ヒヨクノトリ

白羽翼(シロバツバサ)

第1章 幸福の鳥

 一人走る少女がいた。

 桜色のおさげ髪に赤いリボン。幼い顔立ちで、13歳と中学一年生。太陽の様に明るい輝きを持つ金色の瞳と外見は人々の目を奪った。


 桜舞い散る市街地しがいち

 月明街げつめいがいは名門で有名な月明学院入学式げつめいがくいんにゅうがくしき当日のせいか普段よりも活気に溢れ、校門の前には『月と星』が刻まれた徽章きしょうベルトを着けた学生がこの時代では珍しくもない着物や制服で式典に参加する為に数多くの人が足を運ぶ。


「ねぇあの子って噂の学院長がくいんちょうの娘さんで変わり者だって噂の… それに今日もあの廃墟に向かうみたいよ」


「しーっ!学院長の耳にでも聞こえたりしたら」


 何人もの女学生が噂する声にも気付かずに人並みから外れ校門から通り過ぎてしまう。

 冒頭で紹介した、全身桜に似たピンク色の給仕姿きゅうじすがたのおさげの女学生が変わり者として有名な真実まみ。入学式当日にも関わらず、先程道端で拾ったぺんぺん草を片手に学院から繁華街の一本道を走る。


「先生に会いに行かなきゃ!伝えないと、この大事件を!!」


 レンガを基調に整えられた大正ロマン溢れる市街地をいつもの様に走って長い石階段を登り山林に囲まれた『幽霊が出る』という曰く付きの廃墟の屋敷の扉を慣れた手つきでドアノブを壊し開けた。


「せんせーい!こんな朝早くからお寝坊してる先生の為に世紀の大事件を持ってきました!」


 可憐な姿形にも関わらず、小さな身体には似合わない大声で叫ぶ。雨水の所為せいで腐り掛けた扉とは裏腹に整えられた内部の屋敷。来客用の青い絨毯じゅうたんの上に私は立ち待っていると、薄明かりの下から見上げると低く唸る様な声が上から聞こえ始めた。


「はぁ、真美まみさん。そのあだ名好きですね。私は先生でも無いのに…そんな事より給仕きゅうじらしく珈琲コーヒーとパンを下さい」


 屋敷のスキップフロアから煙管キセルの煙が立ち込めている。書斎机の椅子へ重い腰を上げて見下ろす明らかに寝起きの20代位の青年。群青と黒のメッシュヘアでチェーン付きメガネを掛けたベスト姿の男こそが真美まみの言う先生だ。

 そして美しい見た目の割に身長が165cm程しか無くリラッ○マくらいの大きさが特徴的で。

 私をよそに朝食前の一服を楽しんでいる。


「かしこまりました…ッて違いますよ!!用意しますけど。私の話も聞いて下さい。先生でもきっと驚きますよー」


 命令された朝食を木階段きかいだんを登った。先生は日当たりが良い窓際に座っているにも関わらずカーテンを閉めている。

 相変わらずと言って良いほど本棚に囲まれながら引きこもる…本の虫さんになるおつもりでしょうか。書斎机の上に珈琲とパン置けば思い切りカーテンをめくりまとめ端へと寄せ、相変わらず顔の強張った先生は煙管キセルの灰を灰皿へと移して消した。


「私立月明学院の学生誘拐事件ですか。2ヶ月前から相次いで起こっていると言う。防犯カメラにも映らず犯人の証拠も無いとちまたで噂になっている…」


「それにしても相変わらず珈琲コーヒー淹れるの上手ですね。パンも焼き具合最高です」


 無愛想な先生が褒めてくれるこの食事の時間は少しだけ嬉しかったりするけれど、とりあえず感謝だけ言う。


「ありがとうございます。けれど先生って引き籠っているのに何処でそんな情報を仕入れてるんですか…」


「とにかく先生!その誘拐された学生の中に私の友人もいるんです。此処は探偵兼先生の出番では無いですか?」


 日差しを眩しそうに手を掲げ珈琲コーヒーを一口含み吐息を零す先生に書斎机の山積みになった本を退かしカチューシャに似たリボンを揺らして歩み寄れば両手を握り懇願こんがんした。


「この為に私は入学式を抜け出して先生の朝食を作って、そして先生の大好きな給仕メイドの姿になったんですよっ!お願いします」


 目を輝かせた私に渋々先生は元から切長の瞳を細めうなずき返す。


「好きな給仕メイド姿は余計です。私はずっとこの屋敷で暮らす為に貴方の労働力を借りたと」

「…真美さん。自身の話が終われば行動に移るのは良く無いですよ」


 木階段を先生が話している間に降りてしまえば、一室ずつ見渡してスキップフロア中央に立つ先生に問い掛けた。


「そういえば先生?この屋敷にはトイレも無ければ、風呂もないですし…おまけにベットも無いのはなんでですか?」


「…別のところにあるんですよ」


「なるほど」


 先生の視線が横へと逸れた瞬間に、私は一室へと走りスカートの丈も気にせずにうつ伏せになれば机の下から繁華街で売られている飴玉やキャラメルの包みが出てくる始末。

 おまけに、棚からはいつの物か分からない桃のジュース何て出てくる。


「変なものばかり出て来ますけど!?」


「これは捨てるのが面倒で」


「はぁ、仕方ないから掃除ついでに隠れ部屋のトイレなども探してやります!」


「ですからその様な部屋は無いです。外でしています」


「いやいや〜。先生良い匂いですから…某海外の分厚い魔法学校小説みたいな魔法の力で隠してるかも知れないですし、例えば本棚を触るとか」


 そう言い、高い棚の中から私の身長でも手に取れる低い位置にある古びた本。

 それは青い鳥の絵の『幸福の王子様』という本を手に取った瞬間だった。本棚から地下へと繋がる階段が暗闇の奥へと続いている。

 

「ッ…!?何故結界は施したはず…真美さん!駄目です!!その先は…貴方は聞く訳ないですよね」


 危険、という言葉に無縁の私はすぐに先生の秘密部屋を探るために降りていく。

 勿論、こう言うのは放課後の路地裏や夜の繁華街の冒険みたいで楽しいから!


「やっぱり変な本でもある………え?」


 自由奔放、気持ちより自然に行動に移ってしまう私だけれど、凄く後悔している。

 暗闇の中に豆電球の光だけが揺れる部屋。

 何十、何百に壁一面に貼られた私の写真。薄く万年筆で塗りつぶされた顔。


 正面に気を取られ、背後に気付いていなかった。先生の気配に気付く事も出来ずに振り向いた私は壁際へと肩を押さえられてしまった。


「せん、せ…」


「………見て、しまいましたか」


 薄暗い電球の下に映る先生の姿は、爬虫類の様に眼光をゆっくりと下へと動き。

 私の押さえ付けられた人間の腕だったものは翼へと変わった。

 明らかに人間ではない『何か』だ。


 私はこの日に初めて『怪異』を見た。

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ヒヨクノトリ 白羽翼(シロバツバサ) @sirono_hane

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