1章ㅤ五線譜の如く黒髪が舞う

第8話ㅤ贅沢を捕まえに

ㅤ困った。

ㅤ非常に困った。


ㅤ――――――文字がわからない。


ㅤ世界を知るには不便過ぎる。

ㅤこの目的だけでエスプルに頼るのもかわいそうだし、ギルドに本があっても、翻訳のブレスレットを無闇に借りるのも怖い。


ㅤ「しわす!そと……いこ……!」


ㅤ「そう……しよっか。」


ㅤ結局のところできることが無さすぎて、こうしてエスプルの行くところに着いていくというルーティンが出来つつある。


ㅤ「今日はどうするの?」



ㅤ「しわす……どう……したい?」


ㅤ「…………たべたい」


ㅤ「…………え?」


ㅤ「お肉、食べたい!!」


ㅤ――――――そろそろ果実は飽きた。


ㅤそうなのだ。良いか悪いかは置いといて、流石は異世界。果実を主食にして、元気に過ごせていた。少し野菜みたいなものも食べた。

ㅤが、しかし。例え栄養的に問題ないとして、食欲的に……


ㅤ――――――肉!!


ㅤ「に……く……?」


ㅤエスプルは首を傾げている。

ㅤまさか、肉を食べる文化がない……のか?

ㅤでも確かに、村長は昔こそ村の交易が盛んだったが今は廃れていると言っていた。村民も働ける人手がほしいと嘆いていたが、狩人はいないのか、はたまた武器がないのか。


ㅤ「しわす、にく……なに?」


ㅤでも!確か、牧場はあるはずだ。牛や山羊のような動物がいたような……!


ㅤ「しわす?」


ㅤ「エスプル、牧場に動物っていたよね?」


ㅤ「いる……よ!ミルク……おいしい!」


ㅤあー、そういうことか。肉用の飼育動物だった訳ではない……か。


ㅤ「とりあえず外に出てみよっか」


ㅤ村にあった、畑仕事に使いそうな擬似スコップのようなものを持って、村の入口を出た。



ㅤ「エスプル、ここら辺って魔物出るよね?倒したら、どうするの?」


ㅤ「んー……わからない……」


ㅤ「食べたことある?」


ㅤ「たべ……!?……る……?」


ㅤ「ないか〜」


ㅤ大きく縦に首を振って、興味津々なエスプル。普通、これくらいの歳の子って怖いとか思うもんじゃないのか……。

ㅤ現実世界にいた時、モンスターを料理してるような異世界転生漫画を見た気がする。どうせなら食べてみたいと思ってしまったのだから、しかたない。


ㅤ「エスプルにいつも案内してもらうんだけど、ちょっと今日は僕に着いてきて!」



ㅤ木の実をいくつかとって、僕が魔物に襲われた所の近くまで来た。

ㅤ僕には肉を確保する考えがあった。


ㅤアスクル村を含めて、この付近一帯の村はそんなに文明が栄えていない、と思っていた。そもそも金属関係の物品をほとんど見ていない。

ㅤそもそも金属が存在しないという点も考えはしたが、翻訳のブレスレットは金属であったこと、村長が「かつて村は栄えていた」と発言したことを踏まえると、技術の欠如、若しくは村の人たちが獣への対処をしたことがない、の2択だ。

ㅤそこまで考えて、何をするか。

ㅤそれは


ㅤ――――――落とし穴!!!


ㅤ現実世界に戻ったら浅はかな考えだと揶揄されるかもしれないが、のびのびと生きている動物には効果的ではないかと期待していた。


ㅤというか、それ以外に方法がないっ!


ㅤ「エスプル、ここで穴を掘ろう」


ㅤ「わかった!」


ㅤエスプルは、何かわからないけど楽しいことならなんでもやりたい、天真爛漫タイプの女の子らしい。好奇心旺盛なのはいいことだ。

ㅤ2人で木製スコップを片手に、体感1時間くらい土を掘った。おかげでだいぶ大きな穴ができた。


ㅤ「しわす……どう……?」


ㅤ「こんなもんかな!!」


ㅤここに仕上げをする。

ㅤなるべく長い枝をかき集め、碁盤の目のように並べる。そして並べた上や穴の周辺に枯葉や下に落ちていた葉を敷き詰める。あらかじめ、集めておいた木の実を満遍なく置いたら、罠の完成である。


ㅤ「こんな……で……やっつけ……れる?」


ㅤ「わかんないけど、様子見よう」


ㅤ釣りでもそうだが、本当に大事なのは我慢だ。動物との駆け引きを楽しもうじゃないか。狙いは、最初出会ったシカらしきモンスターだ。


ㅤ「わくわく……」


ㅤエスプルを抱えて跳躍で木を登り、木の上で2人、じっと待つ。


ㅤ――――――ガサッ


ㅤ――――――来たっ!


ㅤ初日と同じアイツだ。

ㅤ木の実を食べるかどうかという点が本当に賭けでしかなかったので不安だったが、見立ては間違っていなかったのだろう。


ㅤ「エスプル……ここで待っててね」


ㅤ獲物に気づかれないように囁くと、忍者の如く跳躍を使って、静かに降りた。万年文化部だった僕ができた動きとは思えない。

ㅤまだアイツは穴の近くの木の実を堪能しているようだ。用意しておいた鋭利な石を手に持ち、準備万端である。


ㅤ――――――行くぞ。


ㅤ――――――ガサッ!!


ㅤ罠を挟んで、アイツと対峙する立ち位置に飛び出した。続けて、持っていた石をアイツ目掛けて投げつける。


ㅤ――――――グオォォォォォン!


ㅤ尋常じゃない。だけど、予定通り。


ㅤ「しわす!」


ㅤ約20メートルあった距離からアイツは突進をしてきた。


ㅤ初日と同じように。


ㅤ――――――15メートル。


ㅤ――――――10メートル。


ㅤもうアイツは僕しか見えていない。


ㅤ――――――5メートル。


ㅤ僕は動かない。後は待つだけ。


ㅤ――――――グアァォォォォン


ㅤアイツは落とし穴に落ちた。内心ドキドキしっぱなしだった。まぁ勝ったので、結果良ければ全て良しということで。


ㅤ「しわす……どきどき……した」


ㅤ「ごめんね、こうするしか思いつかなくて」


ㅤ「でも……せいこう!……だよね?」


ㅤ「うん、一緒に食べよう」


ㅤ――――――念願のお肉である。

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スローライフと異世界競奏 柚原ㅤ桜弥 @Yuzuhara-Sakuya

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