夏休みの日記
深川 七草
夏休みの日記
ある日、
『今日は特に暑かった』
そう書いた。
間違いない。
次は、
『汗で汚れていた制服をクリーニングに出した。出しに行くのに汗をかいた』
そう書いた。
たぶん臭くはなかったはず。シミとかもできてなかったし。ちなみに家でも洗えるって書いてあったけど、自分でやったら型が崩れないか不安だから。ああでも、自分でやるからとクリーニング代をもらっておいた方がよかったかな。
『高校野球をテレビで見た。見入り過ぎ、おかしな姿勢で踏ん張っていた。足が攣りそうだった』
きっと、テレビの向こうは日差しが痛いぐらいなんだろな。どっちを応援しているでもないんだけど、なんでこんなに見入ってしまうんだろ。
『母の田舎に行った。今年も、踏切を通過していく電車からの風は鉄の匂いがした』
車輪とレールが擦れるからかな? もわっとした空気のせいかな? 田舎に行くと、すごく気になるんだよね。
『海に行ったけど、泳がなかった。口の中がジャリジャリして嵐かよって思った』
最初から見に行くだけのつもりで泳ぐ気はないけどね。とはいえ、潮の香と広がる夏の空はいいよね。
『飛行機が飛んでいて、風がないのか青い空には描かれたような真っすぐな飛行機雲が見れた』
飛ぶから飛行機か? どこか旅行にでも行きたいな。
『ライブの帰りで駅に向かう途中、ビルの間から花火が見れてラッキーだった』
音がして振り向いたら、結構見れて超ラッキー。
『問題集を見てクラクラした。来年はもっと計画的にやろう。とりあえず、今からやります』
だから今、まとめて日記を書いている。
思い出しながらというより、それっぽくしようと。
そして、安っぽい用紙をまとめただけの紙をパラパラめくる。
少ない文字に絵もないこの束、日記帳といえるのだろうか?
何故、もっと文章が書けない……。
!
そっか。ただ、新聞の見出しのように出来事を並べただけだからか。思ったこと、感じたことをつらつら書けば空白は埋まるじゃん。
書いた時に感じたことを思い出そうと日記を見返した。
『今日は特に暑かった』
暑いのは当たり前、お前どこに住んでるんだよ。って突っ込まれるかな。
『汗で汚れていた制服をクリーニングに出した。出しに行くのに汗をかいた』
ネット注文で配達してもらうこともできるのにって思われるかな。他にも出すものがあれば、その手もありか。
『高校野球をテレビで見た。見入り過ぎ、おかしな姿勢で踏ん張っていた。足が攣りそうだった』
負けられない戦いだから当たり前って言われるかな? でも負けても、よく頑張ったとか意味はあるとかいうよね? じゃあ応援する理由ってなに?
『母の田舎に行った。今年も、踏切を通過していく電車からの風は鉄の匂いがした』
うちの方じゃ高架で踏切なんてないもんな。安全でいいんだよね?
『海に行ったけど、泳がなかった。口の中がジャリジャリして嵐かよって思った』
サーフボード片手に自転車乗ってる人を見て、家の近くに海があって羨ましなと思ったけど、自転車さびるかな? それより片手運転だよね。
『飛行機が飛んでいて、風がないのか青い空には描かれたような真っすぐな飛行機雲が見れた』
旅客機は、あんな高度じゃ飛ばないか。そもそも二酸化炭素出してるんじゃね?
『ライブの帰りで駅に向かう途中、ビルの間から花火が見れてラッキーだった』
鮮やかな色もよかったな。でも、会場近くの人は音と振動がすごいんだよね? それよりも、観客がゴミとか置いていきそう。
『問題集を見てクラクラした。来年はもっと計画的にやろう。とりあえず、今からやります』
そう、だから今やってるんだって。
あれ? さっき何考えて書いたっけかな。
考え直して出てきたことも嘘じゃないけど、この感想を見せられたら怒るよね。
書いてはいけないのか書けないのか分からなくなってきたな。
……そっか。
日記って、公開するものとしないものがあるんだ。恥ずかしいことは書かない。怒られることは書かない。恨まれることは書かない。そういう見せる日記なんだねこれは。そして空白を埋める必要がある課題なんだ。
私は、輪転機のように日記を仕上げた。
もし、誰にも見せない日記を書くことがあったなら、埋める必要のない空白なのだからそこに空白があると気がつかないでいたい。そう思いながらその夜仕上げた日記を鞄に入れた。
夏休みの日記 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます