スキル【総務】の雑用係、転職し【務総】に覚醒する

南京中

スキル【総務】の雑用係、転職し【務総】に覚醒する

「アルゼルくん。きみはクビだ」


 僕、アルゼルは突然そう告げられた。


「そんな……理由を教えてください。新ギルドマスター」


 僕が働いているギルド「ティーンスピリット」は、先代の急逝にともないギルドマスターが交代した。その新たに就任したギルドマスターからクビを言い渡されたのだ。

 彼の名前はゴーン。以前からコンサルタントとかいう肩書で各地のギルドの運営に関わっていた。

 初めての仕事が僕へのクビ。見せしめみたいで、納得できるはずがない。


「私は先代ギルマスのように無駄を許すつもりはないのだよ。彼は君の【総務】というスキルに期待していたようだが、いつまで経っても役に立たない。損切りの時だ!!」


 食い下がった僕にムカついたのか、ゴーンは机をたたいて怒鳴る。その時髪の毛全体が不自然に揺れた気がするけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 僕は目の敵にされている。


「はっきり言おう。きみは給料泥棒なのだよ!!!」

「……納得できません。僕なりにギルドに貢献してきたつもりです」


 10歳の時の神託で僕が預かったスキルは、【総務】という誰も知らないものだった。スキル説明も


『総務全般を迅速かつ丁寧にこなすことができる』


という説明にもなっていないものだった。


 いったいどう能力なのか不明なまま就活せざるをえない僕だったが、結果はもちろん全滅。冒険者パーティどころか鍛冶職や使用人……この街の合法な仕事すべてから門前払いを受けてしまった。

 そんな失意のどん底にいた僕に、世界五大ギルドの1つ「ティーンスピリット」から採用通知が届いた。


 天にも昇るほど喜んだけど、ふたを開けてみれば僕の仕事とは雑用、それも3Kな仕事全般だった。

 ギルドの掃除、出納管理、食事メニューづくり、冒険者たちへのクエスト振り分け、武器防具のメンテナンス、モンスター部位の保存管理、果ては新米冒険者パーティの補助にいたるまで、必要だが誰もやりたがらない地味な仕事をひたすらこなした。

 そんな生活を続けて5年。なのに。


「貢献しているなんて抽象的なアピールは聞きたくなぁい!きみの仕事がどうギルドの利益に結び付くのかを具体的に説明してみたまえ!!」

「そ……それは……」


 僕がこなしてきた仕事は名前さえついてないのが大半だった。確かにクエストを発行して冒険者が受注するという冒険者ギルドのメインの仕事に僕の仕事は関わっていない。


「し……しかし!僕がいなかったらこのギルドは立ち行かなくなります!」


 でもこれだけは確かな事実だ。

誰もがやりたがらないけど誰かがしなくてはならない仕事。それを僕は担ってきた。

 だけど、ゴーンは。


「ふんっ!!使えない人間の常套句だ!!人材なんてのは所詮どこまでいっても替えのきく歯車でしかないのだよ!!最も貴様は部品ですらなかったがね!!」


 口角に泡を作ってゴーンが僕に紙を投げつける。

 解雇通知。

 こうして僕はギルドをクビになった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「さよなら。カルロス爺」


 そう呟いて、僕は裏口のドアノブから手を離す。

 僕はギルドの一角を間借りして暮らしていた。【総務】なんてスキルの無職に貸す部屋はないと断られ続けた僕に、前ギルドマスターのカルロス爺があてがってくれたのだ。

 そんな感じだから、自分の荷物というものもほとんどない。


「さて……どうしようかな」

「そりゃあもちろん、就職先探さないとでしょ」


 リュックを背負った僕の隣に、大きなスーツケースを引く女の子がいる。

 彼女はロレッタ。

 オレンジ色の髪と目が太陽みたいにまぶしい美少女で、大陸五大冒険者ギルドの1つ、この「ティーンスピリット」が誇っていたA級冒険者だ。

 僕がクビになったと知るや大激怒。その勢いでギルドマスターのもとへ出向き、ゴーンの引き留めをガン無視し、退会した。


「いいのか?僕と一緒に辞めるだなんて。S級昇進最速記録がかかっていたのに」

「もちろん!!そんなことより大切なことがあるもん!!」

「大切なこと?」

「えー……そんなきょとんとした顔するぅ……?うーん、ほら、あんたがいなくなったら誰があたしの武器をメンテするのよ」

「たしかに。ロレッタのレイピアは僕のオーダーメイドだもんね」


 彼女のスキルは【剣聖】。大剣、太刀、ショートソード、剣と名の付くものなら超一流に扱えるとんでもないスキルだ。

 そんなロレッタが自分の相棒として使っているのが、僕特製のレイピア。

 彼女が【剣士】だったころに、僕が作ってあげたものだ。剣なら何でも使いこなせるスキルを持つロレッタだけど、とはいえ得手不得手はある。彼女は背があまり高くないので、大きな得物よりは小さな得物がよい。さらに手足はすらっと長いから、力で切るよりも刺すほうが向いている。

 そう思ってオーダーメイドでレイピアを作ってあげたらかなりフィットしたようで、あっという間にA級冒険者。


 低ランクの頃は武器のメンテナンス以外にもクエストでの荷物運びや補助をやたら頼まれたけど、最近は遠い存在になったなあ。


 なんて思い出に浸っていた僕は、ロレッタの責めるようなまなざしにしばらく気が付かなかった。


「じーーーーーー」

「?どうしたの?」

「別に……はぁ……」


 まるで気の回らない鈍臭い新人にイラっとしている先輩のような鋭い視線とあきらめのため息。

 何か怒らせるようなことしたのだろうか。


「ま、これから2人きりで行動することになるわけだし……しっかり距離詰めていけばいいか」

「そうなんだよね。これからどうしよっか?」


 後半は独り言っぽくてよく聞こえなかったけど、前半はその通り……てこともないんじゃないかな。


「うーん……ロレッタは引く手あまただからすぐ決まるよ」

「え?」

「僕はどうしよっか……」


 もうこの街で僕の【総務】を知らない人はいないだろうし、最初の就活の時点で「ティーンスピリット」以外のギルドからはお祈りされている。

 うーん。どこか遠くの街へ行って、【総務】のことは隠してポーターで食いつなぐか……。


「あたしと一緒に来てよ」

「え?」


 今度は僕が頓狂な声を上げてしまった。

 だけど、ロレッタの目はマジだ。

 マジというか、そうあって欲しいという希望が宿っている。


「どうして?」

「どうしてって……もう……。え~っと、実は私、クエスト受注中だったんだよね。頭に血が上ってて忘れちゃってた。このままだと依頼が宙ぶらりんになっちゃう」

「じゃあ、まずそれを片付けないと」

「そういうこと。それに、うまくいけば2人とも雇ってくれるかもしれないよ」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「着いた~~~!」


 馬車に揺られること数日。たどりついたのはダーツ領ワラ村。王国の国境近くに位置する辺境の村だ。

 確かに、これだけ遠くからの依頼ならロレッタくらいしか受注しないな。

 依頼主は辺境ギルドだった。田舎のギルドは規模が小さく人手も少ないため、大手ギルドから信頼できる冒険者を派遣してもらうことが多いのだ。

 ということで僕たちはギルドらしき建物の前にいるのだけれど。


「え?ここ?ほんと?」

「間違いなく、ここ」

「ほんとに?ギルドっていうか、廃墟……」


 ロレッタがうっかり本音を言ってしまうのも無理はない。屋根には穴が開いていて、割れた窓ガラスは新聞紙で補強。ダメ押しに建物全体がうっすら傾いているというありさま。

 クエストに記載された情報を何度も見返したけど、やはりここだ。

 なにより。


「人の気配がする」


 それに消えかかっていて読めないが、取れかかった看板に冒険者ギルド「ビタースウィートシンフォニー」と書いてある。

 とにかく入ってみよう。


 引っかかる扉を力で開けて、僕たちはギルドに足を踏み入れた。


「いらっしゃ~~い」


 アンデッドでも襲い掛かってくるかと警戒した僕たちを迎えたのは、ぽよぽよのんびりした声だった。

 入り口から見える奥の受付に、立ち上がってこちらを招いている女性がいた。


「でっか……」

「初めまして、クエスト依頼を受けてきた冒険者です」


 またもや正直な感想をロレッタが漏らしたので、それに重なるように挨拶をする。

 思わずロレッタがつぶやいた通り、受付のお姉さんはいろいろとでかい。

 僕と目線の高さが一緒だし、なにより胸が大きい。


「あらあら。ティーンスピリットからのね。早くて助かるわ~」


 お姉さんはおっとりとした口調でそう話す。ドレスの上に薄手のカーディガンを羽織っていてたたずまいは上品だ。丸いショートカットヘアもフワフワしている。

10歳くらい年上なんだろうけど、肌がつやつや目がキラキラしていて僕らより数歳年上くらいとしか思えない。

 僕たちが依頼を受けた冒険者だとわかるとお姉さんはとてもうれしそうだった。受付スペースに僕たちを案内してくれて、お茶を振舞ってくれた。きっと僕たちが来るのを待ち望んでいたんだろう。


「久しぶりの来客なのよ~。まずはお茶どうぞ~。私はシオリ、ここのギルドマスターをしているの」


 そうだろうなとも思った。だってこのギルド、シオリさん以外に人がいないから。

 閑散としたギルドはしんとしていて、デスクやカウンターはきれいだけど、調度品にはほこりが積もっている。ティーカップも久しぶりに使われたんだろうなという感じ。


 とにかく、ギルドマスターなら説明しておかないと。

 僕たちはもうティーンスピリットの冒険者じゃない。ただ責任を果たすために来ただけだ。

 意を決して、僕は事情を説明した。

 ニコニコふんふんと一通り聞いたシオリさんの反応は。


「つまりは逃避行ってことね~」

「逃避、行……?」


 庭にひとりでに咲いた花の成長を見守るような温かい視線をこちらに向けるシオリさん。


「若いっていいわねえ。この村には若い人もいなくてそんな大恋愛は久しぶりに……」

「わ~~っ!わ~っ!!あああああ!!」


 頬に手を当てうっとりしたシオリさんを、ロレッタが大きな声を出してさえぎる。そのまま抱え込んで裏の方へと引きずっていった。

 なすがままポカンと連れられていくシオリさんと、なぜか耳まで顔を真っ赤にしたロレッタ。


 2人で言い争うような、というかロレッタが何かを一生懸命説明している声が遠くから聞こえるだけの時間がしばらくあって。

 ロレッタとシオリさんは帰ってきた。


「そうなの~。ここまでやって伝わらないのは難敵ねえ~」


 目を細めて僕のことを見つめるシオリさん。


「難敵って僕のこ「とにかく!ねっ?もう、ね?仕事の話しよ?」


 強引に話を変えようとするロレッタ。そのテンションに押されて僕たちもそれに従う。


「じゃあ、お仕事モードに入ろうかしら」


 そう言ってシオリさんは、胸に「冒険者ギルドマスター」と記された名札を付ける。

 見ると机の上には、それ以外に鍛冶ギルドマスター、農業ギルドマスター、そして村長……。


「あら、見られちゃいました。そうなの。私、この村の色んな長をしているの」

「わ、ワンオペだ……」


 ニコニコほわほわしたお姉さんかと思ったら、その働き方はドスブラックだった。

 シオリさんに訳を聞くと、この村は財政難だった。一番の原因は人口減少。人手不足で組織の統廃合を繰り返した結果、シオリさんのワンオペ体制が確立してしまった。


「規模が小さいけれど、仕事はそれなりにあるのよ。私の身体は一つしかないし大変……」

「ならこのアルゼルを雇えばいいじゃない!!!」


 シオリさんの身の上話を聞いていたら突如ロレッタがそう叫んだ。

 ティーカップセットがガシャンと音を立てるが、ロレッタは構わない。


「アルゼルはこの私のお墨付きよ!絶対に即戦力として役立つわ!!」

「あらぁ、それは心強いわねえ」

「いや、でも特に役職にもついてなかったですし……」


 なんだかシオリさんの笑顔を見ていると、自己PRを盛るのが申し訳なってくる。それになまじ嘘をついて損するのは結局自分だ。


「でも、ギルドの仕事なら一通りできます!」

「本人は謙遜しているけど一通りなんてレベルじゃないんだから!」

「そうねえ……さっきの話を聞いた限りだと、非はティーンスピリットにあるようだし、アルゼルちゃんもなんだか優しそうだし。ティーンスピリットほどのお給料は支払えないけど、それでよければ」


 やった。

 どうなることかと思ったけれど、転職先が決まってよかった。


「よかったじゃない!アルゼル!!」

「ああ、ありがとうロレッタ」


 その瞬間、頭の中に声が鳴り響く感覚があった。

 その声が言うには、


「転職成功おめでとうございます。職歴が増えました。あなたの経験値も評価され、スキル【総務】が【務総】に進化します」


……。

……………へ?


「スキルが進化した……」

「へぇ!?」


 俺の報告にロレッタが驚きの声を上げる。

 無理もない。数年間の努力にもかかわらず、【総務】のスキルがうんともすんとも言わなかったことをロレッタも知っているからだ。


「あらあらよかったじゃない。それじゃあスキル鑑定もしておいたほうがいいかしら」


 奥から雇用契約書を取ってきたシオリさんがまたしても引っ込んで、今度はスキル鑑定用の水晶も持ってきた。

 手をかざして魔力を流すと、スキル詳細を教えてくれる魔道具だ。


「……では」


 普通ならさっと終わる作業なのだが、僕は気合を入れる必要があった。

 【総務】と告げられたあの頃を思い出したから。

 でも今は、隣にロレッタもいるし、何よりシオリさんのもとでいい仕事をしなければならない。

 そう覚悟を決めて手をかざすと。


【務総】 あらゆる職務をこなすスキル。経験者採用なのでスキルアップは容易。ただしダブルワーク禁止。


「うーん、なにこれ……なんか知らない単語が並んでて、どういうこと?」

「あらゆるスキルってもしかして……」


 ロレッタは首をかしげていたが、本人である僕は直感的に理解できた。


「【施設管理】!」


 そう呟いた瞬間、この建物の直し方がわかった。

 【総務】だったころにもギルドの修繕をしていたが、その時はここまでやるべきことがクリアにはわからなかった。

 今ならこのおんぼろギルドをこの国一番の大聖堂にだってできそうだ。


「ここだ!」


 自分の直感が叩けと教えてくれた柱のある部分をハンマーで叩く。

 正確な速度と正確な角度はスキルが教えてくれる。

 すると建物全体が大きな音を立てて揺らいだ後、静かになった。


「あーーー!傾きが治ってる!!!」


 床に置いたペンが動かないのを見て、ロレッタが絶叫している。

 まだまだいけるぞ。

 俺はあっけにとられている2人を尻目にどんどんと建物を修繕。

 割れたガラスを取り換え、戸の開閉はスムーズに。

 字の消えかかった看板をおしゃれに仕立て直す。


「あら~……あらあら~。すごいわ、まるで新築ね~」

「すっごいじゃない!アルゼル!!」


 ロレッタもシオリさんも、飛び跳ねて喜んでくれている。

 自分でも驚きだ。ティーンスピリットの時より100倍くらい仕事が早く終わった。

 これが【務総】の力……。


「これはこれは、素敵な人が来てくれたわ~」


 椅子で一息ついていた僕に、シオリさんがお菓子とお茶を持ってきてくれた。

 その隣のロレッタは自分のことのように誇らしげな顔をして、シオリさんのお菓子をほおばっている。


「こんなにいい仕事する人をほっぽりだすなんて、ティーンスピリットの今後が不安だわ。世界5大ギルドまでになったのはカルロスさんのおかげだものね~」

「あたしたちの今後は明るいわ!アルゼルがいれば世界一のギルドも夢じゃないわよ!」


 食いかけのお菓子を天に掲げて大それた夢を語るロレッタ。

 シオリさんは優しい言葉をかけながら僕の汗を拭いてくれる。

 くしゃくしゃと頭を揉まれる僕は、かつての職場を思い出していた。


 どれだけ苦労した仕事でも褒められることなんてなく、それなのに少しのミスはいつまでも責められる。

 みんな僕がいないと不便なはずなのに、縁の下の僕なんて見えていないみたいだった。

 それが今や、僕の仕事を見てくれる人がいて評価してくれる人がいる。

 ……なんか、転職してよかったな。


「にしても、世界一のギルドかぁ……」


 そういえば、僕も「ティーンスピリット」に入職したときは、このギルドを世界で一番のギルドにするぞなんて夢を持っていたっけ……。


 と、その時。

 せっかく真っすぐになった扉が、また壊れるんじゃないかという勢いで開けられる。


「シオリちゃ~ん。どうしたの、こんなきれいにしてくれて」

「俺たちにギルドプレゼントする気になったんで、掃除してくれたんじゃねえのか!?」


 全身に「俺たちゃその辺のゴロツキです」と書いてあるかのようないかにも悪い恰好をした2人組が、下卑た声でどすどすとギルドに上がり込んできた。


「何度も申し上げている通り、私はあなたたちの援助を受けるつもりはありません」

「シオリちゃんは強情だなあ。せっかく天下のティーンスピリットが支援してあげるって言ってるんだぜぇ~」

「何が支援ですか!あんな暴利の融資、債務不履行をたてに全てを奪おうという魂胆が見え見えです!」


 上ずった声で下手くそに怒るシオリさんを、ゴロツキ2人は嘲笑う。

 なるほど。支援の名のもとに融資をするが、その利子は法外。返しきれなくなり倒産するのを待って最終的にタダ同然で取り上げようって魂胆か。先代の頃の「ティーンスピリット」じゃ想像もしなかったあくどい手だ。


「あんたたち、誰から依頼されたの?」

「「ああん?」」


 シオリさんの手の震えを見たロレッタがたまらず口をはさむ。オレンジの髪をかき上げて2人をにらみつける。これはロレッタがブチギレているときの仕草だ。


「けっ!威勢のいい声が聞こえたと思ったら、こんなお嬢ちゃんかぁ!?」

「てめえらビタースウィートシンフォニーはまともな用心棒雇う金もねえって!!」


 「俺たちは小悪党でござい」と全身で表現してくれているかのように、2人のチンピラは下品に小物に馬鹿笑いする。

 世界5大ギルドの一角「ティーンスピリット」の元A級冒険者であるロレッタのことを、勇敢にも自分たちに反抗してきたオレンジ色の小娘ぐらいにしか思ってないらしい。


「どう?裏で糸引いてるのって、やっぱあのカツラ?」

「うん……ギルマスになる前からいろいろやってたみたいだね」

 ロレッタもすぐわかったのだろう。ティーンスピリットにあんな質の悪い人間はいない。十中八九ゴーンの手引きだ。

 僕の賛同を得たロレッタが腰のレイピアに手をかけるのを、僕は止める。

 ロレッタの力は密室での戦いに向いてない。非戦闘員を背にしながら闘うときは特に。


「ちょっと。何してんの?」

「僕に任せて」

「任せてって、あんた闘えないでしょ!?」


「ん?んんんっ???今度はどこのお坊ちゃんだぁ~!?」

「こいつは傑作だ。ガキのヒーローごっこでギルドを守ろうってんだから。おままご……」


「【来客対応】」


 最後まで喋り切ることなく、チンピラ2人は玄関をぶち抜いて建物の敷地外まで吹き飛んだ。


「すごっ」

「肩を軽く押しただけなのに……」


 大砲に撃たれたのかというくらい大きな穴を目の前に、僕たちは呆然としていた。


「……」

「あ、やばっ!アルゼル!シオリさんが座ったまま気絶してる!!穴直して!!」

「あ!うん!【施設管理】」


 そう唱えた瞬間、逆再生みたいに壁が修復されていく。

 一瞬気絶していたチンピラ2人が目を覚まして状況を理解した……あたりで玄関と壁が元に戻った。


「あら……幻覚だったのかしら?」

「てめえ!!なめた真似してんじゃなええぞ!!」


 壁の向こうでチンピラが叫んで、ドアを破ろうと体当たりしている音が聞こえている。


「ちっくしょう!!なんだこのドア!!!」

「ぜんっぜんびくともしやがらねえ!!」


 【施工管理】で修繕したついでに、玄関を厳重なものに変えておいた。とってつけたようなスイングドアからティーンスピリットよりも厳重な扉になったので、チンピラの攻撃ぐらいじゃびくともしない。

 頭を使ったチンピラは今度は窓から押し入ろうとしてきたけど、結局は同じこと。【来客対応】で押し返されて、最後にはボロボロになった。


「てめえらティーンスピリットにたてついてただで済むと思うなよ!!」


 力を込めて押し返したら思ったより吹き飛んで、それがダメ押しになってチンピラたちは心が折れたようだ。傷だらけ泥だらけのまま捨て台詞を残し退散していった。


「すごいじゃない!!アルゼル!!何今の!?」

「ほんとねえ……幻影魔法じゃなくて、ほんとに直して新しくしてくれたのねえ」


 ランクアップした玄関を触って確かめているシオリさんと、自分のことのように喜んで僕に抱き着いてくるロレッタ。

 その勢いでくるくる回ったら、ギルドの澄んだ空気をロレッタのオレンジの髪がかき混ぜる。

 こんな今日があるなんて昨日は想像もしていなかった。

 僕はこのビタースウィートシンフォニーを、いる人みんなが幸せになるようなギルドにして見せる、そう思った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時間は前後するが、彼をクビにしたギルド「ティーンスピリット」で何が起きていたのかというと。


「また失敗!!?いったいどうなってるんだ!!」


 ギルドマスターのゴーンが机をドンと叩いて、カツラが外れるのもいとわず頭を掻きむしる。


「よりにもよって今回のは王国から直の依頼、ドラゴンの討伐依頼だぞ!!どれだけの金をかけたと思ってるんだ!!」


 見開かれた目のまま顔を上げるも、報告をしてきた職員のほうは淡々と報告を続ける。


「このところクエスト失敗が頻発しています。クエスト成功率の低下はギルドの信用を大きく損ねますので、対策を講じる必要があるかと」

「そんなことはわかっている!!」


 淡々としているのが余計に癇に障り、ゴーンは一層強く机を叩く。


「くそっ!どういうことだ……あの無能をクビにしてから目に見えて生産性が落ちている……!!」


 対策の必要性を訴えるだけで具体的なアイデアを言うこともなく突っ立ってるだけの職員をにらみながら、その脇を通り過ぎる。


「まさかアルゼルがこのギルドに不可欠な人材だとでもいうのか……!!」


 ゴーンは数日振りにギルマス室を出て、ギルドをチェックすることにした。血なまぐさい冒険者とすれ違えば仕立てたスーツが汚れるとゴーンは専用の出入り口を使っていたのだ。


「な、なんだこれはあああ!!!」


 ギルドのロビーを目の前にしたゴーンは、その惨状に声を上げた。

 入ってきた者たちを出迎える豪華絢爛なホール。とは思えないくらい、汚れているのだ。


「なんだこの埃!!それに、あちらこちらに冒険者が横たわっているじゃないか!!!」


 世界五大ギルドの名に恥じぬ大理石の床が、傷ついた冒険者たちによって埋め尽くされていた。

 彼らは苦しそうにしていて、さらに包帯や残飯も置きっぱなしになっているので悪臭を放っている。


「おい君!いったいどうなっているんだ!!」


 足の踏み場のもない中、ゴーンは右往左往する職員を捕まえてわけを問いただす。

 仕事を止められた職員は迷惑そうな顔だ。


「どうなってるんだじゃないですよ!今クエスト失敗した冒険者たちの手当てをしているところなんですから!!」

「むぎっ!!」


 職員の口のきき方にカッとなるゴーン。


「そんなもの、回復薬を使えばすぐだろう!何を手間取ることがある!」

「その回復薬がないから困ってるんじゃないですか!!」


 イライラした物言いを、さらに上を行く怒りで乗り越えられてしまったのでゴーンも思わずたじろいでしまった。


「こ、困ってる、だと……?」

「そうですよ!在庫はあるだけで場所をとる赤字だとか指令が下って、最低限しか確保してなかったんですよ!!そのせいで非常事態に全然対応できてない!!」

「ギクゥッ!!」


 ゴーンは心臓が飛び跳ねそうになった。

 経費削減の名目で在庫を持たないようにしたのは、何を隠そうゴーンの指示なのだ。


「こんなことアルゼルがいたことは起きなかったのに。在庫が切れそうになったらすぐ気づいて報告してくれたんだ」


 ぼそっと、職員がそう呟いた。

 瞬間、ゴーンは頭に血が上って卒倒しそうになった。


「あんな役立たずでもできた仕事だろ!お前らがさぼってたんじゃないのか!!」

「なっ……!!」


 職員が何か言いそうなのも構わず、ゴーンは足早に立ち去った。


「なんであの男の名前が出るんだっ……!!」


 冷静さを欠いたゴーンは今回のドラゴンの討伐クエストが失敗した理由を明らかにすることにした。

 自分以外の誰かに責任を負わせたかったのかもしれない。

 床に散らかったゴミを蹴散らしながら、ゴーンは今回のクエストでリーダーを務めた男を捕まえる。


「おい!お前がリーダーだな!今回のミスの説明をしてもらおう!」


 ゴーンは壮年の冒険者の背中を乱暴に叩く。

 取り込み中だったリーダーはうっとうしそうに振り返ったが、ギルドマスターだとわかるとぐっと感情を抑えた。


「説明……。そうですね。人員不足、物資の不足が一番ですかね」


 眉間にしわを寄せて投げやりな言い方をするリーダー。


「それはお前たちの準備不足ということかね?」

「……準備ができたのにしなかったとしたらそうですね」


 そう吐き捨てたリーダーはゴーンに責めるような目を向けて、再び作業に戻る。

 彼は傷ついた新米冒険者の少女に手当をしていたのだった。


 だがそれがゴーンの逆鱗に触れた。まるで自分をないがしろにされ、そして自分に非があるような言い方をされたと感じたのだった。


「なんだね、その言い草は!!自分の非を認めず同じ失敗を繰り返すつもりかね!」


 感情をあらわにして、手当中のリーダーの肩を掴むゴーン。

 そのせいでリーダーの手元が狂い、少女冒険者が痛そうに呻いた。


「だったらロレッタとアルゼルを連れ戻すんだよ!!!」


 掴んできた手を振り払い激昂するリーダー。

 その迫力と腕力で思わず転げてしまうゴーン。


「くっ……またしてもそいつの名を……」

「当たり前だ!!今までこのギルドがうまく回っていたのはあいつのおかげだからな!!」


 詰め寄ってくるリーダーにたじろいで後ずさるゴーン。

 周りにいる人たちも何事かとこちらを見始め、ギルド内がピンと張り詰める。


「ギルド内をこまめに掃除してくれていたのはあいつだからな!」

「なにぃ……」

「消耗品の在庫を切らさないようにしてくれたのもあいつなら、各冒険者に適した依頼を紹介してくれたのもあいつだ!!」


 あまりの剣幕に叱られた子どものようになるゴーン。

 誰も彼に味方するものはおらず、それどころかリーダーの言葉に賛同する顔をしている。


「そ、そんなもの……あいつが辞めてからの期間で覚えられた仕事じゃないか……」

「一朝一夕で身に付く楽な仕事なんかありはしないさ……このギルドを建て直したかったら今すぐあいつらに頭を下げに行くんだな。……彼女たちの治療が終わったら、俺もこのギルドを辞めさせてもらう」


 そう言い捨ててリーダーは新米冒険者の治療に戻った。

 本来ならこれもアルゼルがいて回復薬の在庫管理をしてくれていたらやらなくていい仕事なのだ。


「こんにちは、みなさん。お取込み中かしら、久しぶりにお顔を拝見できてうれしいわ。ゴーンギルドマスター」


 へたり腰になっていたゴーンの背後から軽快な声をかける人がいた。

 青ざめていたゴーンは彼女の顔を見た瞬間、顔色を変える。


「こ、これはこれはラヴ会長!いつもごひいきいただきありがとうございます!!」


 あからさまに媚びるような顔と態度に切り替わるゴーン。それもそのはず、彼女は王国最大の商人ギルド、スプレッド商会の会長なのだ。

 ドレスの上に豪華な毛皮を羽織った大人な美人だ。高いヒールを履いているのもあってゴーンより頭一つ高いし、シオリさんよりさらに胸がでかい。


「すみません。ちょっと散らかっておりますが、実は折り入ってご相談したいことが……」


 ゴーンは今ここでお得意のごますり力を発揮し、回復薬などの備品を優先して回してもらおうと考えたのだ。

 それによって職員たちの信頼を取り戻そうとしたのであるが……。


「お黙り」


 ラヴはゴーンの鼻先にその細くしなやかな指を突きつけ口をつぐませる。

 その目には決意と失望と怒りが浮かんでいた。


「坊やが姿を見せないから寂しくなっちゃって来たけど、この荒れっぷりを見るに噂は本当みたいね」

「坊……や……?それってまさか」

「アーちゃんのいないこのギルドに価値なんてないわ。このギルドも終わりね。我が商会との取引はこれっきりにしましょう。それじゃ」


「ま、待ってくれえええ!!!!そんな!!!どうして!!!」


 すがりつくゴーンにラヴは見向きもしなかった。


 世界5大ギルドの1つ、「ティーンスピリット」。

 その崩壊は着々と進んでいた。

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