アース症候群
クロノヒョウ
第1話
引っ越しをして新しい生活が始まった。
僕は中学校へ入学した。
当たり前だけど知らない人ばかりの教室。
僕はこの学校にもこの土地にもあまり馴染めないでいた。
しかも入学早々にコンタクトレンズを落として失くしてしまうというツイてなさ。
もうすぐ一ヶ月が経とうとしているのにトモダチと呼べるようなヤツもいなかった。
「ん?」
いつものように休み時間にトイレに行って席に戻ると、僕の机の中に見慣れない物が入っているのが見えた。
取り出して見てみると、それは見覚えのないノートだった。
シンプルで誰でも持っているような普通のノート。
僕は周りを気にしながら恐る恐る最初のページを開いた。
『四月七日
今日から中学生という新しいカテゴリーの中に入る。地球人はここで三年間もいったい何をするのだろうか』
『四月十一日
授業というのは実に退屈だ。人間にとって必要な知識を学んでいるのだろうがそれにしても進みが遅すぎる。それと地球人はカレンダーというモノに従って生きていることがわかった。紙に書かれたモノに従うとは不思議な生き物だ』
ここまで読んだ時にチャイムが鳴った。
僕は慌ててノートを机の中に押し込んだ。
(何なんだこれは……)
僕の心臓はドキドキしている。
誰かの日記なのだろうか。
いや、それはどうでもいい。
問題はこの内容だ。
(このクラスには宇宙人がいる……?)
僕はにじみ出る汗を手でぬぐいながら席について静かに前を見ている教室のみんなを見渡した。
授業が始まっても何も頭に入ってこなかった。
僕は宇宙人について考えていた。
間違って僕の机に日記を入れたのだとすれば前後左右の四人のうちの誰かだ。
でも僕の席は窓際だったため選択肢はしぼられた。
僕の前の席の坂本くんか後ろの席の鈴木くん、もしくは隣の席の谷山さんだ。
後ろの鈴木くんを振り向いて見るわけにもいかない。
僕は目の前の坂本くんの行動に注目しながらチラチラと横目で隣の谷山さんを観察した。
授業が始まって十五分くらいだろうか。
二人にはなんの動きも見られない。
ただみんなと同じように前を見て真面目に先生の話を聞いている。
そりゃそうだよな、人間に紛れるくらいだから不審な動きをするわけがない。
そうなると僕は日記の続きが読みたくてたまらなくなった。
こそこそと机の下で見るよりはと思い、思いきって日記を机の上に乗せ堂々とノートを開いた。
『四月十五日
人間たちは特定の人間同士でつるんでいるようだ。それはトモダチというらしい。僕もそうした方がいいのか悩むところだ。距離を縮めるということは何かしらボロが出やすいということになる。慎重に考えるとしよう』
僕は顔を上げた。
大丈夫、誰も僕の方なんか見ていなかった。
それよりもコイツが男だということがわかった。
しかも僕と同じように友達がいなくていつもひとりでいるヤツ。
(そんなヤツいたっけ)
考えれば考えるほど僕の頭はなぜか混乱していた。
よく思い出せないのだ。
とにかく続きを読むことにした。
『四月十八日
最悪だ。噂には聞いていたがまさか自分がそうなるとは思わなかった。脳内の地球の情報を頻繁に星に送ることでまれにかかる病気、アース症候群だ。これにかかると僕たちは自分が宇宙人であることを徐々に忘れていってしまう。だから僕たちは地球に来てから全員日記をつけるのが義務になっているのだ。僕もだんだんと自分の星のことが思い出せなくなってきた。忘れないうちに書いておこう。僕は太陽系外惑星のM96306から来た地球調査員のレプスだ。地球での名前は
「オイ、卯鷺! ボーッとしているようだがちゃんと聞いてるのか?」
「は、はい……」
突然先生に名前を呼ばれて僕は思わず立ち上がっていた。
「ならいい、座れ」
「……はい」
クスクスという笑い声を聞きながら僕はゆっくりと座った。
そうだった。
思い出した。
僕は地球調査員として中学校に潜入している宇宙人だった。
アース症候群のせいでたびたび記憶が失くなるのだ。
だから僕はこの日記を持ち歩いているんだった。
よかった、思い出せて。
坂本くんたちを疑って、なんかごめん。
それはそうと、一旦星に帰ることにしよう。
いろいろなシステムや情報が入ったコンタクトレンズを落としてしまったのだからね。
幸い明日からゴールデンウィークという長い休みがあるらしいから。
僕は日記にペンを走らせた。
『四月二十八日
学校が終わったら僕は一度星に帰ることにする。まだまだ調査することは山ほどあるのだが、とりあえず帰って作戦を立て直すとしよう。アース症候群によって記憶を失くし人間に紛れ込んでいる大勢の仲間を救出しないといけないからね。それにはどうしてもコンタクトレンズが必要なんだ』
僕は静かに日記を閉じた。
ここに戻ってきたらトモダチというモノを作ってみようかな。
まずは坂本くんに声をかけてみようか。
そんなことを考えながら窓から地球の空を見上げていた。
完
アース症候群 クロノヒョウ @kurono-hyo
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