第2話 クリスマスの妖精

 琉生の自宅、南紅なんごう邸に戻った俺たちは茶を淹れてひと息ついていた。


「お前の母上は本当に天才だな」


 琉生はカステラを頬張る。

 確かに、卵の風味がじんわりと広がるカステラは絶品だが……。


「おい、少しは加減しろよ」


 菓子づくりが趣味の母に持たされた土産は、こいつの祖父や曽祖母の腹に入る前に消えてなくなりそうだ。


「仕方ないだろ、朝から無理をしたから甘いものが欲しいんだよ。飯まだだったし」


 そう言って琉生は再びカステラに手を伸ばした。


「まったく……しかし、里に近い山であれほど強力な妖が出るなんて驚いたな」


「ここのところ、妖の様子が変なんだ。普段なら出くわさないような手強い奴に何回か遭遇している。さっき黒さんにも忠告されてたんだが、人為的な動きがあるらしい」


「それは、かつて禍を振り撒いた『ふくろう』のような闇の組織が動いているってことか?」


「分からない。しかし親父は一昨日から東京の『もののふ省』に出かけている」


 琉生の父親は格の高い『もののふ』だから、有事の際には本部に呼ばれることがあるらしい。


「そうか、大事が起こらなければ良いな。……それで、例の相談ごとの続きなんだが、級友の家で10日ほど前から毎夜おかしな事が起きているらしいんだ」


「例えばどんな?」


「最初は鍋が無くなって、その後も戸がバタバタ音を立てたりと怪異が続いているそうなんだ」


家鳴やなりの悪戯じゃないのか?」


「いや、家鳴りにしては動きが派手だ。最近では食料を盗まれたり、障子戸から目がギョロリ覗いたりして、気になって寝れないというんだ……どう思う?」


「それは現場を見ないと何とも言えないな。お前の組ってことだけれど、一体誰なんだ?」


 琉生は腕を組んで尋ねた。


白沢 幸乃しらさわ ゆきの


「……なんだよ。俺の従姉妹の?」


「ああ」


 琉生は、顔を顰めて俺を睨んだ。


「ちっ。思いっきり恋愛沙汰じゃないか」


「違う」



***



「佐竹くん! それに琉生まで。わざわざ来てくれたんだ。ごめんね」


 白沢幸乃、学校では隣の席の女子だ。

 うちの学校に進学してくる女子は、男を震え上がらせる猛者ばかりなのだが、幸乃はその中でも穏やかで落ち着いているため密かに好意を寄せる男も少なくない。

 幸乃に絡んで他のやつに変に勘繰られたくない。

 実はそういう気持ちもあったから琉生を巻き込んだというのもある。


「あ〜あ、琉生が来るなら、お父様きっと出掛けなかったのに。帰ってきたら残念がるわ」


「熱苦しいのは親父で十分だよ。伯父さんがいなくて助かった」


 琉生は冷たく言い放つ。


「相変わらず厳しいな。琉生の親父さん、美人で優しくて良いじゃないか。俺んちなんて見かけも性格も鬼だぞ」


 父親を邪険にする琉生に対して、つい口を挟んでしまった。

 

「お前分かってないな……あの人、もの凄くうざったいんだ。しかも時々俺の顔をうっとり眺めてやがる。マジで気持ち悪いからな」


 片眉をあげた後うんざりした表情を作る琉生。

 琉生の両親の大恋愛は親父から聞かされた事がある。

 なんでも若殿を交えた三角関係の末、身分差を乗り越えて結ばれたらしい。

 琉生の外見はあまり父親に似てはいないから、きっと母親似なのだろう。


「琉生ったら、そんなふうに言ったら叔父さんが可哀想よ。……とにかく中に入って部屋を見て、あ、先客がいるから仲良くしてね」


 先客は、神谷 菫玲かみや すみれ、琉生の組の女子だ。

 彼女は座学では向かう所敵なしという成績と、常に取り澄ました態度から男子から最も恐れられている。

 

「琉生に晴海か……私は先に幸乃から話を聞いてひと通りも見てきたわ。早く貴方たちの考えも聞いてみたいところね」


 菫玲は、挑発的な笑みを浮かべて琉生を見た。



 幸乃に案内されて屋敷の中を見て回る。

 台所に、座敷、書院に寝室、気配を探ってみると、確かに今まで感じた事がない異質な気配を感じた。


「さて、どう思ったかしら?」


 俺達が一通り確認して戻ると、腕を組んだ菫玲が問いかけてきた。幸乃はその隣で不安げな表情を浮かべている。

 琉生が目線で「先に言え」と促す。

 

「そうだな、悪い気配は感じなかった。確かに妙な……異国のもののような気配はあったが、それも家鳴りの類だと思う」


 俺の答えに琉生は満足そうに頷いている。

 菫玲は一瞬目を丸くした。

 

「『ユールラッズ』だろ、神谷」


「おそらくね」


 琉生の言葉に菫玲は頷く。


「それは、西洋の妖なの?」


 日本的でない言葉の響きに幸乃は首を傾げた。


「幸乃はSnow White白雪姫を読んだことがあるかしら」


「『Grimm’s fairy tales グリム童話集』のお話のこと?」


「そう。『ユールラッズ』は、あれの『Dwarfs小人』みたいなものよ」


「アイスランドという国の妖精だ。西洋の祭り『クリスマス』の時期に13人の妖精が毎晩ひとりづつやってきてちょっとした悪戯を仕掛ける」


「だからあまり心配しなくても大丈夫よ幸乃。おそらく明日には終わるわ。むしろ足袋でも置いておけばプレゼントが入っているかもね」


 害はなく、しかも明日まで、という事が分かり幸乃はホッとした表情を浮かべている。

 俺はひとつ気になったことがあったので訊いてみた。


「なぁ、幸乃。お前んち猫飼っているか?」


「いいえ。うちは金魚しかいないわよ」


「そう、か……」


「どうかしたのか?」


「猫の鳴き声が聞こえた気がしたんだ」


 俺達の会話を聞いた琉生は、右手で額を押さえた。


「神谷、どう思う?」


「『ユールラッズ』に『猫』か。明日の夜は念の為に、護衛が付いた方が良さそうね……頼んだわよ」


「仕方ねえな。幸乃、伯父さんに言っといてくれ。妖関連で気になることがあるから俺と晴海が明日泊まるって」


「お、俺も⁉︎」


「当たり前だろ。猫の声を聞いたのお前なんだから」


「泊まりか……」


 怪異よりも西洋の妖精よりも「幸乃の家に泊まり」な事に胸がざわついてしまう修行の足りない俺だった。



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