第18話 夜明け

「アイ、お前はこの世界に何を遺す。」

儀式が終わり、片目に黒の眼帯をかけたアイは、中央のかがり火を前にひれ伏している傭兵たちを遠く眺め、フランクの隣に座っている。フランクの言葉と、葉巻の煙がアイの顔の横を通り過ぎ、空中に広がる。

「この世界に生きた証。戦いの記憶。データを、次の兵士たちに、次の戦場に遺す。」

「そうか」

アイの言葉に、フランクの哀しく、かつ同意を示す声がコロッセウムの片隅に響く。

「戦場に駆り出されるのはいつも奴隷だ。奴隷はお互いを仲間と思うが、所詮は道具だ。お互いを生き残るための道具だと錯覚し、生き残られないやつは勝手に死ぬ。それが戦場だ。おれたちだ。闘争にかられる奴隷だ。」

「地獄に変わりないわ。」

「ああ。この世に天国は存在しない。死んだ後に行くのも地獄だ。」

アイの葉巻の煙がフランクの煙を混ざり合い、より濃密な煙の臭いが2人の鼻腔を満たす。

「この世界に、戦争を失くすことができるのは、神様だ。神様は全てを見守っている。俺たちは神様が、いつかこの戦争を終わらせることを願い、そして、何故、俺たちを戦争にかりたてるのか、その理不尽を呪っている。」

「神、ね」

アイは中央の銅像を観る。

「それはきっと、神様ではなく、悪魔よ」

「悪魔?」

「ええ。悪魔はヒトが作り出したもの。機械の心と人間の心をもつ私には、半分にしか分からないわ。でも、神様が居なければ、悪魔もいない。」

「俺たちは、神様の奴隷であると同時に、悪魔の傀儡なわけだ。」

「そうね。」

戦う。それは、お互いの命の等価交換。いつか相手が滅びるのを知ったうえで、お互いの存在を認識した瞬間に、命のやり取り、戦いが始まる。

「戦うということは、自分の命を悪魔に捧げるということかもな」

「そして、神様になぜ私をこの運命へといざなったのか、なぜ、私を天国から見放したのか、そう呪い続けることしかできない」

「「それが戦場だ」」

2人の言葉が初めて重なる。コロッセウムの傭兵たちは、いずれも銅像を崇め続ける。

「アイ、お前の武器を新調しよう。まず、武器屋を紹介しないとな。明日、街をいろいろ散策するといい。武器屋は巷の隅にある、小さな木造の店だ。そこの店主に俺の名前をいえば、了解してくれる。なにかわからないことがあれば、ヒューズかウルフに聞いてくれ。」

「分かった。」

「そして、お前の半身の機械も限界のようだな。武器屋は機械の修理も担っている。修理してもらうといい。」

「ええ。」

「葉巻はうまいか?」

「癖になるわ」

「そうか」

フランクの優しい微笑みを、アイは初めて目にした。

「俺の葉巻をやろう。足りなくなったらいえよ。」

「ありがとう。大事に吸うわ」

「よし。今日は疲れたろう。ヒューズに宿屋を訊いて、そこで休むといい」

フランクは短くなった葉巻を投げ、立ち去った。


コロッセウムを抜け、遠くの星空をアイは眺める。

機械の目でとらえる星空は、どこか無機質な色を浮かべながらも、その虚しささえも受け入れられているような気がした。

「フランクとずいぶん話し込んでいたな」

ヒューズが後ろから、少し妬ましそうな声でアイに話しかける。

「ええ。」

「フランクは、滅多に自分のことを口に割らない。だから、少し珍しいよ。そして、長年付き合ってる俺からすると、ちょっと嫉妬しちゃうな。」

ヒューズは冗談交じりの口調を交えながら、時折、鋭い眼をアイに向ける。

命のやり取り、か。

アイのどこか浮世離れした雰囲気は、ヒューズの敵意に似た嫉妬さえも、ただ虚しい夜空に消え失せるように、その場の沈黙を誘った。

「宿屋はどこかしら?」

アイのひょんきな質問に、ヒューズは少し動揺した。

「宿屋はここから少し遠いな。案内するよ」


2人は宿屋に向けて歩き始めた。

「あんたの眼帯、似合ってるな。」

「ありがとう。」

「俺は、自分の儀式をうけるとき、情けないが、泣いてしまったんだ。怖かった。すごく。俺は、片目で生きていけんのかってことにじゃない。フランクの銃が俺の脳天を打ち抜いて、死んじまうんじゃないかって。」

「ええ。」

「だが、同時に、殺してくれとも思った。あの時に死ぬことが出来ればそれもいいなとも思ったんだ。」

フランクの儀式は、人を殺し、人を生かす。

「儀式という名の脅迫さ。死にたい奴らが、その死を目の前にして、やっぱ生きたいと思わせる。その通過儀礼でしかないのさ。でも、あの時が無ければ、俺はとっくに死んだも同然だ。フランクに救われたわけだ。」

「死の恐怖に狂わせられる。その瞬間、なにかとてつもない力をもっているのを感じる。でも、力は力でしかなく、いつか見放した無力な自分自身に復讐される。それが怖い。」

「ああ。その恐怖を、フランクは一人で背負っちまってる。だから儀式を通った俺たち傭兵は、フランクの信頼を裏切ることが出来ねえんだ。さあ、ここが宿屋だ。」

宿屋は古く時代を彷彿とされるような、白い壁面にルネサンス様式が施されながらも、どこか質素な雰囲気を彷彿とさせている。


「ありがとう。お休み」

「おう。我が傭兵の一員としてゆっくり休みたまえ。なんちゃって。」

ヒューズの茶目な言葉に、アイの心が安らぐ。


アイは宿屋のドアを開け、歩み始めた。

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