸体に、一瞬で白銀の鎧アイギスが装着される。

 ニッコリと微笑むアナスタシアの表情から、先ほど俺が彼女の胸を見てしまったことに気付いているのを察した。

 感情を読む限りではそれほど怒ってはいないようで、単純に恥ずかしかったみたいだ。

 意図せず胸を見られたことで生じた自らの羞恥心を誤魔化すために怒ったフリをしているのかもしれない。

 物騒な照れ隠しだな、と呆れた表情で言外に示しつつ、宙に浮かぶアドウェルサをアナスタシアの元へと送る。


 

「それじゃあ、いくわよッ」



 俺の返事も聞かずに間合いを詰めて振り下ろされたアドウェルサが俺の右腕に直撃する。

 撫でるように斬るのではなく、叩き斬るようにして振るわれた本気の一撃は中々のモノだ。

 だが、鎧形態のアイギスで身体能力を超強化されたアナスタシアでも、俺の身体を傷付けることは出来なかった。

 まぁ、アドウェルサの基本能力【壊災魔刃】や第二能力【呪災衰戯】を使えば傷付けられると思うが、それでも腕を両断することはできないだろう、たぶん。

 その攻撃すらも、俺が気合いを込めれば更に肉体が頑強になって弾きそうだけどな。



「……自信を持つだけはあるわね」



 何事もなかったようにアドウェルサを返却すると、アナスタシアは踵を返して再び湯に浸かった。

 ポーカーフェイスな彼女の耳が赤くなっているのをチラ見しつつ、アドウェルサを再び【無限宝庫】へ収納する。



「魔王を討つのを目指すなら、リオン以外の者達の強化と実績稼ぎを同時に果たすのが一番ね」



 湯に浸かってから鎧形態のアイギスを解除したアナスタシアが、髪を掻き上げながら今後の予定を再確認する。



「そうなるな。何かいい案はあるか?」


「幾つかあるけど、情報を精査し直す必要があるから、それが済んでから教えるわ」


「了解……それでは殿下。報告は終わりましたので、このランスロット、御身の前より失礼させていただきます」



 口調の変化と共に外見も本来の姿リオンからランスロット用の姿へと変化させる。



「相変わらず胡散臭さを感じる変わり様ね」


「恐れ入ります」


「覚えていると思うけど、今夜は傘下の貴族の家でパーティーが行われるわ。今回もランスロットには私の護衛兼パートナー役で出席してもらうから準備をしておくように」


「承知しております。では、失礼致します」



 アナスタシアに見送られて浴場を出ると、廊下側の浴場への入り口を守る女騎士達に軽く挨拶をしてから屋敷内にある自室へと向かった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ロンダルヴィア帝国の帝都にて分身体ランスロットが第七皇女派貴族の家のパーティーに出席している頃。

 アークディア帝国の神迷宮都市アルヴァアインにいる本体の方では、クラン拠点にある応接室の一つに三人の人物を呼び出していた。



「ユニークスキルを俺達に貸し出すだって?」


「ああ。タイミング良く俺のユニークスキルが成長してな。その際に他者に他のユニークスキルを貸し出せる能力が発現した」



 応接室内にて俺の右斜め前にある一人用のソファに座るフェインは勿論のこと、対面のソファに座っているメアとシアも驚愕の表情を浮かべている。

 ヴァルハラクランに所属するSランク冒険者である三人を呼び出したのは、この三人は同じSランク冒険者である俺とリーゼロッテとは違ってユニークスキルを持っていないからだ。

 つまり、それだけキャパシティが余っているということでもある。



「リオンは幾つのユニークスキルを持ってるの?」


「秘密」


「その反応、絶対二つ三つの話じゃないわよね? 私達は一つも持ってないのに理不尽よ、理不尽!」



 元〈双華〉クランのマスターとサブマスターである〈禍空の魔女〉の姉メアと〈震禍の魔女〉の妹シアのフローラリア姉妹は、双子なだけあって白髪金眼の容姿は瓜二つだ。

 だが、性格は結構違うのでこの二人を間違えることはないだろう。



「そうか。シアはユニークスキルは要らないか」


「い、要らないとは言ってないわ。ただ感想を言っただけよ!」


「そうか?」


「シアは久しぶりにリオンと話せるから嬉しいのよ。勿論、私も」


「昨日のパーティーでも話しただろ?」


「他にも大勢の人がいる中で少し話しただけだからね。今のようなシチュエーションじゃなかったでしょ?」


「まぁ、それは確かに」


「……普段、リオンの横で睨みをきかせてくるリーゼロッテもいないものね」



 ボソッと呟くメアが黒い笑みを浮かべる横ではシアも無自覚に同じ笑みを浮かべていた。

 昨日のパーティーにおいてリーゼロッテは会話の邪魔こそしなかったが、俺の横で無駄に存在感出してたからな……。

 真竜人族の美人双子からの捕食者な視線に晒されていると、二人の圧に押し出されていた男の声が聞こえてきた。



「おーい、俺もいるんだぞー」



 いないことにされているフェインの嘆きが聞こえたので話を戻すとしよう。



「……さて、もう一度言うが、三人には俺のユニークスキルを貸そうと思う。貸し出す理由は、この半年ほどクランに尽力してくれたことと、Sランクである三人の戦力強化。あとは貸し出すユニークスキルを育ててもらいたいからだ」


「前二つの意味は分かるが、最後の育てるってのは?」


「そのままの意味だ。シアが言っていたように俺は複数のユニークスキルがあるからな。全てのユニークスキルの熟練度レベルを上げるのは手間なんだよ」


「なるほど。だから俺達に代わりに使わせて、ゆくゆくはランクアップさせようってわけか」


「そういうことだ。貸し出すユニークスキルはそれぞれに適したモノを選出済みだ」



 三人それぞれに貸すユニークスキルの詳細について書かれた用紙を渡していく。

 三つのユニークスキルは特異権能エクストラ級なので、用紙に記載されている内容もそこまで多くはない。

 程なくして全員の顔が上がったので今一度ユニークスキルが必要か否かを尋ねた。

 答えは言うまでもない。



「【魔権複写マニュスクリプト】」



 新たに追加されたスキル名を告げると、手元に三冊の本が出現した。

 それらを三人に手渡していく。



「その本に魔力を通すと本のタイトルが脳内に浮かび上がる。その名を告げれば、それぞれのユニークスキルを取得できるぞ」



 三人が俺に言われたように本に魔力を通していく。

 それから間もなくして、フェイン、メア、シアの順に魔権系ユニークスキルの名を告げていった。



「【戦争と看破の魔権エリゴス】」


「【獅子と破嵐の魔権ヴィネ】」


「【勇猛と実直の魔権マルコシアス】」



 名を告げられた本が魔力粒子化して、それぞれの身体の中へと吸収されていく。

 全ての粒子を吸収し終えると、三人のステータス欄に新たに魔権系ユニークスキルが追加されていた。



「おお……本当にユニークスキルがある」


「なんだ、信じてなかったのか?」


「そういうわけじゃないんだが、こう、なんて言うか、ユニークスキルを貸すってのが現実味がなかったんだよ」


「それもそうか」

 


 槍を使う戦士であるフェインには、槍術の強化と成長を促す【槍騎武導】と戦闘時に役立つ【戦蛇の瞳】がある【戦争と看破の魔権】。

 攻撃系の空間属性の〈魔女〉である鞭使いのメアには、攻防一体の風を身体や武器に纏わせる【纏嵐戦風】と破壊性能を強化する【破壊の理】がある【獅子と破嵐の魔権】。

 攻撃系の振動属性の〈魔女〉である斧槍ハルバード使いのシアには、真っ向からの近接戦で役立つ【勇猛果敢】と【正面突破】がある【勇猛と実直の魔権】。

 今の手持ちの中で三人に貸し出せる魔権系ユニークスキルでは、この三つが最適だと思われる。

 他の魔権は貸すには物騒すぎる能力だったり、死蔵すること間違いなしな能力だったりなどの理由で選択肢には上がらなかった。



「このユニークスキルって、借りていることは隠した方がいいの?」


「いや、聞かれたら言ってもいいぞ。既にレンタルスキルがあるし、そこまで隠し通す意味はない」


「他の団員達が羨ましがりそう」


「確かにね。他の子達に貸す予定はあるの?」


「今のところはないな。ただ、これからの成長次第ではあるとだけは言っておく」



 団員達の成長もだが、俺自身の成長、もとい回収した魔権の能力次第だな。



「その代わりというわけではないが、近々団員達には新しいタイプのレンタルスキルのテストをしてもらう予定だ。会話の流れで伝えておいてくれ」


「あいよ」


「はーい」


「りょーかい」



 一先ずスキル関連についてはこんなところか。

 団員達にテスターを任せる新しいタイプのレンタルスキルであるマジックスキル【生活魔法】は、今週中には配布しておこう。

 【生活魔法】は、基本六属性ーー火炎、水冷、風塵、岩土、聖光、暗黒の六属性だーーの魔法が上級まで行使できるようになる【混沌魔法】の劣化版として作った人工マジックスキルだ。

 【混沌魔法】とは違って、【生活魔法】は基本六属性の魔法は下級までしか行使できないが、代わりに運用コストは格段に低いので、魔法初心者や未経験者が魔法属性適性を探る面では都合が良い。


 今回のテストの主な目的は、【生活魔法】で使えるようになった魔法を使うことで、使用した魔法の属性のマジックスキルが取得できるかを確認するためだ。

 設計通りなら取得できるはずだが、実際にテストしてみないことには確証は持てない。

 仮に取得できなくても、運や血筋に左右される魔法が使えるようになるため、【生活魔法】の存在はユニークスキル並みに感動してくれることだろう。


 今回の護衛依頼の遠征が終わるまではテスター期間にするつもりなので、多くの人の耳目に【生活魔法】が晒されることになる。

 レンタル開始になった時はさぞかし財貨を稼いでくれることだろう。

 どのくらいの稼ぎになるかが今から楽しみなレンタルスキルだな。



 

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