僕の探し物
海翔
第1話 僕の探し物
ぼくは冬がきらいだ。
冬は心だけじゃなくてからだも寒くなるから。
ぼくの心はいつも冷たい。
いつから冷たいのかは憶えてないけど、気がついた時にはもう冷たかった。
ほくは、小さい時から顔が怖いと周りからこわがられていた。
ぼくの家族でさえ、ぼくの顔に怯えて12歳で家を追い出されたので、今は街の外れで一人で暮らしている。
顔が怖いせいか雇ってくれる場所もあまり無かったので、あまり人気の無いゴミの収集の仕事をしながら生活している。
冷えこんだある日の朝、買い物に出かけた街で女の子がいじめられているのを見かけた。
街行く人たちも誰も助けずに見て見ぬふりだ。
ぼくも知らない女の子を助けて面倒に巻き込まれたくないので、その場を素通りしようとした。
「助けてあげて……」
「えっ?」
その時どこかから小さな声が聞こえてきた。
空耳かとも思ったけど確かに聞こえた。
「助けてあげて……」
また聞こえた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「きったない格好だな。さわんなよ!」
「おい! やめろよ!」
「なん……ひっ、あ……」
「この子がなにかしたのか?」
「い、いえ、別に……あ、用があるんでこれで……」
少女をいじめていた男の子は俺の顔におそれをなしたのか、その場から一目散に逃げていった。
「だいじょうぶか? それじゃあ」
面倒なのはきらいだ。ぼくはその場から去ろうとしたが
「あ、あの……」
「なにか用?」
「あ……はい。助けてくれてありがとう」
「いや、べつに。それじゃあ」
「あ、まって。お名前を……」
「アベル」
「わたしはメリアです」
「ああ、じゃあ」
「本当にありがとうございました」
メリアはその場を去ろうとするぼくの顔をまっすぐ見てお礼を言ってきた。
この子はぼくの顔が怖くはないんだろうか?
まっすぐ顔を見てお礼を言われたのは初めてだったけど、なんとなく、心の冷たさがやわらいだような気がした。
それから数日経って街を歩いているとひとりのおばあさんが重そうな荷物を運んでいるのが目に入った。
大変そうだな。だけど俺には関係ない。
「助けてあげて……」
まただ。この前の声がまた聞こえてくる。
「いや、だけど……」
「助けてあげて……」
また小さな声が頭に響いてくる。
周りを見てもそれらしい人影はどこにもない。
ぼくはおかしくなってしまったんだろうか?
こんな声無視してもよかったけど、なんとなく目の前のおばあさんの事が気になったので、思わず声をかけてしまった。
もしかしたらまたいつものように怖がられてしまうかもしれない。
「よかったら、荷物持つけど」
「あ〜、それは親切に。色々買ったのはよかったんだけど重くてねぇ。困ってたんだよ。すまないけど家まで手伝ってもらえるかい?」
「ああ、いいよ。じゃあ荷物を貸してよ」
「それじゃあ、これを頼むよ」
「わかった」
「名前を聞いてもいいかい?」
「ぼくはアベル」
「アベルだね」
そのあとおばあさんの後について荷物を運ぶ事になった。
普通に荷物を渡してきたけど、このおばあさん、ぼくのこと怖くないのかな?
いつもならぼくの顔を見て、荷物を盗られると思って逃げ出したり、悲鳴をあげたりするのに。
しばらく歩くとおばあさんの家に着いたようなので、荷物を渡してその場から立ち去ろうとする。
「ちょっとお待ち」
「なんか用?」
「何か荷物を運んでもらったお礼をしないと」
「ああ、別にいいよ。大したことじゃないから。それじゃあ」
「あっ……」
お礼をされるほどの事はしていないので、さっさとその場から立ち去ろうとする。
「ありがとうね。本当に助かったよ」
背中越しにおばあさんの声が聞こえてきた。
その声を聞いてまた少しだけ心の冷たさが緩んだ気がした。
僕の仕事に休みは無い。
街のどこかで毎日ゴミは出ているからだ。
仕事が辛いと思った事はない。
それは、早朝誰とも会わずに仕事ができるから。
誰からも怖がられる事もなく、お金がもらえるので何の不満もない。
ただ週に一度お金を受け取る時だけは、組合に出入りするので怖がられてしまうけど、こればかりは仕方がない。
それから一週間ほど経ったある日、パンを買うために街へと向かっていると、大人の女の人が野犬3頭に襲われそうになっているのを見かけた。
あぁ、あの人も運がないな。
犬に襲われるなんてそうそうある事じゃないけど、運悪く腹をすかしていたのかもしれない。
巻き込まれないうちに立ち去ろう。
そう思い立ち去ろうとした瞬間
「助けてあげて……」
またあの声が頭に響いた。
いったい誰なんだ?
やはり周囲には誰の姿もないが、この声が頭に響いたせいで、もう見過ごす事は
できなくなってしまった。
ぼくだって野犬は怖い。
「おい! お前らあっちに行け!」
ぼくはできる限り大きな声を出して野犬を威嚇しようとした。
ぼくの声に反応して3頭野犬がこちらを向くが、ぼくと目があった瞬間尻尾を下げて一目散にその場から駆けていなくなってしまった。
まさか野犬にまで顔を怖がられるなんて……
居なくなってくれて助かったが少し複雑だった。
「あ、あの……助けていただいてありがとうございます。あなたは命の恩人です」
そう言って女の人はぼくの顔をじっと見てきたが、怖がっている素振りは無い。
この人はぼくの事が怖く無いんだろうか?
「それじゃあ、これで」
野犬もいなくなったのでこれ以上は用はないのでさっさと立ち去ろうとする。
「待ってください。何かお礼を……」
「たまたま通りかかっただけだから別にいらない。それじゃあ」
「あぁっ、お名前を教えてください」
「アベル」
「アベルさん……」
「それじゃあ」
「本当にありがとうございます。この御恩は必ず」
ぼくはそのままその場を立ち去ってパン屋へと向かうが、あの女の人がぼくのひと声で助かったかと思うと心の冷たさとからだの冷たさが少しだけ和らいだような気がした。
それから三週間が経ったある日の夕方、家にいるとドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だろう? この家は街の外れにあるので、今まで誰も来た事はない。
不思議に思いながらドアを開けるとそこには三人の女の人が立っていた。
「なにか用ですか?」
「ああっ、アベルさん会いたかったです」
女の子がぼくに声をかけてきた。
ぼくに会いたかった? この子は……
ああ、あの時の。
「アベル、あの時は本当に助かったよ」
このおばあさんは……
あの時の。
「アベルさん、ようやく見つけることができました」
この人はこの前の。
「どうしてここに?」
「私達三人は家族なんだよ。たまたまみんなアベルに助けられてね。アベルって言う男の子に助けられたってみんなで話して、風貌や態度から同じ男の子だってわかったから、どうにか調べてここまで来たんだよ」
この前、別々に助けた三人が家族だったとは、すごい偶然もあったものだ。
「それでぼくに何か?」
「ああ、お礼に晩御飯を持ってきたんだよ」
「別にそんなのいいのに」
「そう言わずに一緒に食べよう」
おばあさんの少し強引な言葉に三人を家の中に入れることになってしまった。
「この家は何もないんだね」
「まあ」
「それじゃあ、準備するからキッチンを借りるよ」
そう言っておばあさんと女の人はキッチンへと向かった。
「アベルさんは、好きな食べ物とかありますか?」
「いや特に好き嫌いはないから」
「お母さん達のスープは絶品ですから楽しみにしておいてくださいね」
「ああ、うん」
やっぱりこの子は俺の顔が怖くないみたいだ。
それからしばらくして、女の子の言った通り美味しそうなスープとパンが運ばれてきた。
「それじゃあ、食べましょう」
椅子一脚しかないので、小さなテーブルを運び三人にはベッドに腰掛けて食べてもらうことにした。
スープを掬って口へと運ぶ。
「おいしい……」
思わず声が出てしまったが、本当においしい。
身体があったまる。
それに他の人と一緒に食事をしたのなんか何年ぶりだろうか。
しかも三人ともぼくの事を怖がっている様子も、親がっている様子もない。
むしろ三人とも笑顔で食事をとっている。
今までに感じたことのない感覚にぼくの目から涙が流れてしまった。
「どうかしましたか? お口に合わなかったですか?」
「いえ、おいしいです」
本当においしい。こんなにおいしくてあったかい食事をしたのは、初めてだ。
ぼくの冷めた心とからだがあったかくなるのを感じる。
その日から時々三人がぼくの家を訪ねてきて一緒に食事をとるようになった。
三人とも、なぜかぼくのことが怖くないみたいで、いつも笑顔で食事をともにしてくれる。
その度にぼくの心とからだはあったかくなるような気がした。
三人が家に来るようになってから一年が経とうとしていたある日の晩、いつものように四人で食事をしていると、おばあさんが真剣な顔でぼくに話しかけてきた。
「アベルはずっと何年も一人なんだろう。この一年アベルを見てきて私達で話し合ったんだけどね、アベルさえよかったら私達の家に来ないかい?」
「え……それはどういう」
「いや、だからね、私達の家族にならないかい?」
「…………」
「アベルさん、私達の家で一緒に暮らしましょう」
「そうです。私達この一年ずっと考えていたんです」
「いや、でも、ぼくは……」
「いやなのかい?」
「いやじゃないけど、こんな顔だから……」
「顔? その優しい顔がどうかしたのかい?」
「優しい顔?」
「そうですよ。アベルさんの顔は優しい顔です。私達を助けてくれた優しい顔です」
「私アベルさんの顔大好きですよ」
その言葉を聞いてぼくは目から流れる涙を止めることができなかった。
ぼくの顔が優しいと言ってくれる人たちがいる。
みんなから、家族からも怖がられたぼくの顔を……
「見つかったね……」
その時、一年前に聞こえたあの声が頭の中に響いてきた。
この声が妖精の声だったのか、それともぼくの心の声だったのかはわからない。
だけどこの声のおかげでぼくは自分の探し物を見つけることができた。
この日からぼくの心は冬でもあったかくなり、冬はぼくが大好きな季節になった。
あとがき
普段のバトル作品とは違う異世界童話的な短編です。
気に入ってくれる方がいると嬉しいです。
僕の探し物 海翔 @kawakaito
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