交渉の間に
「三日後の撮影に付き合ってくれないか」
(んん?)
ニンブスの発言の意図が理解できずそのまま首を傾げる。撮影なら別に一人でも問題はない筈だ。もしかして撮影のコツを聞きたいのだろうか。だとしても今この場で説明すれば解決もするし、遠隔でも会話ができるようにテレパスのような魔法だってかけられるからやはりこちらも問題はない。
(何を言い出すかと思えば……)
「ん? 一人でも撮影はできるでしょ? やり方が分からないなら遠隔で直接教えるし何ら問題はないと思うけど」
ニンブスはがっくりと肩を落とした。まるで自分の意図が伝わっていないのに気にしていたことは当てられて得も言われぬ心地がする。
(直球だと通じると思ったんだけどな)
オーロールが隠された師団長ということを忘れていた。コミュニケーション能力が無い訳ではないだろう。諜報員として活動しているならある程度の伝達力は必要だからだ。オーロールと話していると会話が噛み合わないことが多少あるとニンブスはこの二週間で学習していたが当たり前と言えば当たり前である。彼女は仕事の時ですら交友関係を持とうとはしないし仕事が終わると鍛錬や買い物や散歩以外は地下に引きこもっている。買い物という行為は彼女にとってはただの物資調達なので本以外の娯楽もしないしドレス等も買わない。十七歳の女の子にしては本当に物が少ないのである。服も見せてくれたがほとんどが男物だったしクローゼットにはナイフやら剣やらの武器が所狭しと入れられていて仰天したものだ。暗器の類はベットの下に入れているようでそれも見たがオーロールの部屋には武器が一番多いのかとニンブスは思っている。とてもではないが女の子の部屋とは思えないほど殺風景だし持ち物もどこかの秘密部隊が持っているような物ばかりだ。
前線に立つ時はほとんど魔法で何とかなるので持っている武器は大半が近接武器で、中にはクラミツハでも見かける
(まるで武器の見本市だな。武器は武器でも近接武器だが)
ノルンとナンナはめっぽう仲が悪く、かれこれ三十年ほど緊張が続いているのだ。ナンナは砂漠の国であり資源が乏しく、豊かなノルンやクラミツハに少なくない頻度で戦争を仕掛けているのだ。ノルンが軍事国家として大きく成長したのはナンナのせいなのである。
(まるで武器マニアだな。クローゼットに剣は止めたほうがいいと思うんだが)
全く女の子らしくない部屋の主は思念を飛ばして偵察はするので今年の流行の服だったり食べ物だったり言葉なんてのも彼女はばっちり覚えている。彼女の特異な所かもしれない。彼女からすれば情報収集のついでなのだろう。とはいえ話をしていると流行のドレスなどが嫌いと言う訳でもなさそうだ。
「遠隔で教えるなんて……あ、それって魔法?」
「ええ。テレパスみたいなものよ。霊的な繋がりがあれば簡単に使えるわ。そこは私がかけた呪いで条件クリアよ。もっともそんなものがなくたってできない訳じゃないわ。王しか相手はいないけどね」
得意げでも何でもなくしれっと言うオーロール。ニンブスはそんな魔法があるなんて知らなかった。これも所謂禁術の類なんだろう。
「……オーロールって何でもできるんだな。俺、自信なくなってきたわ」
さらにため息をつく。部下らしいことをしようと思って買い物や料理等の雑用を買って出たこともあるのだがことごとく彼女がニンブスよりもそつなくこなすので立つ瀬がないのだ。重たい荷物は軽量化の魔法を使うし料理は火力を魔法で調節して手早く仕上げるしで腕も見事なのだ。頼る人が少ない中そうなるのも道理なのだろうが少しは頼って欲しいものである。
「どうして? 貴方は剣が凄く上手だし曲がりなりにも私と一戦交えて引き分けをもぎ取ったのよ?」
(そういう事じゃないんだよなあ……)
一体何と説明すれば良いのか。オーロールはできることが当たり前なので恐らく誰かにものを頼むという選択肢そのものが欠けているのだろう。欠けているものを上手く理解させようと思うと中々これが骨の折れる作業なのだ。
「自信ないなんて言うものじゃないわよ。ニンブスらしくないわ」
オーロールがニンブスの顔を覗き込むように見る。緋色と桔梗色からは困惑は見られずただニンブスを心配そうにしていた。
「俺はオーロールの部下にふさわしいか考えてただけだ」
「ふさわしいも何も私を知ってしまったからにはこうするしかなかったのだけど。でもニンブスの話は面白いし私もニンブスに聞きたいことはたくさんあるよ」
(ええと……)
逆にニンブスが困惑してしまった。話がどんどんずれてしまってる。どうしてデートの誘いの筈がこんな話題になっているのか不思議だ。
(そうか、デートとかしたことないから分からないのか)
真偽は不明だがニンブスは断定した。それなら違うやり方で頷かせてみようと思い立つ。
「それは嬉しいんだがな。写真のコツを現地で教えてもらう方が分かりやすいって思ったんだが……あとは絶景スポットとかも知りたいし、一箇所だけで写真撮るつもりもないんだ」
オーロールが少しバツの悪そうな顔をしている。彼女はニンブスが最初の冬を過ごすことを失念していたのだ。それならテレパスじゃなくてついていく方が良いのかもしれないとオーロールは感じた。とはいえニンブスについていくのはオーロールの一人極光鑑賞会の計画が崩れさることを意味するので少し不満ではある。冬至は一晩中寝転んで極光を見る絶好の機会で毎年オーロールが楽しみにしている行事(?)でもあるのだ。だがニンブスはオーロールのように魔法を多数使える訳でもないし危険がないとも言い切れない。何せ極光や月、星明りしか光源がない場所が絶景スポットなのである。そこまでの道中も真っ暗だし雪深かったりするので常人はわざわざそんなところまで好き好んで来ないのだ。最悪迷うと確実に死に至る。冬の夜を越せないのはノルンでは死を意味した。
「そっか、最初の冬だったよね……それなら仕方ないか。うん、絶景スポットは確かに一つだけとかじゃないし道中も真っ暗だからニンブスは厳しいかもしれないし。しょうがないけど同行するわ」
(よっしゃ!)
とりあえず約束を取り付けられてニンブスは心の中でガッツポーズをする。オーロールがため息をついたので嬉しかった気分が沈んでしまったが。
(一回誰かと見てみたかったんだよな。極光を一晩中)
クラミツハにいた頃から極光には憧れがあった。何せ夜空をカーテンのようにゆらゆらと光が踊るのである。写真でしか見たことがなかったが最初に見たときは本当に感動したものである。それをきっかけにノルンに興味を持ち始め、ノルンまでの旅費を稼いだり兵士になるべく鍛錬をしてついにはノルンの子爵まで登りつめてしまった。
ニンブスは実は2か月前から仕事終わりや仕事中に夜空を見上げて極光を観測している。観測と言うと大げさかもしれないがクラミツハの星空や月夜だけしか見たことのないニンブスにとっては毎日見ても飽きないほど素晴らしいものであった。ゆらゆらと光が揺らめいたと思えばいきなり夜空を埋め尽くすほどの極光が広がったりする日もあり中々面白い。曇りの日は全く見えず、満月だと月明かりが極光を邪魔するのが腹立たしいが晴れになると本当に心が踊ってしまうので同僚を始めとした周囲の人間にバレないように心を鎮めていたりする。しかし肉眼よりカメラの方がきれいに極光が見えるのは知らず、オーロールからのプレゼントは飛び上がるほど嬉しかったのだ。
(そしてノルンには俺しか知らない宝石がある)
十三師団長のことを教えてくれた同僚に感謝せねばなるまい。その同僚と冬至祭の出店を見て回る予定なので全ておごろうとすら考えていた。
「ありがとう、オーロール。これで安心して極光が見られる。晴れるといいな」
話を聞く限りニンブスはかなり極光が好きなようだ。クラミツハでは見られないのできっとそれが珍しいんだろうなとオーロールは結論づける。
「あら、冬至祭の間は雪がほとんど振らないわよ。満月だけはどうしようもないけど雲はほとんどかからないの。だから天気は問題ないわ」
それもそのはず。冬至祭の間はオーロールが天気を操ってなるべく雪が降らないように仕向けているのだ。それもこれも極光観測のためである。オーロールにとっては天気を変えるくらいどうということはないのだ。何せ自然災害を未然に防ぐこともできるくらいの魔力がオーロールにはある。意図的に大災害を起こすこともできるのは内緒だ。オーロールはノルンという国を愛しているのでわざわざそんなことはしないし、第一そんなことを考えて魔力を行使しようものならオーロールの首はたちまちのうちに落ちる。そんな
「それ言い切っちゃうのか。ノルンの天気は晴れのち曇りのち雪だろうに」
意味深に笑ってオーロールはその言葉を否定する。ノルンは冬の間の天気は基本不安定である。北から来る強風が冷たく湿っているのでよく曇ったり雪になったりする。晴れ間も唐突に来るので天気の予測は困難だ。
「冬至祭になれば分かるわよ。ふふ」
まさか冬至祭の間ずっとオーロールが天気を操っているとはニンブスも気づくまい。彼女はそう思っていた。
睥睨するは極光か太明か 初月みちる @hassakumikan
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