第4話 宰魂者


ブラドは、見知らぬ小さな部屋の端に立っていた。部屋の中を見渡すとどうやら部屋は正方形であるようだ。

部屋の中央には、小さな四角いテーブル、その周りに向かい合うように置かれた二つのイス。その一つ、ブラドから見て奥のイスに誰かが座っていた。

その人物はブラドが魔方陣から現れ、ここはどこだと怪訝な顔をしながらあたりをぐるぐる見渡しているのを笑顔で見つめ、ブラドと目が合うと

手招きして向かいのイスに案内した。近くまで来てみると、やけに目を輝かせてにやにやしていたのでブラドは少し警戒した。


「ブラド君!だよね!?うわあぁーー、これが吸血鬼族かぁ、初めて見るなー!肌の色に、背中の翼!話で聞いてた通りというか、想像以上だ!」

 フリッツはブラドが席に着こうとするのを遮るように無理やり右手で握手をして、手をぶんぶん振りながら興奮した様子でまくし立てた。


「あ、あのここは一体?」


 ブラドは握られた手をされるがままの状態で疑問を投げかけた。

 その質問を聞いたフリッツは、手を振るのをやめ、困惑した表情で問い返した。

「え、ユージ―…、エウゲニオスから何も聞いてないの?」


「はい」


「はああぁぁ…。説明しとくように言ったんだけどな」

 大きなため息をつくとフリッツはジェスチャーで席に着くようにブラドに促した。

「ごめんね、吸血鬼族を見るのが初めてで興奮しちゃった」

「そ、そうなんですね。あなたがフリッツさん?」

「あ、うん!はじめましてフリッツです。こっちの世界じゃ一国の王で君と同じ宰魂者でもある」

「あ、はじめまして。その、さいナントカっていうのは…」

「ああーー、そっか。んん、色々と説明長くなるけど大丈夫?」

「はい。大丈夫です」


「おっけー。えーとね、僕たちは互いに異世界、別々の次元の中にいる存在だっていうのは知ってるよね?」


「はい。それはさっきエウゲニオス様が言ってました。もう一つの異世界というものがあって互いの世界に唯一一人だけ、

異世界に干渉できる者がいるとか。あまり信じてはいなかったんですが…」


「うーん、まあ干渉っていうほどのものじゃないけど。というかむしろ二つの世界が干渉しないための役割なんだ、宰魂者って」


「?」


「回りくどい説明で悪いけど、この部屋。なんでもないただの部屋に見えるけど、実はこの空間、僕たちの世界のものでも、君たちの世界の

ものでもない、全く別の空間なんだ。第三の異世界って言ってもいい。僕たちは『亜空間』って呼んでるけどね」


「この部屋が…」

 ブラドはもう一度、部屋を見渡してみる。確かに何の変哲もないただの部屋だ。ここが二つの異世界と全く異なる別次元の空間だとは信じがたかった。


「で、この空間は僕たちと君たちの世界と、『魔素の道」でつながってる。言ってみれば二つの世界を繋ぐ架け橋でもあるんだ。でも、通常この紋章を持っている者しかここを出入りできない」

 フリッツは右手の紋章を見せるように掌をブラドに向けた。

 ブラドも自身の左手の紋章を見つめた。


「でも、二つだけ。この紋章を持ってないものでもこの部屋や他の異世界に入ることができるときがあるんだ」


「……」


「……」


 沈黙が続いた。


「なんだと思う?」


「ええ!なんで聞くんです!?わかんないですよ…」


「ええーなんでもいいからさあ。話聞いてるだけじゃつまんないだろ」


「んーーーー。何でしょう…」


 しばらくの間ブラドのシンキングタイムが続いた。


「ま、魔法を使ってこの場所に…」

「残念!!時間切れ!!!」


 あ、この人めんどくさい。エウゲニオス様とはまた違ったタイプの自由人だ。


「一つ目の例はエウゲニオスさ。宰魂者同士の『誓い』によって一方の宰魂者が二つの世界とこの亜空間を行き来可能になる。エウゲニオスが干渉できるって言ってたのはこれのことだろうね。

多分ずっと異世界に行ってみたかったんだと思うよ。そっちじゃ退屈だったそうだし」


 私に仕事押し付けてただけです、とは言わなかった。


「まあでもこれは、宰魂者同士に限った話で、条件もなかなか揃わない。さらに世界を行き来する側の宰魂者は紋章が失われるから過去にもやった試しがないんだ」


「それで私が代わりの宰魂者になったのか…」


「そしてもう一つ」

 フリッツは右手人差し指を立ててブラドの視線をその指に注目させた。



「それは死後、魂だけの状態になった時!」

 フリッツがどや顔で正解発表をしたが、ブラドには腑に落ちない答えだった。


「死後の魂だけの状態って!そんなことあるんですか?」


「あるよー」


 腑抜けた返答に少しムカッとしたが、ブラドはそのことよりも死後の魂というにわかに信じがたい存在を肯定されたことに驚いていた。


「そんな話聞いたことがない!大体魂だけの状態でどうやってここにくるんです!」


「生前体に定着していた魂は、死んだあと同じく体に定着していた魔素と一緒に体から抜ける。その二つが合わさって魔素の塊になって世界を漂い続ける」

 フリッツはブラドの問いに丁寧に回答し始めた。


「その状態の魂は基本無意識状態だから、本当にただ長い間漂っているだけなんだけど、それでもいつか必ず『魔素の道』にたどり着く。

 で、これまたながーーい年月をかけて魔素の道を辿ってこの部屋までやってくるんだ。不思議だよね」


 ブラドは黙ってフリッツの説明を聞いていた。


「で、君の最初の質問だけど、宰魂者っていうのはそのたどり着いた魂をまた同じ世界へ送り届ける者のことなんだ」


「魂を送り届ける…」


「そ。もし僕たちが魂をもとの世界へ送り届けないと、ふらふらと漂う魔素の状態の魂はそのまま異世界に行っちゃうことがあるんだ。それが再び生を受け肉体に宿る。

それがいわゆる異世界転生ってやつ」


「異世界転生?」


 いわゆると言われてもブラドには初めて聞く言葉だったため、あまりしっくりこなかったが黙ってそのまま説明を聞くことにした。





◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「で、何だ話って」


 ユージーンは、ディアーナに連れられ転送された部屋から人のいない別室へと移動していた。部屋に移動してきてからディアーナが一向に口を開かなかったため、

ユージーンは、自分から話題を切り出した。

 こいつは俺のことを何か知っているのか。

 ユージーンはフリッツに言われた言葉を思い出した。

 俺が異世界転移してきた魔王のエウゲニオスであることはこの世界の人間に知られてはいけない。

 こいつがもし俺の素性について何か知っていたら最悪の場合・・・


 などと考えていると、ディアーナが重い口を開いた。


「お前が魔王を追い払った男で間違いないな?」


 ! こいつなんでそれを知っている。国には魔王を追い払ったのはフリッツ本人だと知らせているはず。


「お前、なんでそれを知ってんだ」


「見ていた。私は目が良いのでな」


 見ていた…?こいつあの時どこかで俺の戦いを見ていたのか?じゃあなんで…


「お前らの戦いはすべて見させてもらった」


「すべて見ただと?見ていただけでお前は戦いには参加しなかったのか」

 ユージーンの語気が強まった。


「目が良いんだったな。このボロボロになった城や城下町、さっきの部屋にいた負傷した兵士達は見えなかったか?全部お前がただ見ている間に受けた被害だ」

 このくらい言う権利は俺にはあるだろう。実際に魔王を追い払ったのは俺で、俺がいなければ被害はこんなもので済むはずがない、というよりきっとこの国は壊滅していただろう。

 

「軍隊長が聞いて呆れる」

 ユージーンが最後に吐き捨てた言葉にディアーナは強く反応を示した。


「私だって、あの時、戦えるものなら…!」

 ディアーナの顔は悔しさと情けなさで歪んでいた。


 …なにか戦えない理由でもあったのか?


「ふん。お前みたいな腰抜けにあの魔王が倒せるとは思えないがな。俺ですら追い払うことしかできなかった」


まあ、実際は攻撃が互いに効かず泥試合化しただけだけど…

 この際このことはどうでもいいんだ。俺は今回魔王を追い払った影の英雄。これでいい。

 これを知られると色々話がブレてめんどくさくなるからな…


 って、ん?


「お前、戦いはすべて見てたって…?」


「ん?ああ、お前ら、攻撃が全く通じてなくてめちゃくちゃ慌ててたな」


 バ、バレてる!!全部見られてる!!

 

「な!お前、ふざけんな!あれは予想外だったというか不意を突かれたというか…別に慌ててはいない!」


「いや、見てるこっちが恥ずかしくなるほど慌てていた」


「ぐう!」


「なんだ急に」


「いや、せめてぐうの音だけは出しておこうと」


「意味が分からん。今も慌てているだろうお前」


 まずいまずいまずい。落ち着け。まさかあの戦いを見てるやつがいたなんて。これ以上知られてはいけない。あの戦いはこのまま闇に葬り去るんだ。

 まずは、そう、口封じだ!!


「おい!このことを誰かにしゃべったりしたか?」

「こんなこと話すわけないだろう。なんの得がある」

 なんだ。よかった。こいつも考えはフリッツと同じのようだ。

「よし。いいか。絶対誰にも喋るんじゃねえぞ」


「…さっきからよほどそれを知られたくないようだが、何か理由があるのか?」


 単純に自分のプライドの問題だが話す必要もない。


「別に?知られたら話がややこしくなる。それだけだ。」


「……」


 ディアーナはユージーンの答えを聞いてしばらく何かを考えている様子で黙った。

 


「それに、仮にあったとしてもお前みたいな腰抜けには何も教えねえよ」


 それが余計な一言だったのだろう。

 考え込んでいたディアーナはすっと立ち上がると、背中に背負っていた弓に手をかけた。

 ディアーナの顔は静かな怒りで歪んでいた。


「怪しいと思って話をしていたが、やはりどうしてもお前が魔王の仲間だという可能性が拭いきれん」


 は?

 なんでそうなる。


「なんでそうなる!」

 どうやら声にも出ていたようだ。


「俺はお前らの王のフリッツに頼まれてわざわざ魔王討伐しに来てやってんだぞ!」


「あの戦いを見てお前が本当に魔王を倒しに来た者に見えるわけがないだろう。フリッツがお前に頼むとは思えん。そんなに強そうにも見えないしな」


 こいつ言わせておけば。


「誰のおかげで今この国が無事だと思ってんだ!戦ってないやつに何も言われる筋合いはねえよ!!」


 ディアーナの静かな怒りが激しい怒りに変わった。

 

「さっきから言わせておけば!!大体フリッツと知り合いとか言っていたがお前のような奴見たこともないしユージーンという名も聞いたことがない!!」


 二人の怒りがぶつかり合い、睨み合う視線の先に火花が飛び散った。


「本当のことを言え!さもなくばこの国から追い出すまでだ!」

 ディアーナが弓を構え、臨戦態勢に入った。

「別にいう必要はねえよ。俺が強いことを証明すればいいだけだ」

 ユージーンの怒りで全身からゆらゆらとオーラが漂い始めた。



 ドゴォォォォン!!!という爆音が鳴り響き、城が揺れ、二人のいた部屋の壁が崩れ落ち大きな穴が空いた。

 ユージーンはこのまま室内にいるのはまずいと判断し、城前の大広場へと向かった。


「待て!!」


 空いた穴から逃げるユージーンに向かって再びディアーナが弓を引き絞る。

 地面に着地し、大広間へ向かうユージーンの後ろから一瞬弓矢が風を切る音が聞こえた。

 とっさに横へ回避し、弓矢が0.5秒前までユージーンがいた場所めがけて降ってくる。

 

 バゴォォォン!!という音が響き、矢が当たった場所は爆発したかのように深くえぐれている。


「おいおい…」


 …さっきの室内でもそうだが、弓矢の威力じゃねえだろこれ。

 至近距離で威力は抑えたとはいえ、俺の古代攻撃魔法を完全に相殺しやがった。


「これは、離れて戦うのは不利か?」


 そう思い、一瞬走るスピードを落としたが、どうやらディアーナも跡を追ってきているようだった。

「弓使いのくせに近寄ってくんのか…。よほど自信があるのか、バカなのか」


 ユージーンはそのまま走り続け、大広場に到着した。

 後ろを振り返るが、ディアーナの姿は見当たらない。

 大広場にいた住民や兵士達がユージーンに気づき始めた。


「誰だあの男は!」

「さっきの音の方向から走ってきたぞ!」

「まさか、魔王軍の残党か…」


 まずいな、姿を見られた。

 フリッツがいない以上このまま城の前で暴れると事態に収拾がつかない。



 ビシュッ!!

 城の壁越しに弓矢を放つ音が聞こえたと思うと、一本の弓矢が明後日の方向に飛んでいくのが見えた。

 

 そこか。

 矢の飛ぶ角度から大体の位置が予測できた。どうやら城を盾に遠距離からの射撃で攻撃するつもりらしい。

 ディアーナの居場所へ向かおうとするユージーンの背後から一本の矢が飛んできた。

「曲射か!!」

 間一髪のところでそれを避け、立ち止まる。

 

 そんな器用なこともできるとはな。

 矢の威力といい、おそらくは魔法を使っているんだろうが、それにしても今の曲射、ずいぶん正確に俺を狙ってきた。

 相当高性能な追尾能力でも付与しているのか、それとも…


 城の後ろから矢を放つ音が聞こえ、間髪入れずに二の矢三の矢が飛んでくる。

「また曲射か」

 放たれた矢を目で追い、矢が曲がり始めるタイミングを見計らう。

 これがただの曲射なら曲がり切った矢の向きにさえ気を付ければ避けれる。追尾性能があるならさらに曲がって俺を狙ってくるはず。

 

 まずは、そこを確かめる。


 空に向かって伸びる矢の軌道がカーブを描き、今ユージーンがいる場所めがけ正確に飛んでくる。

 それを確認したユージーンは数歩後ろへ避ける。

 矢はそのまま地面に当たり、轟音とともに地面に突き刺さった。


曲がらない。

 ということは、ただの曲射…

 使っている魔法は、威力強化のみ。


 三度目の曲射が空へ向かって大量に放たれた。


「このまま曲射しか打たないなんてことないよな?」

 この曲射攻撃単体ならどうということはない。軌道にさえ気を付けていれば…


 そう思った瞬間、ユージーンの心臓目掛けて一本の矢が高速で城の壁から飛んできた。


 とっさに小型の防御魔法を発動し矢を防いだ。

 ガキィィィン…!!という音が目の前で鳴り響き、矢は心臓の数センチ手前で止まっていた。

 衝撃でユージーンは後ろへ吹き飛び、そこに時間差で大量の曲射が降り注いだ。


「ぐっ…!!」


 頭上を覆うようにドーム状に防御魔法を展開し曲射を防ぐ。



 曲射に注意を引かせたところに壁を貫通させた直線軌道の高速の矢……


 曲射が魔法による追尾でもなく、壁越しの俺の位置に正確に矢を打ってきたとなると…


「こいつ、完全に見えてやがる…!」


 



◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



 

「先ほど言っていた異世界転生っていうのは、起こってはいけないものなのですか?」

 フリッツの説明に一段落ついたところで、ブラドが尋ねた。

「そうだね。まあ、あってはならないもの、というよりそれが起こった時にどうなるのか、どう対処していいものかわからないから、全力で防ごうとしているのが

現状だね」

 フリッツは苦笑いの表情で答えた。

「では、今までに異世界転生が起こった事例はないんですか?」

「それはわからないんだ。ごめんね」


「…そう、なんですね」


「漂流してた魂が再び受肉するときに魂の情報はリセットされるのが普通だから、前世の記憶は受け継がれない。つまり、よその世界の魂が異世界で受肉してもその本人すら

異世界転生したことを自認できない。もちろん僕たちが認識することもできない」


 その説明を聞いてブラドには一つの疑問が生まれた。決して、これ以上自分の仕事を増やしたくないから、という理由ではなく素朴な疑問だった。


「でしたら、我々宰魂者がわざわざ亡くなった者の魂を管理する必要などないのでは?」


 その質問を聞いて、フリッツは驚いた表情を見せた。


「す、すみません!決してフリッツさんやエウゲニオス様の今までの仕事が無駄だったというわけではなく、根本的な理由を知りたかったのです。なぜ、この二つの世界に

このような役割が存在しているのか…」


「そうだね…、宰魂者は、はるか昔から今に至るまでずっと途切れることなく受け継がれてきた。それにはきっと意味がある…。僕だって知りたいくらいさ。それをいつか解明することが

今の僕の夢だ…」

 フリッツの目は遠くを見つめていた。視線の先にこの謎の答えがあるかのように、ただ遠くを見据えている目だった。


「それにね、これはまだエウゲニオスにも言ってないんだけど、僕にはもう一つ夢があって…」


「もう一つの夢?」


「うん。それはね…」


「…」


「…」


 沈黙が続いた。

 ブラドはあきれた様子でフリッツが口を開くのを待った。


「なんだと思う?」


「またクイズですか、そうですね…」


 ブラドのシンキングタイムは今度は短かった。


「エウゲニオス様と同じように異世界、つまり私たちの世界に行きたい、とかですかね」


 ブラドの答えを聞いてフリッツは笑った。


「そっちの世界かー。エウゲニオスの話を聞いてたから確かにすごく興味があるね。でも、それだと僕は宰魂者じゃなくなっちゃうからねー。

この仕事結構気に入ってるからそれは避けたいな」


 正直今度の答えは自信があったブラドは、やんわりと答えを否定されたことに驚いたが、これ以上考えるとめんどくさそうだったので素直に答えを聞くことにした。


「じゃあ何なんです?」


「ヒントは、もっとビッグな夢!」


 勘弁してくれ。今日はもう色々突拍子もない話ばっかり聞いて頭が限界なのに…


 どうやらその感情が顔に出ていたらしく、フリッツは少しはにかむとそのまましゃべり続けた。





「この二つの世界を、一つにしたいんだ!!」





「ああ、そうですか…」


 魔王代理に就任、異世界の存在、とんでもなく強い魔王討伐に向かった主、死者の魂に宰魂者…

 今日だけでいくつも想像もつかない出来事の連続でとっくに脳が機能していないブラドにも、それがいかに壮大で、非現実的で、バカげてる考えかはわかった。


「ええーー!反応うっす!」

「なんかもうキャパオーバーです。ていうか、そんなことできるんですか?」


 その質問に、フリッツは待ってましたとばかりににやりと笑った。


「不可能じゃないと思うんだ。今こうして君と僕が出会って話をしているのが何よりの証拠で、きっと何か方法はあるよ」


 二つの異世界を一つに…

 確かに今こうして私が話しているのは異世界人であって、実際にエウゲニオス様は異世界に行った・・・

 不可能な話ではないのかもしれない。実現すれば、様々な文化の交流や技術が発展することもある。

 だが、これは考えようによっては…


 危険な思想だ。


 実際に二つの世界が一つにまとまったとして、何も知らない異世界の住民達はどうする?

 併合なのか吸収なのか。方法はまだわからないが、どちらにせよ土地争いや文化の違いで戦争が勃発するのは間違いない。

 このまま適切な距離を保って、宰魂者のみで交流を行う今の形のままでいいのではないだろうか。

 というか、宰魂者は二つの世界が交わらないようにするための役割って、さっき自分で…

 言ってることとやってること矛盾しすぎじゃないか…?

 そういうのちゃんと考えているんだろうか…この人。


 ブラドは急にこの先が不安になった。


「本当に、夢なんだ…。今は、一国の王として他国との争いや国の治安の維持で精一杯だけど、宰魂者になって異世界の存在を知ってからは正直そのことで頭がいっぱいで…」


 フリッツは文字通り夢見心地といった様子で滔々と語り始めた。


「そりゃもちろん、問題は山ほどあるし肝心の方法だって何にも掴めちゃいない!けどさ、諦められないよやっぱり!手の届く距離にもう一つの世界があるんだ…!」


 フリッツは右手でブラドの手を強く握った。


「笑うかい?そんなの無理だって」

 フリッツは手を握ったままブラドを見つめた。

 ブラドは握られた左手に刻まれた宰魂者の紋章を見ながら深くため息をついた。

 脳裏にエウゲニオスの顔が浮かんだ。


「笑えませんよ、人の夢を」


「ありがとう、頑張るよ」


 フリッツは満面の笑みで返した。


「ぜひ君にも協力してほし…」

「キャパオーバーです」





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教育魔王の異世界人事異動 灯華 @eugenios

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