仮戦争

津多 時ロウ

仮戦争

――西暦21xx年、数年前に発生した某大国の崩壊により、世界は混沌とし、未来の見えない閉塞感に包まれる中、若者たちはあるゲームに熱狂していた。


 『リアルな戦争体験を!』を謳い文句にした、政府公認のフルダイブ型VRFPS(Virtual Reality First Person Shooter)だ。残念ながら家庭用のゲーム機では出来ないため、外が見えないように窓が塞がれた、警察の護送車両のように厳めしい送迎車で専用の施設に行く必要がある。

 そうしてプレイを希望した500人ほどが、各地から続々と集い、大がかりなカプセル型の機械に入り込んだら簡単な初期設定、お次はあまり種類の多くない武器の中から使いたい物を2種類選択する。大型の武器は威力が高い、或いは一度に攻撃できる範囲が広いなどのメリットがあるが、半面、重量によって移動速度が減衰するこのゲームにおいては、発見され次第、即退場となりうるリスクもあるため、基本的にはバランスの良いライフルやマシンガンを主武装とし、予備に小型の光線銃や光学式ブレードを持つのが一般的である。

 武器を選び終われば、あとは作戦開始まで待つだけである。とは言っても、音声通信や秘匿通信の点検も兼ねた形ばかりのグリーティングに参加して、地形と敵の予想進軍ルートなどを頭に叩きこまなければ、まともに闘うことなどできないのではあるが。


 準備を万端に整え開始時刻となれば、いよいよ実際の街や森、丘陵地帯などをモデルにしたリアルな電脳世界でミッションを開始する。勝ち負けのルール自体は極めて簡単なものだ。敵の殲滅か、敵陣の中にあるコアを破壊することで勝利、つまりゲームクリアとなる仕組みである。無論、コアは非常に頑丈に出来ており、また、その防衛にも多くの人員が割かれるため、どうしても殲滅を狙う作戦に偏ってしまっているのが現状である。

 1日の参戦時間は3時間、自軍のコアが破壊されない限り、プレイヤーの分身アバターは2回まで復活できる。当然、3回やられてしまったらその戦闘には参加できずに、帰りの送迎車が来るまで別室で待機していなければならなくなり、罰ゲームのように退屈な時間を過ごさなければならない。

 なお、撃破数やコアの破壊などの貢献に応じて報酬が支払われることになっており、働き口の無い若者の貴重な収入源の一つともなっている。


 さて、前口上が非常に長くなってしまったが、首都のはずれに住むこの僕も、今の若者の例に漏れず、このフルダイブ型VRFPSにのめり込んでいた。寝食を忘れて、と言いたいところだが、制限時間がある都合上、それが出来ないのが非常に口惜しい。


「よーし、よし、よし、そのまま、そのまま……」


 今日もミッション開始前の時間を使って、自分が有利に戦闘を展開出来そうな場所に何ヶ所か目星をつけ、開始の合図とともにその内の1ヶ所に素早く陣取り、じっと獲物を待つ。

 僕は射程距離が長く高火力の狙撃用ライフルを主武装として、敵の射程範囲外から一撃のもとに葬り去る作戦を選択し、戦果を積み上げてきた。しかし、敵の射程外から狙撃をするというのも簡単そうに見えてなかなかに難しい。待ち伏せをする場所の選択、一つをとってもただ高い場所に居れば良いというものではない。遮る物がなければ、敵から丸見えで、さぁ、仕留めて下さいと言わんばかりだ。上手く身を隠せる場所があったとしても、少しの動きでバレてしまうことも多い。敵が通りそうなルートを予測し、動きを予測し、ただひたすらにそのときをじっくり待つ。そして最後には自分の腕を信じて、躊躇なく引き金を引くのだ。

 昔のようにアナログにすべてを行なうのではない。狙撃用ライフルを敵に向けて構えれば、自分と敵の位置、風向き、風速などからはじき出された細い線のような弾道予測が瞬時に表示されるようになっているのだ。それも、専用のスコープを覗き込むのではなく、ゲームのシステムが自動で提示してくれる。


 敵を次々と撃破し、参加するミッションも連勝を重ね、持ち前の動体視力と運動神経もあって、いつしかエースと呼ばれる存在になっていた僕ではあるが、素早い場所取りのような隠れた努力と、実はもう一つ秘密があった。


 副武装に選んでいる光学迷彩塗料である。これは、武器ではなく吹き出し口を自分に向けてボタンを押せば、あっという間に背後を透過し、相手から見えなくしてくれる優れモノだ。使用者本人を周囲と同化させるのがこれの通常の使い方なのだが、過去に多用されたこともあってか、弾道予測よろしく、すぐに屈折の違和感から分身アバターの姿形を可視化した映像が、コンピューターによって展開されてしまうのだ。当然、大半のプレイヤーに知れ渡ることとなり、現在、使用するのはそれを知らぬルーキーだけとなっているのだが、実はこの塗料には僕しか知らない秘密があった。

 なんと、武器や実弾にも使用できてしまうのだ。もちろん、武器に使用してしまうと、闘うこともままならなくなってしまうので実弾に使用するのだが、それは即ち、コンピューターによって、弾丸の軌跡から狙撃手のおおよその位置を瞬時に割り出されてしまうリスクを、大幅に減らせることを意味していた。

 弾丸が当たった痕跡から、狙撃手の位置をすぐに割り出す訓練を受けているプレイヤーなどいないのであろう。目の前の仲間がエフェクトとともに霧散し、敵の位置を探ろうと物陰にも隠れず周囲を見回している間に2つ、3つと確実に仕留めるのだ。

 もともと多かった撃破数は、この発見によって更に増え、僕の名声は不動のものとなった。


 しかし、そんな僕にも苦手とする相手がいた。同じような長射程、高火力の狙撃用ライフルを使い、同じように遠くから敵を狙い穿つ相手だった。幸いにして透明の弾丸には気が付いていないようだったが、唯一、退場させられてしまったことがある相手だ。それも2回も。

 両手で数え切れるくらいの回数、戦場でやりあったりしたのだが、しかし、ある時点から急に姿を現わさなくなってしまった。仕事を見つけてゲームから足を洗う人も多い。あの人も多分、良い仕事が見つかったのだろう。


 やや天狗になり、同じ相手に2回も退場させられたことも忘れかけていたいつもの戦場、ふいにけたたましく警告音が鳴り響く。


「クソ! 自軍コアに敵が急接近だと! 防衛は何をやってたんだ! ……ぐぁぁぁ!」


 激痛に顔を歪め、僕は絶叫する。おかしい、今まで痛みなんて全然なかったのに。


 苦痛に悶えながら、どうにか状況を把握しようと辺りを見回すと、そこには――

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仮戦争 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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