さよならを忘れて

長月瓦礫

さよならを忘れて

成人式の後の同窓会に来ないか。

コンビニ店員の姿をした不俱戴天の敵はこちらの様子をうかがっている。


片手におにぎり、小脇に財布で俺は見つめ返す。

何のつもりで話しかけたのかは知らないが、俺が誰だか分かってやってんのかな。


「はっはー、優等生様はうらやましいねえ?

俺みたいな下等生物には目もくれなかったってか?」


あいさつ代わりに鼻で笑ってやった。

仮にもバイト中だろ、俺なんか無視すりゃよかったんだ。

そうしたほうがお互いに幸せだっただろうよ。


「悲しいねえ、美しい思い出でぜーんぶ上書き保存されちまったんだな? 

別に気にしなくていいよ。俺もよくやる。

思い出さなくていい、そのままのお前でいろ」


そのまま関わることなく、ねじれの位置を維持していればよかったんだ。

ねじれの位置にある線は決して交わらないと、お前が言っていたんじゃないか。


「それで? 陸上部部長にして超秀才、あの水燐高校へ進んだあの==サンが?

積もるほどの話なんてないはずの俺に一体全体何の用ですかァ?」


どう頑張っても埋まらない溝があるのを分かった上で、話しかけてきたんだ。

それだけ重要なんだろ、自分の位置をキープするのに必死だったんだもんな。


涼しげな表情を崩さずに丁寧に話してくれた。

成人式の後、同窓会を開くために人数を集めているようだ。

俺を店で見かけたから、ついでに声をかけてくれたらしい。


「へー、同窓会ねえ? よく俺なんかを誘おうと思ったね。

いやあ、涙が出ちゃう。その優しさに気づいていれば、よかったかもな?」


その優しさだって、どこまでが本当なのか分かりやしない。

どうせ、自分のことしか考えていないんだろ。


「まあ、天才様の考えることは下の下の下の俺には一ミリどころか九分九厘何一つとして理解できないけどさァ」


律儀なものだ。

こんな俺にも声をかけてくるあたり、本当に人が集まっていないのだろう。

努力だけは認めてやるけど、俺の出す答えはひとつだ。


「誰が行くかボケが」


実に単純明快、難しく考えることはない。

不倶戴天の敵を目の前にして、どうして落ち着いていられるだろう。


同窓会だか何だか知らないが、俺にとってはただの地獄だ。

悪意にさらされる場にわざわざ赴く馬鹿がどこにいるってんだ。


「脳みそのできが俺とは違うお前にゃあ、分からんだろうさ。 

分からなくていいし、知らなくていい話だ。

天才的優等生様は何も知らないまま優れたまま美しいまま、善人気取って生きていればそれでいい」


そう、俺なんかと関わる意味なんてないんだ。

その善意が偽りなのも全部知ってる。

裏に隠した悪意も知っている。気持ち悪いんだよ。

ねじれは元に戻せないんだよ、分かってんだろ。


「そういうこった。俺の知らないところで勝手に死ね」


おにぎりを棚に戻して、俺はコンビニを出た。

もう二度と使うことはないだろう。


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