第3話 化け猫騒動

 翌日の夕方、いざ白沢邸に向かおうという時。

 口笛のような鳴き声を響かせて紅色の頬の鷽鳥うそどりが舞い降りてきた。

 このムクっとした可愛らしい小鳥は、琉生の使う式鬼しきだ。

 

『悪い、行けなくなった』


 つぶらな瞳で残酷な伝言を告げる小鳥。

 俺は頭を抱えた。


 ……一人で、幸乃んちに泊まれってか?

 

 いや、違うそこじゃない。

 有事の際に俺だけで対応できるかの方が問題だろう。

 俺は気を取り直すと、武器を木刀から真剣に変更した。

 元服の儀を終えた後、親父から受け継いだ刀「天狼てんろう」は、かつて殿様から拝領したものだという。

 霊力を込めると刃が青白く光る霊剣で、破魔の力が強いというから少しは力になるだろう。

 


***



「いやあ……佐竹くん。討ち入りにでも行きそうな格好だね」


 額当、鎖手甲をつけ、鎖襦袢を着込み、たすきがけをし、刀を佩びた姿で現れた俺に幸乃の父親は一瞬驚いたようだったが、快く中に入れてくれた。


「本当にごめんね。妖精の悪戯みたいなのに……こんなにちゃんとした格好までして付き合わせてしまって」


「物々しい格好で悪いな。しかしあの2人が口を揃えて護衛した方が良いというんだから、理由があるんだろう。やるからにはきちんと役目を果たすから安心してくれ」


 恐縮しきりの幸乃には申し訳ないが、この装備の理由はそんなに格好の良いものではない。

 


 実は先程家にいた際、約束の時間まで落ち着かない俺は刀を持って家の中を彷徨いていた。


「何意識してんの? 同じ部屋で寝る訳じゃないし。何なら気合入れる為に完全装備で行きなさいよ」


 そして見かねた妹にそう叱責された結果がこれなのだ。

 実際、戦闘用の服を身につけたことで気合いが入り、護衛という任務への集中力が増した。

 


***


 

 深夜


 幸乃は眠っているのだろうか。

 襖が閉まってから、隣はずっと静かだ。

 むしろ屋敷の外の方があちこちで妖の気配がして騒がしい。

 今夜眠れない「もののふ」はたくさんいそうだ…… そんなことを考えていると、ピシリと空間に歪みを感じた。

 

「にゃおーん」


 太い鳴き声が響く。


「幸乃っ」


 素早く襖を開いて中に入り、刀の柄に手をかけた。


「佐竹くん、黒い猫が!」


 猫って天井に届くほどの生き物だったか?

 怯える幸乃の視線の先には巨大な猫。

 毛むくじゃらで、針のように鋭い髭をピンと伸ばした獣は何かを探っているようだ。

 あからさまな悪意は感じられない。

 どちらかというと向こうもこの状況に戸惑っているようだ。


「幸乃、大丈夫だ。姿は大きいがこの猫もクリスマスの妖精だろう」


 そうは言ったが猫も相当警戒している。

 しかも妖気は馬鹿でかい。

 この猫が強い妖精なのは間違いなく、こちらの害意を感じ取ればすぐさま襲い掛かってくるだろう。

 恐らく、ここで必要なのは刀でも霊力でもない。


 俺は抜刀のための姿勢を直立に変え、掌を見えるようにして広げた。


 猫は鼻をヒクヒクさせた後、大きく見開いたた瞳をギランと輝かせた。


『オヤツ持ってる?』


 意外な第一声に俺は戸惑った。

 猫のオヤツ…… 持っている! 

 いつ何時でもミケさんにあげられるように、俺は普段から巾着の中に帆立の干貝柱を入れていた。



『美味しいね、これ。無理矢理ここに引っ張られて結構消耗したんだよ。もっとある?』


 猫の催促に、俺は手持ちの貝柱を全て出した。

 満足した猫はアイスランドの「ユールキャット」であると自己紹介した後ゆったり尻尾を揺らしながら日本のことを色々聞いてきた。


『それとさ、この国はいつもこんな? 妖精や魔物がやたらと召喚されているよ。上手く隠しているけど相当危なそうなのも暴れているようだし。面白そうな国だからもっとのんびりした時に来てみたかったよ』


 ユールキャットの一言で、何やら胸が騒いだ。


「幸乃、後は大丈夫そうか?」


「どうしたの?」


「琉生の奴が気になる。ひょっとして何処かで妖とやり合っているかも知れないんだ」


「分かったわ。今日は本当はありがとう。気をつけて、いってらっしゃい」


 俺はユールキャットにも中座する非礼を詫びて、白沢邸を後にした。



 外の空気は思った以上に不安定だった。

 こんな時間なのに「もののふ」とすれ違う事が多い。

 怪異はあちこちで起きているようだ。

 


 念の為に南紅邸にも立ち寄ったが、やはり琉生は不在で、彼の祖父や曽祖母までもが何処かに呼び出されていていなかった。


 いつもならば少し集中するだけで大抵辿れる琉生の気配が感じられない。

 やはり何かあったのか?

 凶事の予感に胸の辺りがさわさわと落ち着かない。

 気のせいであって欲しいが、俺の勘は昔から当たってしまうのだ。


 

 



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