エピソード2-5 熱気《ボルテージ》

 闘技場は地下街の中心部から少し南に外れたところにある巨大な円形のスタジアムで、王都の民の一番の娯楽施設だ。国や有力市民がパトロンとなり、罪人の公開処刑や決闘、近衛兵団の入団試験といった血の気の多い行事が年中繰り広げられ、王国内の自由民はこれを無料若しくは非常に安価な料金で観戦できる。


 ちなみに王都地下街で冒険者として名を馳せているジョルジもパトロンの一人で、大口のパトロンは本来事前に決まっている演目を恫喝気味に直前で変更することも可能である。本日もそんな例の一つで、元々生け捕りにされた巨大なムカデを丸腰の罪人50人と戦わせるショーが予定されていたが、ジョルジの鶴の一声で、急遽彼の決闘が行われることになった。



「基本通り、ルールは戦闘不能か降参した方が負けで、以外は何でもアリ。あ、勿論初手降参とかつまんねーマネは認めねぇからな、俺も憂さ晴らしが足りてねんだわ」



「......」



 自身に満ちた表情で高らかに告げるジョルジに対し、ラヲシュは懐から静かに短剣ファルシオンを抜いて構える。


 ラヲシュは普段着(この場合エメラルドのジュストコールにグレーのトラウザーズ)の下に鎖帷子を巻き短剣を得物にしたいで立ちで、一方のジョルジは赤い略式のプレートメイルに長柄の戟を手にしたような装備状況である。


ちなみにファルシオンは昨日の戦闘では間合いを取った攻防が多かったため出番がなかったが、至近距離で切り結ぶときにはラヲシュが一番信用している得物である。勢いを付ければ鎧の上から相手にダメージを与えられることもできる。


「うおおおおおおおおお!! ジョルジ!ジョルジ!」



「ジョルジに勝てるのか? あの紺色髪の奴?」



 観客席はほぼ満席になっていた。元々見たかったショーが予定変更でなくなったときは皆ブーイングを立てていたが、それもジョルジの決闘になると決まった途端大歓声に代わっていた。



「(すごい熱狂............)」


 ズメイは一番よく見える場所を探して観客席の間を売り子とぶつからないように駆け回っていた。観客席は基本自由席なのである。




「観客共ォ、湧けぇいい!!!!! 俺は今からッ、この人間の屑を退治するッッッッッ!!!!!!!」


 ジョルジが手にした戟を取り回しながら高らかに叫ぶと、会場のボルテージは一気に最高潮となった。どうやら観客たちは二人が決闘に至った経緯を詳しくは知らされてないようだが、なんとなくジョルジが善玉でラヲシュが悪玉、のように感じているらしい。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


「キャー‼ ジョルジ様―!!!」


 老いも若きも、男も女も皆ジョルジに熱狂している。その様子にズメイは若干ラヲシュが心配になり、またスーパースターというものはつくづく恐ろしいものだと感じた。



「凛と佇むカルガートよ、御身が名誉の為、我ここに戦い潔白を示すことを誓わん」


「軍神にして裁きの神たるミトライオスよ、我ここに御身の命を賜りて不届き者を成敗することを誓わん——」





「固有魔法、“如意”!!」





 戦いの火蓋は切られていた。ジョルジがそう唱えると、たちまち彼の持っていた戟の柄が3/2の長さに伸びる——



「(なるほど、密度・材質を変えずに自由に得物の形状・サイズを変形させる固有魔法か......!)」


 ラヲシュは背を屈め、目を凝らして来るべき一撃に備える。


 ちなみに固有魔法とはその人個人にのみ習得が可能な魔法のことである。



「さあ、はじめようかあ!!!!!!!」


ヒュウウウン!!!!!!! バンッ! ゴゴゴゴゴゴゴ............メキメキメキメキ!!



 ジョルジは長くなった戟を弧を描くように勢いよく振り下ろし、地面に叩きつける。するとたちどころに地面に虫食い状に亀裂が入り、それはすぐにラヲシュの足元にも達した。



 ラヲシュは咄嗟にこれを警戒して横に跳び、亀裂の上から外れる。



 ズゴオオオオオオン!!!


「ちっ............躱されたか!!」


 やはりというべきか、ラヲシュが跳んで躱した次の瞬間、地面に入った亀裂は火山のように火を噴き、ステージはまるで炎の紅いカーテンに区切られたような様相を呈した。勿論観客席には被害はないが、それでも多くの者はジョルジの技の威力に圧倒されている。


「後でかかるスタジアムの修繕費用のことも考えたらどうだ?」


 ラヲシュが亀裂の入ってない領域に直立したまま呆れるように諭す。—が、

「知るか、ここでお前を負かせば弁償はお前持ちだからな......!!!!!!!」


 ジョルジは気にも留めずもう一度同じ一撃を繰り出す。再び地面に亀裂が走り、そこからはいくらかの噴石を巻き上げて爆炎が巻き起こる。



 ラヲシュは動じることなく今度はこれを後ろに跳んで躱す。——そして



「荒ぶる風の精よ、天則に従いて我が力に呼応せよ、ヴァーユ!!」



 風魔法を唱えて噴火で巻き上がった噴石を一気にジョルジの方に飛ばした。




「ぐっ............!!!」バチバチバチッ......‼




 ジョルジは戟を振り回して必死に迫りくる高速の石礫を弾き返す。が、最初に無駄に伸ばしてしまったせいで生憎彼の得物はこの弾幕に対処するには扱い辛い長さになってしまっており、彼は大きく体力を浪費する結果となってしまった。そして更に

——




 ——ガキンッッ!!!




 石をすべて弾き返して安堵したのも束の間、今度はラヲシュ本人の姿が見当たらない。振り向けば彼はジョルジの背後から低姿勢で斬りかかってきており、ジョルジはやっとの思いでこれを戟の柄で防いだ。


 最初の弾幕はいわば牽制で、ジョルジがこれに気を取られている隙にラヲシュは彼の背後に回りこんでいたのである。なんというスピードであろう。



「アイツ......ジョルジ相手になんかすげえぞ!!」



 観客たちは想像以上の善戦を見せるラヲシュに感心しはじめていた。




 ラヲシュの奇襲の一撃をなんとか防いだジョルジだったが、戟で受けたときの衝撃でわずかに足元のバランスが乱れていた。ラヲシュはこれを見逃さず、相手の注意が得物に集中している隙にすかさず右脚で足払いをかける。


 当然というべきか、とうとうジョルジはバランスを崩して宙に浮いた。


 が、それでもやはり王都一の冒険者の名は伊達ではない。彼は両足が浮いて尻もちをつきそうな体勢になりながらも重い体でそのまま宙返りをし、一歩下がったところに無事に着地を決めてみせる。



「しぶとい............‼」



 ラヲシュは奥歯を噛みしめ、前方に大きく踏み込んで再び低姿勢で斬りかかる。



「固有魔法“如意”‼」



 するとジョルジは僅かにラヲシュの間合いから外れていることを見極めて、手にしていた戟を固有魔法でラヲシュのファルシオンより少し長い両刃の短剣(グラディウス)に変形させた。




 キーンッッッ!!!!!!!




 鈍い音が鳴り響く。


 ジョルジのグラディウスがラヲシュのファルシオンを側面から薙ぎ払い、ラヲシュの一撃は弾かれていた。相手も短剣を手にしていては、この間合いでのラヲシュの優位も消えたであろう。



 ラヲシュは衝撃を受けてかじかむ右腕を抑えながらバックステップして間合いを取り、再び遠距離戦の構えを取る。



「(通常の魔法攻撃なら詠唱に隙が出るだろう......その隙をコイツで叩けば............!!)如意!!!!!!!」



 そう考えると、今度はジョルジの得物は斧のついた長柄の槍、つまりハルバードに姿を変えた。



「麗しき水の精よ、天則に......」


「“も“ら“っ“た“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“!!!!!!!」



 そしてラヲシュがその場で詠唱しかけるなりこれを勢いよくラヲシュに向かって叩きつけた。が、しかし—、



 ズッガアアアアアン!!!!!



 ラヲシュはすぐさま詠唱を止め、むしろ待ってましたとばかりに余裕の表情で斜め前方に前転して攻撃を躱した。


 そして即座に重い得物の勢いに身を任せてしまっているジョルジの手元に向かって偽銃砲、即ちあの銃を撃つような手振りをしてみせた。



「グァっ......!!」



 するとたちまちジョルジは重いハルバードの勢いに持ってかれていた手元に衝撃を受け、バランスを崩してか得物から手を放してよろけだした。



「(今だ............)」


 ラヲシュは再びファルシオンを構えて真っ直ぐジョルジの方へ突進する。


 しかしジョルジもやられまいと踏ん張って距離を詰められる前に体勢を立て直し、もう得物を拾う隙がないと判断すると真っ直ぐジョルジの方にショルダータックルをした。


 勢いをつけてフィジカル全体でぶつかれば短剣一本の先端等弾ける......という算段だ。



 バアアアアン!!!!!



 力と力のぶつかり合い。お互いに相手の力が予想を上回り、ダメージを受けて後ろに吹っ飛んだ。

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そしてはじまる自己中抒情詩 三首竜 @writing-zahhark

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