エピソード2-4 因縁《なんくせ》
元々ズメイの服を見繕うためだった地下街ショッピングも、気付けばすっかり気まぐれな地下街観光となっていた。
今度はズメイに似合う物がありそうという理由で(それとラヲシュが普段使っている整髪剤の補充も兼ねて)、たまたま通りすがった装飾品の屋台を覗く。
貝殻、獣骨、翡翠、水晶、瑪瑙、真鍮、香木......どれもそれぞれに独特の情緒を伴った魅力的な装飾だが、ズメイにといわれると少し違う気もする......。もっとこう、何か似合うものがあったはず…何か似合うものが......
ラヲシュは自分の分の整髪剤を片手にいつのまにか没頭していた。
「よう、何してんだ?」
ラヲシュの顔を見つめてしたり顔をしていた店主が、ラヲシュの背後からしたその声にあわや卒倒しかける。
ラヲシュの後ろから彼の右肩を鷲掴みにして声をかけたその男——背丈はラヲシュよりも高く頭には眩い金髪をたなびかせ、その周囲には常に人だかりが絶えない——こそ、地下街でその名を知らぬ者等いない巨星であった。
「お前、もう少し人の迷惑とか考えられないのか、ジョルジ?」
ラヲシュが迷惑そうに言い捨てる。いや、感じていたのは一時の迷惑というよりももっと深い怨念に近い。
「人づてに聞いたぜー、ラヲシュ~」
ジョルジは全く聞く耳を持たない。
「昨日憲兵に頼まれて不審な賭場の潜入捜査に行ってきたみてえじゃねえか。んで、そこの娘を囮にして賭場の悪事暴いてきやがったんだってな」
彼は快活かつ悪どい笑顔で迫る。
「賭場の悪事を暴いたことは立派だと思うがよぉ、やり方がよくねぇよなぁ? 女を囮にして矢面に立たせるとかよぉ、男としてどうなんだっつー話なんだわ......」
ラヲシュのこめかみに青筋がひた走る。
この男はいつもそうだ。ひたすら自分の盲信する正義感を振りかざし、事情を詳しく知ろうともせず、自身が「悪」だと決めつけた相手をしつこく非難する。このような一方的な正義の強制程、堪えるものもない。
しかもここまでならまだ多少厄介な苦情で済むかもしれないにしろ——
「おい、勝負だ勝負‼ 決闘だ、一騎打ちだ‼ 俺が可哀そうなその娘に代わって醜い下男を成敗してやる!!!」
それで済まないが故に一層この男は度し難いのであった。
「いつも言ってるだろ。乗ると思うか......そんな話に。それに見ての通り俺は今忙しい」
当然のごとくラヲシュはこれを断る。普段通りならここで無視して立ち去ってしまえばそれで終わりだ。—が、
「お、いいのか?」
この日のジョルジはもう少し強気だった。
「昨日お前がそこの娘を使って囮捜査やったことは、卑劣なこととして世間一般には聞こえが悪いはずだ。この勝負、お前が棄権含めて負ければ俺はこのことを告発するつもりだが、そうなりゃお前の宮廷仕官もキビしいよなぁ......」
「は? これは既に役人も認容したことだ、それを今更告発したところで————」
ラヲシュは派出所の憲兵達の顔を思い浮かべる。彼らに自分のやり方を非難する素振りなど一切なかった。
「その認容した役人ってのは、”お前と接点のある一部の”役人のことだろ? ピンからキリまで、お前の行為が役人全体の合意の上でのものとはとても思えねぇ。ならお前にその卑劣な捜査手法を認可した木っ端役人共も、弾劾するよう俺が高級官吏に直訴するまでだ」
「............」
「きっと俺の社会的影響力を考慮すりゃああっちも訴えを無視することなんざできやしねえ。そしたらお前も推薦のツテを失うことになるよなぁ......?」
生憎この男は地下街一の冒険者として名を馳せた男だった。彼の名声と人脈を使えば、社会的に他人を追いやるなど造作もない。
「その実勝ち負けに関わらず俺を訴える気、なんてことはないだろうな?」
ラヲシュが嫌悪感に満ちた目で今一度腹を探る。
「ハッ、そう言うと思ったわぁ。『だったらどうする』とでも言ってやりたいところだが、俺は善人なんでな。おらよ」
そう余裕をかますと、ジョルジはラヲシュに向かって羊皮紙の紙切れのようなものを放り投げた。開いて見れば何やら彼らしくない小綺麗な筆跡の字で(おそらく代筆だろう)、決闘の勝敗に応じてラヲシュを訴えるか否か決めるという意思がしたためられており、その横には確かに彼のものと思われる血判が押されていた。
「あとになって俺が騙したと思えば、それを公開してみろ。そのときは俺の評判もガタ落ちよ。」
なるほどどうやら彼は決闘を受けさえすれば律儀に約束を守る気のようだ。
「こちらが勝てば二度と俺に構わないでもらえるか......—」
「ああいいとも。決まりだな。じゃ、闘技場で」
挑発が綺麗に決まりジョルジは満足げだった。
「ラヲシュ——⁉」
脇で見ていたズメイは乱入者の勢いに唖然としつつ、思わずラヲシュの方を向く。
彼は煩わしさと殺気とに満ちた目をして
「......仕方ない」
とだけ呟いていた。
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