第4話 この風と一緒に

 落ち着け。


 息をゆっくり吐き出す。

 上を見ると、透明度の高い空に数多の星が瞬いていた。

 息を吸い、全身に霊力を巡らせる。


「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女」


 祈りながら、指で空に術を描く。

 僅かな気配も逃さぬように、探索の網を広げていくと、いつもとは比べ物にならないほど弱い琉生の波動を感じた。

 そして、その傍らには巧妙に隠れた凶々しく大きな妖気がある。


 場所は…… くそっ、遠い。

 どうする。馬を借りるか。

 この夜中に、何処で?

 やはり「もののふ」を頼った方が良いか?

 

 再び、乱れ始めた心を鎮めようと、もう一度息を吐いた時。


「にゃーお」


 決して可愛いとは言えない猫の鳴き声が響き、先程別れたばかりのユールキャットが現れた。


『運んであげる』


 猫はパチリと片目を瞑った。


 ユールキャット背中の毛はゴワゴワするし、独特な臭いがするし、乗り心地は決して良いとは言えないが、とにかくとびきり速かった。


「助かる。でもどうして?」


『あの娘がお前の助けになって欲しいと頼んできた。対価として体の一部を頂いたからその分働いてあげるだけさ』


「はっ⁉︎」


『とても美味かったよ』


「ぐっ」


『……東洋人の髪はね』


 髪かよ……。

 猫がクククと笑っている。

 でも、あいつの髪……いつも綺麗に手入れしてあったな。

 

 風のように空を駆ける猫は、俺を揶揄いながらも、あっという間にその場所の真上に到着した。

 冷え込む川の淵では死闘が繰り広げられていた。

 無数の小鬼の中心には雄牛の頭に人間の体をもつ鬼がいる。

 地獄の獄卒のような鬼は、見た目どおりの怪力で琉生を追い詰める。

 

『ボクが力を貸せるのはここまでだよ。あの牛、強そうだけど負けないで。じゃあ、また来年も貝柱待ってるよ』


「ありがとう」


 俺が彼の背から飛び降りると、ユールキャットは牛に頭突きを一発喰らわせてから消えた。


 巨大猫の不意打ちを受け、鬼がひっくり返っているうちに俺は小鬼を3体切り伏せて琉生の側に駆け寄った。

 

「らしくないな。随分と派手な登場じゃないか」


 ニッと琉生が笑う。

 しかし、体にはまだ血が止まっていない傷が幾つもあり、激しく消耗しているのが分かった。


「お前こそ、らしくないな。自慢の霊力はどうした、枯れちまったのか?」


「攻め方をしくじって、封じられた。何とか道具で凌いでいたんだが、流石は牛鬼、手強くてさ」


 牛鬼……伝説級の妖じゃないか。

 あちこちに、役目を終えた術札が散らばっていた。

 

 牛鬼はまだ目を回しているが、まわりの小鬼が次々と襲いかかって来る。

 琉生は懐から術札を取り出すと妖を取り囲むように飛ばした。炎が爆ぜた。

 

「力が使えないって、ひょっとしてアレのせいか?」


 少し離れた場所に縛術の札を貼られ、伸びている男がいる。

 そしてその傍らには、ほの赤い光を纏った拳大の石が転がっていた。


「ああ、仕掛けてきた術者は捕らえた。しかし、召喚された鬼たちがどうにも消えてくれなくて…… 晴海、あの石を切ってくれ」


「…… 任せろ」


 漸く起き上がった牛鬼が鼻息荒く向かってくる。

 

 棍棒から繰り出される重い一撃。

 

 刀で受け止めるが、体はそのまま吹っ飛んだ。

 俺は何とか受け身をとり体制を立て直すと、残り少ない札を駆使して応戦する琉生を横目に魔石めがけて駆け出した。


 霊力を吸い取る魔石は非常に高度な呪具だ。

 しかも石だぞ、あんなもの切れるのか?


 一介の学生に過ぎない俺に、牛鬼など倒せる訳がない。

 が、琉生ならきっとできる。

 だから、呪を解くくらいは俺がしてやる。


 石…… 切るのは難しいが、当たりどころが良けりゃ割れるだろ。

 勘ってやつはこういう時に冴えてこそだ。

 俺は集中して、刀に力を巡らせる。


「『天狼てんろう』応えてくれ」


 石の弱点を見極め、明るく青白い光を放つ刃を素早く振り下ろした。


 魔石は赤い光を撒き散らして砕けた。

 封じられていた力が解放され琉生に戻る。


小町こまち


 琉生が術を発動させる。

 風と共に知的な切れ長の目、きめ細かい色白の肌の十二単姿の美しい女性が現れた。


 美女が微笑んで扇をひと振りすると、小鬼の群れにさらさらと雨が降り注いだ。


「花の色」


 琉生と女性の声が合わさる。

 すると小鬼たちは高速で老化して消し飛んだ。


 残るは牛鬼のみ。

 琉生は次の攻撃に移る。


宗貞むねさだ

 

 今度は、うす緑色の袍を纏う衣冠姿の美丈夫が現れた。

 男は一本の芍薬を掲げた。


あまつ風」


 男と琉生が空に呼びかける。

 ゴウと風が起こる。

 瑞々しい花の香り、紅白の花弁が舞う。


「還れ」


 風はうねり、渦を作り、そして天から伸びる柱のようになった。

 竜巻のようなそれは鬼を巻きあげると空に消えていった。

 


「琉生、やったな。体は大丈夫か?」


「ああ、しっかしメチャクチャ疲れた。晴海、悪かったな…… 幸乃との夜を邪魔して」


「変な風に言うなよ。俺はでかい猫と喋っていただけだ。それにしても、今夜というか今回の騒動は酷いな」


「奴とその仲間が古今東西の妖を大量召喚したようだ」


 琉生は、伸びている術者をチラリとみた。


「この規模では呼び出す方もただでは済まないだろうに、何でまたそんなことを……」


「何処かにこのまま国が落ち着く事を望まない輩がいるんだろう。時代の変化についていけず行き詰まったり、諸外国の思惑だったり、単に会津への恨みだったり、まあ背景は色々とありそうだけどね」


「世の中が乱れれば常に最も弱い所にツケが回ってくるのに、迷惑な……」


 


「あのさ晴海、卒業したらさ、俺と一緒に『もののふ』やらないか?」


「俺は警官になるって言ってるだろ」


「頼むよ、相棒はやっぱりお前しかいない」


 琉生の手を取るということは、今回のような事が日常になる。厄介ごとの多い人生になるに違いない。

 しかしどうだろう、心は理性を失っているのか、気持ちよく高鳴っている。

 俺はこの風のような男と一緒に、この時代を駆け抜けてみたくなっている。


「仕方ないな。ちょっとだけ付き合ってやるよ」


 パシンッ


 俺と琉生は手を合わせた。

 今この瞬間、きっと俺の運命は大きく動いたに違いない。

 


 夜は静けさを取り戻しつつある。

 月明かりのない空では、星々の輝きが増している。


「……Silent night Holy night.

All is calm all is bright ……」


 同じく空を見上げていた琉生が、異国の歌を口ずさむ。


「それは?」


「この季節になると親父が鼻歌まじりに歌うんだ。昔、お袋に教えてもらったってさ。こんな夜に似合うだろ」

 

 大きなモミの木の先端にかかった青星は、その光を一層光を強めていた。

 

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桃花色の風 ーもののふともののけの賀歌ー 碧月 葉 @momobeko

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