何度でも

たぴ岡

再生

 間違えた。また佐々木と喧嘩してしまった。

 私はこんなにも佐々木のことが大好きなのに、それなのに好きすぎるあまりイライラが募っていくのが辛い。佐々木は私のことを一切見ていないから、それがまた私に刺さる。佐々木の隣は私だけのものなのに、あいつは別にそう思っていないのだろう。それがまた苦しい。


 今回の喧嘩もきっかけは些細なもので、ほとんど何も覚えていない。ただ、あんなに怒鳴るようなことじゃなかったな、とは思う。でも許せなかった。あんなに幸せそうに知らない男とのことを喋ってるのが、心底嫌でたまらなかった。

 だから思わず言ってしまったのだ。あんな男と一緒になったって佐々木は幸せになんてなれっこない、と。だから思わず怒鳴ってしまったのだ。そんなんだから私は佐々木が嫌いなんだ、と。

 大きな声で言ってしまって、佐々木が俯いて肩を震わせ始めて、それから私の家から出ていって。そこで初めて、やってしまった、と思った。


 思うようにいかないときに酷くあたってしまうのは、私の悪い癖だった。でも、それでもいつも佐々木が柔らかく優しく包み込んでくれていた。だから今回も、と言いたいところだけど、どうだろう。いつもはあんなに辛そうな顔をして泣いたりしなかったはずだから。


 だから、ひとつ考えた。


 まずは地味な便箋を取り出して、そこに思いつく限りの言葉を書き連ねる。差出人も宛先も何も書かない。ただひとつ、届けるべき情報だけを書き出していく。赤のボールペンで、丁寧に、でも雑に。誰にも私の字だとバレないように。

 あとは四つ折りにして小さな封筒に入れて、それからあいつの下駄箱に入れるだけ。そうすればきっと、私は佐々木と仲直りできる。きっと、じゃない。絶対、だ。




 いつも佐々木と並んで歩いた通学路を、今朝はひとりでなぞっていく。寂しい、悲しい、ひとりだなんて耐えられない。だけど、そう。もう少しで佐々木は私の隣に帰ってくる。


 教室に辿り着くと、騒動はもう起きていた。

 クラスの中心的存在である女子が、興奮したようにいろんなひとに同じ話を延々と続けている。聞いてみれば佐々木の悪口らしかった。

 彼女は中学時代から佐々木のことが気に食わないと言っていたらしい。理由はよく知らないが、それならそれを上手く利用するまでだった。


「ねね、聞いた? 佐々木さんってサッカー部の部長さんが好きらしいよ」

「絶対無理に決まってるよね、あの人とは釣り合わないもん」

「それにね、佐々木さんゴミを漁って生活してるらしいよ」

「貧乏だって聞いてたけどそれはさすがに……卑しすぎじゃない?」


 教室内は佐々木の悪口で溢れかえっていた。当の本人はまだ来ていない――いや、荷物は置いてある。この悪意の海に飲まれる前に逃げたのだろう。それなら。

 荷物を机に置いて、すぐ廊下に出る。こういうとき佐々木はどこに行くか、それは簡単なことだ。今はもはや物置と化している、旧校舎の多目的教室。


「――佐々木っ!」


 たくさん積まれた机に寄りかかるようにして体育座りしている佐々木に駆け寄る。覆い被さるようにして、思い切り強く抱きしめた。腕の中で佐々木は小さく震えている。

 私は何も言わずに、ただ優しく、柔らかいその髪を撫でる。


「……こわい。どうしてあたしばっかりなの……もどりたく、ない……」

「佐々木は悪くない。私がいる、あんなやつらの言うことなんて気にしなくていいから、ね?」

「うん……ごめんね、四葉ちゃん……ずっと一緒にいて……?」

「当たり前。大丈夫、私は離れないよ」


 嬉しくてたまらなくて、笑いそうになってしまったけど、きっと佐々木にはバレていない。良かった、これで佐々木はまた私のもの。私だけのもの。


「ありがと……大好きだよ、四葉ちゃん」


 その言葉に勝ちを確信しながら、私はもっと強く佐々木を抱きしめた。


「私も、好きだよ」

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何度でも たぴ岡 @milk_tea_oka

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