夜の間に

「じゃあ今日は甘い物だったから次はおつまみにするわ」


やれやれといった風体でオーロールは息をつく。なんでもいいという言質は取れたのだ。好きにさせてもらおうではないか。


「本当か?! すっげー嬉しい!」


ニンブスもニンブスで目を輝かせている。人に料理を振る舞うなんて何ヶ月ぶりだろう。ニンブスの視線がプレッシャーと化してオーロールをちくちくと刺した。


「そうね……冬至祭ユールも近いからローストポークフレスケスタイホットワイングリュッグにしましょうか」


ニンブスに聞こえないようにボソボソと呟く。


「もうすぐ冬至祭ユールだな。オーロールは家で過ごすのか?」


オーロールはぎくりとしたがさっきの会話の内容と微妙に違うのですぐに表情を戻す。


「いいえ、外に出てるわ。こういう時しか満足に外出できないもの」


冬至祭とはノルンでも重要な祭りの一つだ。人々はユール・ログと呼ばれる木の幹を12日間燃やし続け、食べ物や飲み物を持ち寄り太陽の復活を祝う宴を催すのだ。途中でユール・ログの火が消えてしまうと、その翌年は不吉なことが起こるとされているのでそのための薪を一ヶ月ほど前から躍起になって皆集める。熱心な人はさらに前から準備する場合もある。町の広場でも祭りの間は火が炊かれてその周りに出店も多くできるので大いに賑わう。オーロールはそういった祭りには参加しないが彼女はリアルタイムでその様子を視ることができるので何が外で起こっているかはよく分かっている。

12日間は食卓も豪華になる。家によって若干の差はあるようだがフレスケスタイローストポークブッシュ・ド・ノエルユール・ログのケーキ、ヤンソンスフレステルセと呼ばれるアンチョビを使ったポテトグラタンなどが並び、それが祭りの間のご馳走になるのだ。


「十二日間はほとんど太陽が出ないから日焼け止め無しで外に出られる貴重な機会なの。夜くらいの時間になったら極光を独り占めするのが私の冬至の過ごし方よ。極光自体は冬至に限らずに暗いと見ることができるけど、冬至は赤い極光が出やすくなるのよ」


大抵の極光は緑色か、緑が混じった青、そしてピンク色である。赤い極光はごくごく稀に、しかも短時間でしか出現しないため見られると願いが叶うという話まである。冬至祭の間は本当に太陽が数時間も出現しないので極光の観測にはもってこいである。それでも一年に一度見られたら御の字だと研究者は口を揃えて言うそうだ。


「へえ、極光には赤いものもあるのか! 流石にそれは見たことがないな」


「ニンブスはノルンの冬は初めてよね?」


「ああ。ノルンに来たのはちょうど夏至が終わってからだな。太陽がほぼ横滑りしているっていうのは不思議なもんだと思ったな」


最初に見た時は腰を抜かしたものである。話には白夜というものは聞いてはいたが実際に目にするとやはり想像とはかなりかけ離れたものだった。


(だから部屋にあるベッドには天蓋が必ずついていて、夏は外の光を遮り、夜は部屋の明かりを漏らさないようにしているんだな。カーテンもどっしりとしている割に軽いのは驚いたけど)


ニンブスがノルンに来て最初に驚いたことは例え庶民の家でもベッドに天蓋がついていたことである。ノルンが金銀や観光や軍事で潤っていて豊かだということも理由の一つかもしれないが、高緯度の国はそういった工夫をしないと自身の体内時計が狂ってしまうのかもしれない。


「クラミツハはそんなことないのね。ノルンはほとんど夏と冬が繰り返し来ていると言っても過言ではないもの。季節を表す文字は夏と冬の2つを模したものなのよ」


季節イェーラと呼んでいるわ、と付け加えたオーロール。ニンブスは何やら考えていたようだが思いついたように口にした。


「ノルンは夏が昼で冬が夜なんだな。クラミツハは季節が四つあるぞ」


オーロールは手を合わせた。緋色と桔梗色の瞳がきらめく彼女は実年齢よりも幼く見える。


「まあっ。本当に? そういえば空から視た時はピンク色の花がたくさん咲いてたわ。ノルンにはないみたいだけど、とても美しくていつまでも見ていたかった。三日後に視た時は散っていたけどね」


オーロールは自身の思念を上空に飛ばして偵察をすることがある。彼女が外に出ずとも他国や自国の事情に明るいのはこういう背景があるからだ。そのときにクラミツハとの国境にあるピンク色の花をいたく気に入った彼女は何とかして花びらだけでも欲しいと思っていたが仕事でクラミツハを訪れることはなく肩を落とした記憶がある。


「それはクラミツハが春の時だな。春はノルンで言うところの冬と夏の間の暖かい季節のことだ。ピンク色の花は桜だろうな。時の皇帝がお気に召してクラミツハ全土に桜の接ぎ木を大量に植えたんだ。お陰で春には他国からの観光客が絶えなくなった」


何故か得意げに告げるニンブス。自分の国の物が褒められたから嬉しいのだろう。


「桜と言うのね。クラミツハは美しい国だわ」


オーロールはうっとりと言った。ノルンは高緯度が故に観光資源になるような美しい木々は育たない。ノルンの南の方ならそうでもないのだが基本的に背の高い木々はあまり見かけないのだ。それに木々といってもトウヒやモミといった針葉樹が中心で大して見栄えはしない。クラミツハや南の国のスーリヤを偵察した時は木々の種類の多さに驚き、花々の鮮やかさに目を見張ったものである。一応ノルンにも花は咲くのだがそれらは決まって温室にしか存在せず、自然に咲いてるのを目にすることはない。夏場なら雪が溶けるのでそれを待っていたかのように花の絨毯ができるのだがそれらはそれほど派手ではなく華やかさの欠片もないとオーロールは思っていた。


「ノルンは本当に寒さが厳しいな。クラミツハもノルンの国境は寒いがあんなに雪が降ることはない。細かい雪と書いて細雪ささめゆきという言葉があるくらい東の国は雪がどっさり積もることはないぞ」


オーロールは聞いたことのない言葉に目をパチパチさせていたがやがてその目が驚愕に開かれる。


「細かい雪ですって? ノルンではありえないわね……とても風流な言葉だとは思うけど、ノルンでの雪は時として人命すら奪い去る恐ろしい白魔だもの……」


「白魔、か。国が変われば雪一つ取っても印象が変わるな。クラミツハだと雪は儚く消えていくものという意味もあるんだが……ノルンだと移動や生活さえ妨げる白い壁にしか見えんな」


ニンブスはうんうんと一人で頷いている。


「でも私はこの国が好きよ。厳寒地ではあるけど活火山の地熱のお陰で作物だってできるし、温泉もあるわ。ニンブス、ノルンは寒いけど川が凍らないのよ。だから王都は凍らない水オイミャコンという名前が付いてるの。私は夏至には閉じこもってるけど、太陽がずっと沈まず街が輝く暖かいノルンの夏黄金の昼も一日中真っ暗だけど極光の支配するノルンの冬白銀の夜も大好き」


うきうきとして発言するオーロール。彼女はニンブス相手にここまで気分が高揚するのを不思議に思っていた。ひょっとしたら前任者でもオーロールのこんな姿を見たことがないかもしれない。


(何か、クールな人って思ってたけどそうでもないな)


師団長を名乗るほどの人間だ。さぞかし堅物なのだろうと思っていたが嬉しい誤算だった。気遣い上手のようだし、最初こそ表情は固かったもののくるくる変わる顔は見ていて飽きない。


「そうだ。ニンブスは冬至祭はどうするの? やっぱりお祭りに行くの?」


「そのつもりだ。同僚と回る予定だぞ。警備しないといけないからずっと非番って訳じゃないがな」


「ニンブスは初めてだもんね。きっと面白いと思うわよ。観光客でごった返すけどたくさん出店があるからきっと飽きずに楽しめると思うの。それに飽きたとしても温泉にゆっくり浸かれば疲れなんて吹き飛ぶわ。温泉に浸かりながら見る極光は格別なのよ」


オーロールはそう言って立ち上がり、ゴソゴソとタンスを漁っている。やがて何かの機械を手に乗せてそれをテーブルに置いた。


「これあげる。それを使えばオーロラが凄く綺麗に撮れるわよ」


ニンブスはその機械を矯めつ眇めつ見た。見たところ小型のカメラのようだが魔力が感じられて驚く。


「何だこれ」


「極光を撮る為に開発されたカメラよ。魔力が込められてるから夜の撮影にはもってこいなの。あと、極光は何故か知らないけどカメラで撮った方が肉眼より鮮やかになるのよ。動画も撮れるからぜひ試しに撮ってきて欲しいの」


(夜はカメラで撮っても意味ないのに、魔力でそれを解決するとは流石だな)


「ということはこれは試作品か?」


「ちょっと違うわ。私が同じものを使いたくて魔力を込めただけよ」


思ったより貴重品だった。カメラを持つ手が震えそうになる。


「いいのか? これもらっても。天文学的な値段がしそうなもんなのに」


オーロールは堪らず吹き出した。


「やあね。大げさよ。いくらでも作れるのに。売り捌けないのが残念だけど誰かが使うならそれでいいわ」


「オーロール」


僅かに目尻に涙をにじませる彼女にニンブスは声をかける。


「三日後の夜に撮影に付き合ってくれないか」



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