第46話
あの日、浅野さんが語ったことはすべて本当だった。
事情を知った撫子と菊乃からも謝罪を受け、これまでと同じように協力することで一致した。
石田さんもまずはテレビ電話で皆と再開。どうも独立後のプレッシャーから、少しの間だけ逃避しようとしたのだが、残されたメンバーですぐに九十九サクラとして配信を再開したため帰る場所がなくなったと勘違いして戻れなかったらしい。
たまたま浅野さんと再会して話し合ったことで誤解も解けて晴れて石田さんが九十九サクラとして復活することになった。
今日はその初配信。他の視聴者はそんな内ゲバがあったことなんて知らないし、中の人が入れ替わったことにも気づかない。
俺はこれまでと同じように無言の上限赤スパを投げる。
『久々の無言ニキ!』
『無言ニキだああああ』
コメントはいつものように盛り上がる。
「あ……えぇと……トヨップさん、ありがと!」
『【悲報】無言ニキ、無言ニキという名を奪われる』
『サクラちゃん、無言ニキいじらないの逆に可哀想ww』
「分かってるよぉ。無言ニキ、いつもありがとう!」
サクラちゃんがそう言うも、これで本当にあのサクラちゃんはいなくなったのだと分かった。
この数ヶ月の事はちょっとした夢だったのだと、そう思うしかない。
石田さんがサクラちゃんとして俺と話してくれたところで、それはこれまでのサクラちゃんとは別人なのだから。
それでもサクラちゃんを応援することに変わりはない。一人だけサクラちゃんと話せるという特別な立場から一般リスナーという立場に戻るだけだ。
ほとんどの人が知らないであろうサクラちゃんの復活配信は大盛況のまま終わった。
◆
新学期、相変わらず浅野さんは隣の席だ。
「おっす! 今日で席替えだねぇ」
遅刻ギリギリに教室に駆け込んできた浅野さんに背中を叩かれながら挨拶をされる。
「そうだな」
「なになに? 私と離れるのが寂しいって? 仕方ないなぁ。休み時間になるたびに遊び行くからさぁ」
「そんなこと言ってないだろ……」
「あはは……それよりさぁ、机増えてたよね? 何なんだろう?」
教室の後方、夏休みの前はなかった場所に机が一つ置かれている。
「転校生……とかあるか?」
「かもねぇ。イケメンかな? 美女かな?」
「別に興味ないな。どうせ話さないだろうし」
「さすがミスター陰キャ……」
浅野さんが苦笑いをする。
先生がホームルームのために入ってきた。
「皆、元気そうだな。連絡の前に転校生の紹介をさせてくれ」
クラスの皆がどよめく。転校生なんてレアイベント中々ないから仕方ないだろう。
冷ややかにその様子を見ていたいのだが、予想が的中した浅野さんがバシバシと肩を叩いてくるので俺も盛り上がっているサイドにカウントされそうで困る。
先生の呼び込みで入ってきたのは女子の制服を着た人。
髪の毛は少し切っているが、目にかかるくらいの陰キャ臭が漂う姿には見覚えがある。
「いっ……いし……石田咲良です。お願いします」
緊張からか少し噛みながら自己紹介を済ませたのは石田さん。彼女の声の可愛さに本能が疼いたのか、男子達は一斉に低い唸り声を出す。
「石田さんはご家庭の都合で休学していたんだが、今年から復学することになった。皆、仲良くな」
学年は一つ上のはずだが、留年扱いで同学年になったのだろう。まさか元々同じ高校の先輩だとは思わなかった。
「まじかよ……」
さすがに驚きが隠せず、知り合いの転入ということでテンションも上がってくる。さっきの仕返しに浅野さんの肩を叩き直そうと横を見る。
浅野さんも事前に聞いていなかったのか、俺以上に驚いていた。目を見開いて、口をパクパクとさせている。
「あ……ひ、広臣君。あれ、咲良だよね? バーチャル咲良?」
浅野さんは混乱して意味のわからないことを口走っている。
「本物の石田さんだろ……」
「あはは……だよねぇ……おーい! ここにいるぞー!」
浅野さんは嬉しそうに石田さんへ手を振る。
一般リスナーでいると決めたはずが、クラスメイトになってしまったらしい。昼飯くらいは一緒に食えるだろうか。
自席へ行くように指示された石田さんは俺と浅野さんの机の間を通るように歩いてきた。
何故か俺の前で立ち止まる。
「無言ニキ。これからもよろしくお願いしますね」
石田さんは普段の陰キャモードではなく、配信用の腹から出したよく通る声で、身バレ上等の台詞を放つ。
「なっ……」
「フフッ。これからは本物とも仲良くしましょうね」
石田さんはニッコリと笑い、サクラちゃんと全く同じ声でそう言った。
学校一の美少女クラスメイトが俺の推しvTuberの友達らしいのだが中々推しに会わせてくれない上に有名作曲家であることがバレて楽曲提供ばかりさせられる 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai
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