<Lost.楽園>
葬儀は、家族だけでひっそりと行われることになった。
しかし、手をがっちり繋いだ死体を引き離す事は出来ず、特別に二人用の棺桶が作られ、それによって火葬される事となった二人は、共に骨と灰になりながらも、残った小指の骨の一部だけは、くっついて離れなかった。
そして所長は楽園症候群に関するレポートを、全が残していた分とまとめて改めて学会で発表した。
『楽園症候群―Elysium《エリュシウム》 Syndrome《シンドローム》―』
それが特定の音、もっと言うならば声に起因するものであり、閉鎖空間で声を交わすほどに脳内に印象付けられ、早急に依存性を高める事、そしてこれを未然に防ぐことは不可能であり、パートナーを引き裂く事で騒ぎが大きくなりやすく、死亡率が更に上がる事、そして何より、今後はデザイナーベビーの普及によって、発症率も上がっていくであろう予測を立て、せめて寿命を延ばす方法を模索中だと改めて説明した。
その臨床を行ったのが他ならぬ彼の息子ということ、そしてパートナーが同じくデザイナーベビーであったことなども報告し、改めてデザイナーベビーという存在を軽く扱ってはいけないという事も口にした。
治療法が未だない「楽園症候群」は、瞬く間に世界に広まり、デザイナーベビーや障害を持った者を子に持つ親たちは、これまで以上に慎重にならざるを得なくなったという。
だがその一方で、健常者でも起こり得る事であるという意見も起こりつつあり、今後、人類がどのような方針で対策を打っていくかは神のみぞ知る、と言ったところか。
そうした目まぐるしい世界の転換期からしばらくして、所長は再婚した。相手は、ずっと助手をしていた女性だという。
その女性が子供を産めば、今度こそ後継者としてきちんと育て上げていく、と通達され、研究員解体の危機を感じていた研究員達一同は胸をなでおろしたという。
そして、被害者でもあり、今回の事件の深い関係者かつ家族でもある弓張 愛の母親は、今回の事件によって精神的ショックから立ち直る事が出来ず、葬儀後わずか半年でこの世を去った。死因は衰弱死だという。
だが同時期、同じく衰弱死した男性が発見され、警察の調査によると母親はその男性と何度か接触したものの、周囲の反発や娘の事もあって再婚に踏み込めないまま自然消滅のような形になったという。実際のところは、楽園症候群だったのではないか、とまことしやかに囁かれているそうだ。
――遺書も何も無い二人の死について、この世を生きる人間は真実を知る術など無いのだが。
※ ※ ※
一面の花畑。そこで寄り添う二人は、幸せそうに眠っている。
繋いだ手を離すことは、二度と無く。
その瞳が開かれる事も二度と無く。
ただ、彼らの楽園は永遠に彼らと在り続けるのだ。
-End-
楽園症候群―Elysium Syndrome― 宮原 桃那 @touna-miyahara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます