第29話 帰還

 ――――魔法学園、深夜。


 魔の者による襲撃事件から二日経ち、いまだその傷跡が残らぬ敷地内で、ある異変が起きていた。

 突然地面の一部がもこもこと隆起し、その下から何かが姿を現そうとしていたのだ。


「……ぶはっ!」


 そう言って地面の下から姿を現したのは、鉄兜を被った男だった。

 男は地面から体を全て出すと、服を叩いてこびりついた土を落とす。


「ふうー、久しぶりの新鮮な空気はうまい! 全く、ひどい目にあった!」


 一人そう喋る鉄兜の男の正体は、大賢者の一人“鉄人”の異名で知られるメタルだった。

 彼はあらかた土を落とすと、その場から立ち去ろうと歩き出す。すると、


「おかえりメタル。随分大変だったみたいだねえ」


 そう呼び止められる。

 声のした方を向くと、そこには整った顔立ちをした少年が立っていた。


 その人物の名前はエミリア。メタルも所属する魔術協会の長だ。

 彼の姿を見たメタルは「おや」と驚いたように声を上げる。


「お出迎えとは珍しいですね会長」

「これでも少しは心配したんだよ? 君に死なれると色々と面倒だからねえ」


 エミリアの言葉に、メタルは心のなかで「あてにしているのは戦力としてだけか」と毒づく。二人は長い付き合いだが、その間に絆は生まれていなかった。

 お互いに利があるから付き合っているだけ。別に好きでもなんでもなかった。


「まさか次元魔法を使われるとは思わなかった。しかも下方向・・・に転移させるとはやってくれる。私でなければ死んでいたところだ。ところで会長、もう一人は見つかったのか?」

「ムーングリムはまだ見つかっていない。魔力反応が感じられないから君より遠くに飛ばされたんだろう。だがまあ、あいつなら大丈夫だろう。殺しても殺せないような奴だ」

「ふむ。それもそうか」


 メタルは納得したように呟く。

 彼もムーングリムが転移させられたぐらいで死ぬとは到底思えなかった。


「ところで奴らはなぜ魔法が使えたんだ? 五百年前はそんなこと出来なかったはずだが」

「あれは魔法ではなく魔術、更に細かく言えば『先天魔術』の一種だよ」


 エミリアの言葉にメタルは「先天魔術?」と首を傾げる。

 その反応を見たエミリアは呆れたようにしながら説明を始める。


「先天魔術は生まれつき行使できる特別な魔術だ。使用できる人間は少ないが、その効果は強力。珍しい代物だ。ムーングリムの使う魔術もこれに当たるね」

「ああ、そういえばそんな物があったような気がするな! でもということはあいつらは生まれつきその魔術を使えるということか?」


 メタルが尋ねると、エミリアはふるふると首を横に振る。


「最近の研究で分かったことだが、先天魔術には脳の構造が深く影響していることが分かった」

「脳の構造?」

「ああ、脳の形が偶然・・術式の形をとってしまった人間には先天魔術が宿るのさ。そうなった人間の脳に魔力が流れると勝手に術式が起動し魔術が発動する。面白いだろう?」


 くっく、と笑うエミリア。

 その説明を聞いたメタルは「なるほどな」と納得したように呟く。


「つまり奴らは脳の構造を変化させて後天的に『先天魔術』を発現させたわけだ」

「……君は物を知らないが馬鹿ではないね。そう、その通りさ。肉体を自在に変えられるのは魔の者の特技だからね」


 エミリアは目にした魔の者を思い出しながら語る。


「と言っても魔術を発動できるに至ったのは上位の個体だけだったけどね。他の個体は肉体変化の精度が駄目だった。もし彼らがみな先天魔術を発動できていたら勝者は変わっていたかもね」

「はは、面白いことを言う。そうなっていたら貴様は大賢者の数を増やしていただろう」


 メタルの言葉に、エミリアの動きが止まる。

 辺りには途端に不穏な空気が流れる。


「……どういう意味かな?」

「言葉の通りだ。貴様はこの戦場の力関係パワーバランス操作コントロールしていた。おかしいと思ったんだ。あいつらみたいな相手なら、兄貴やキュルケーの奴を呼んだほうがいい。それなのに実際に呼ばれたのは私とムーングリムだ」


 エミリアは何も言わずじっとメタルを見つめる。

 その瞳にはなんの感情も感じられない。メタルは気味の悪さを覚えた。


「魔術を使った二体が私とムーングリムに似た系統の魔術を使ったからおかしいと思ったんだ。貴様はこの戦いが拮抗してほしかった。だから変な人選をしたんだ。違うか?」

「……ふふ、考え過ぎさ。君たちを頼りにしているだけだよ」


 エミリアの返答にメタルは「……そうか」と短く返す。

 喋られないのなら、無理に聞き返すつもりはなかった。今更その捻じ曲がった性格を直せるとは思わなかった。


 メタルはエミリアに背を向け歩き始める。

 その途中で歩みを止めると、背中を向けたままエミリアに言う。


「全てを支配できていると思うのはお前の悪癖だぞ。いつまでもそう上手くはいかないだろう」

「ご忠告どうも。肝に銘じるよ」


 反省した様子もなくエミリアがそう言うと、今度こそメタルは去る。

 一人その場に残されたエミリアは、誰に言うでもなく呟く。


「私は変わらないよ。悲願を成就する、その時まではね」


 彼の呟くは、空に広がる星空だけしか聞いていなかった。

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余命半年と宣告されたので、死ぬ気で『光魔法』を覚えて呪いを解こうと思います。 〜呪われ王子のやり治し〜 熊乃げん骨 @chanken

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