寿命返納して太く短く生きよう!

ちびまるフォイ

なんでも返納できちゃう世界

「いいよいいよ。ここはおごってやる」


「え? なにか裏ないよな……?」


「ないよ! 失礼な!」


「だって学生のときは友達の弁当にすら箸をのばすやつがおごるんだもん……怪しいよ」


「まとまった金が手に入ったんだよ」


「ますます怪しい! やばいことやってるんじゃないのか!?」


「やってねぇわ! 寿命を返納したんだよ!!」


「やっぱり変なことしてるじゃないか!」

「聞けって!!」


友達は自分の近況を話し始めた。

その中でも耳を奪われたのは寿命返納のくだりだった。


「……というわけで、70歳以降の寿命を返納したんだよ。

 返納したら、寿命返納ぶんのお金を前借りできたってわけ」


「すごいな……それじゃお前は70歳になるとどうなるんだ?」


「死ぬ」


「え゛」


「別にいいじゃないか。70歳になってから余生をどう過ごすんだよ。

 体も動かなくなって頭も回らなくなったまま、寿命を消化するように生きるなら

 そのぶんの寿命を返納して、今にお金がもらえるほうがいいだろ?」


「うーーん、それはそうかも……」


「前にお前だって、めっちゃお金かせごうとしてたじゃん。

 まとまった金が必要だって言ってたしいい機会じゃないか」


「……そんなこと言ってたっけ?」


いくら考えてみてもそんなことをしていた記憶はない。


「まあとにかく、100歳までダラダラ生きるか

 50歳までだがハッピーに過ごすかは自分しだいって話だよ」


「ふぅん……」


友達と分かれたあとも頭の中は寿命返納でいっぱいだった。

帰り道には寄り道してさっそく返納市役所に足を運んだ。


「こんにちは。今日はどういったご要件ですか?」


「寿命を返納したいんです」


「寿命もでよろしいんですか? では、いくつまでにしましょう」


「50歳まで残して、あとは返納しちゃってください」


「一度返納するとあとから戻すことはできませんがよろしいですか?」


「……はい!! 決めました!」


一大決心をして寿命を返納すると、奥から銀の大きなアタッシュケースが出てきた。


「30年分の寿命を返納いただいたので、そのぶんのお金を還付いたしますね」


「おおおお! こんな簡単にお金が手に入るのか!!」


その金額は宝くじに当たってもらえるレベルの大金だった。

大金持ちなんて肩書は自分に一生縁がないと思っていたが、選択ひとつでこうもかわるとは。


さっそく仕事はやめて、持て余した大金で最高の人生を過ごすことに命をかけた。


でかいクルーザーを買って海に繰り出したり、

毎日毎晩キャバクラで高いお酒を注文してみたり。


今までお金がないから、と諦めていた娯楽をあさるように満喫していった。


「寿命返納サイコーー!!」


お金を燃やすように使いまくる散財の日々を過ごしているうちに、

一生かかっても使い切れないと思っていた返納金はついに底をつきはじめた。


「どうしよう……もうお金がない……」


お金がなくなっても、まだ寿命が残っている。


遊びに遊びまくった日常に慣れてしまって、今からあくせく働く頃には戻れない。

けれど、このままでは一文無しの遊び人ホームレスになってしまう。


追加の寿命返納をしても、一瞬で溶けてしまうほどのわずかなお金しかもう手に入らないだろう。

返納してまとまったお金が手に入るほどの寿命なんて自分には残ってない。


「そ、そうだ……自分以外の寿命なら……!」


ひとつのアイデアを実行すべく、病院へと向かった。

何食わぬ顔で入ると看護師さんが挨拶をしてくれる。


「こんにちは。お見舞いに来られたんですね」


「ええ……まあ。そんな感じです」


ごまかしながら奥へと進む。

託児室へつくと誰もいないのを確認してから赤ちゃんのひとりを抱っこする。

赤ちゃんはなぜか嬉しそうにこちらを見ている。


「……きっとお前にはたくさん寿命が残っているんだろうね」


抱っこしている赤ちゃんが金塊にしか見えなかった。

服の中に赤ちゃんを隠したまま病院を出ると、機械で運営している返納市役所へダッシュ。


「イラッシャイマセ。ゴヨウケンヲオシエテクダサイ」


「寿命を! 寿命を返納したいんです!!」


「デハ、タッチパネルニ、返納スル人ヲ登録シテクダサイ」


タッチパネルには自分ではなく、赤ちゃんの手を使ってタッチする。


「イクツ返納シマスカ」


「全部だ! すべての寿命を返納してくれ!!」


「カシコマリマシタ。ドウゾ、オウケトリクダサイ」


渡されたお金は、かつて自分が寿命返納で得た金額がばかばかしくなるほどだった。

赤ちゃんの寿命すべてを返納するとこれだけ手に入るのか。


「はは……ははは、すごい! これなら一生遊んで暮らせる!」


お金の心配はもう完全になくなった。

なのに、どうしてだか満たされないような気持ちがわいてくる。


違和感を感じつつも見ないふりをして、病院へ赤ちゃんを返しにいった。

今はまだ何も知らずに眠っているが、寿命返納したので寿命はわずかだろう。


赤ちゃんをそっと戻すと何食わぬ顔で帰ろうとしたとき、

ちょうど入れ違いにやってきた看護師とはちあわせしてしまう。


看護師は怪しむどころは笑顔になった。


「今日も来てたんですね。ちょうどよかった。奥様が目を覚ましましたよ」


「え? え?」


看護師に連れられて病室にいくと、そこには知らない女が待っていた。


「あなた、本当に色々ありがとう」


「あ、えっと……」


感謝されているので人違いではとも言い出しづらく言葉を飲んだ。


「私の体がよわいばかりに、高い手術費を準備するのに頑張ってくれたのよね」


「しゅ、手術費……?」


遊んで暮らしていた自分の日々をさかのぼっても、そんな見に覚えのない出費はない。


「覚えてないの?」


「ま、まあ……」


すると看護師は女に耳打ちした。


「奥様。旦那様はホラ……」


「あ、そうね……」


女は悟ったように表情がやさしくなる。


「あなた。あなたはおぼえてないかもしれないけれど、

 私達の手術に必要なお金を用意するため、あなたは記憶返納をしたのよ」


「き、記憶返納……!?」


「覚えてないのも無理ないわ。

 でも、あなたも自分の子供の姿を見たら、いくら記憶返納してもなにか思い出すはず」


心臓がぞわっとしたのがわかる。

女と看護師に連れられて、ふたたびあの託児室へと向かった。



「あなたの子よ。あなたが記憶返納したおかげで無事に生まれたわ」



指さしたガラスの向こうで、もう寿命が残されていない我が子が眠っていた。

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