第4話 領主館


 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン.........


「……でっけぇ」


 正午を告げる鐘楼堂の鐘が町中に響き渡る中で、ハンスは一人、鐘楼堂に勝るとも劣らぬ高さの門の前にポツンと佇んでいた。


 レブの町の中心に位置する場所に、この町一番の商店街がある。そこは、たくさんの人が行きかい、所狭しと店が軒を連ね、活気に満ち溢れていた。しかし、そこから北へ少し上ると、辺りは静けさを取り戻し、今度は閑静な住宅街へとその姿を変える。そして、そこからさらに小高くなった丘の方へ進めば、本日の目的地である、この町の主が住まう領主館があるらしい。


 斡旋所で仕入れたその情報を頼りに、ここまでやってきたハンスであるが、しかしそこには立派な門とその警備に当たる門番が門の左右に一人ずつ立っているだけで、ほかの建造物は見当たらなかった。


 斡旋所のお姉さんから、もっとちゃんとした情報を仕入れてくればよかったと悔やむが、時すでに遅し。先程、約束である二の鐘は鳴ってしまった。仕方なく門番のもとへ近づくと、ハンスは恐る恐る門の右側に立っている門番へ声をかけた。


「す、すみませーん。ここって領主館で合ってますか?」


「おや、どうした坊主、その通りここはレブの領主館だが、こちらへは如何用だ?」


 どうやら、ここは領主館で間違いないようだ。ハンスは、ひとまず安心した。


「斡旋所に張り出されていた依頼書を見てここへ来たのですが.........」


「ああ!その件なら問題ない。二の鐘がなる頃に客が来るからお通ししろとの連絡があったぜ!」


 厳つい見た目の門番は話しかけてみると、思いのほか愛想が良く、話しやすい。孤児院育ちでみすぼらしい格好のハンスにも、身長差を考慮し膝を曲げて視線を同じ高さに合わせ話をしてくれる。その紳士な姿に、てっきり門前払いを食らうのだろうと思い込んでいた彼はチャンスとばかりに、斡旋所から貰ってきた依頼書をその門番に渡し、事情を説明した。


「その依頼書がありゃ間違いねぇ、今門を開けてやっからちょいと待ってな!」


 話をしていた門番とは別のもう一人の門番も話に加わり、ハンスは何とか城門を通ることが出来た。


「この道を真っ直ぐ進めば、道と道が交わる分岐点がある。そこで係りのヤツが待ってるから、とりあえずそこを目指して進め!」


「あんまり庭が綺麗だからって目移りして、道草食って迷子になるなよ!」


「はい、ありがとうございました!」


 ハンスは門番に軽く説明を受けると言われた通り、庭と呼んでいいのか分からないくらいの広さの庭を真っ直ぐ進む。


 彼は庭以外の表現方法を知らないのだ、こればっかりは仕方がない。


 さすがは領主館と言ったところか、通路は綺麗に舗装されている。通常は、人が歩いて通るのではなく馬車が通る場所なのだろう、敷きつめられた石畳には轍が刻まれており、それを見てハンスは何だかこの道を歩いている自分が恥ずかしくなった。


 気を紛らわそうと、顔を上げ当たりを見渡せばハンスの目に美しく咲き誇る花々が目に映った。


(なるほど、これだけ美しい庭は見た事がないぞ。門番が迷子になるなと注意するのも理解できるな、それにしてもどんだけ広いんだこの庭は!)


 門番の話によると、今ハンスが歩いている通路を境目に全部で四つの区画に庭は分けられている。その区画毎に春、夏、秋、冬とそれぞれテーマが別れており一度で全ての季節を楽しめるよう、四季折々の花を庭師が工夫を凝らして、咲かせている。そして、その通路が十字に交わっている場所には、大きな噴水がある。そして、そのすぐ側に一人の男がこちらを向いて立っていた。


「すみません、斡旋所で悪魔退治の募集を見て、それでその悪魔を退治しに来た、ハンスと言うものなのですが...」


「ようこそおいでくださいました、ハンス様。私、この領主館で執事をしております、ヴィクターと申します。本日はどうぞよろしくお願い致します。」


 ハンスが男に話しかけると、どうやら彼はこの館の執事であるらしかった。


「本来であれば、一度屋敷の方へ案内させて頂いて、そちらで詳しい話のご説明をするのですが、何分我が主であるボストーヌが、屋敷内に誰も通すなとの事で、大変失礼ではありますが、あちらの東屋にて詳しい話をさせて頂いてもよろしいですか?」


 そう言うと、執事は左手奥にある東屋に手を向けた。


「はい!あ、いえ全然お構いなく!俺も依頼書の内容がよく分からなかったので、嬉しいです!」


「ではどうぞあちらへ、ご案内しますね。」


 ハンスは、執事に付いて東屋へと歩く。


 するとそこには、ティーセットのようなものが準備されていた。


 と言うのも、ハンスは今まで生きてきた中でこのような扱いを受けたことはない。ゆえに街へ買い物に出た際、あちらこちらで耳にした内容を元に脳みそをフル回転させた結果、恐らくこれが、所謂ティーセットと言われるやつなのではないかという結論に至ったのだ。


 マナーもへったくれもない孤児院で育ったハンスは、それを目にした瞬間、本日の目的など一瞬にして頭から抜け去り、その美味しそうな品々に、あわやヨダレを垂らすところであったが、コホンッと執事から一つ咳払いをもらい、何とかヨダレを垂らさずに済んだ。そして、彼は顔を真っ赤にしながら執事の方へと意識を取り戻し、案内されるがまま席へと着いた。


「っ、えーと、その詳しいお話というのは?」


 ハンスは気を取り直して、執事に本題を投げかけ、悪魔が現れた時の詳しい状況を尋ねた。


 執事の話によると、何でもこの領主館の主であるボストーヌ伯爵が昨夜、夜に散歩を楽しんでいたところ、突然この庭の何処かしらから断末魔のような恐ろしい声が聞こえてきたそうなのだ。


 その声を聞いた伯爵は慌てて警備のものを集め、彼らに庭の周辺を捜索させるも、誰かがいた痕跡は見当たらず、それに恐ろしくなった伯爵は、急いで自室に戻ると、その後一切部屋から出てこられないくらい怯えてしまっているとの事。


「昨夜聞こえた声がまるで悪魔による断末魔のような声だったことから、今回このような依頼を出しました。

 その時、実際に私も旦那様のお傍に控えておりましたので、その声を耳にしております。それはそれは恐ろしい声でございました。」


「なるほど、つまり悪魔に関しての手がかりは声だけでその姿を見た人は誰もいないし、その声がどの辺で聞こえたかとかって言うのも分からないんですね。」


「左様でございます。その手のことに詳しい霊祓師へ至急依頼を出したのですが、準備に少し時間がかかるとの返事を受け、旦那様を安心させるため、滞った業務の復旧のためにも早急の対応が必要でしたので、藁にもすがる思いで今回、斡旋所にも依頼を出した次第でございます。」


 要するに執事の話をまとめると、この依頼はあくまでもその霊媒師とやらが本命で、その人が来るまでの間何もしない訳には行かないから、とりあえず形だけでも領主様を安心させるために仕方なく斡旋所に依頼を出したと言うことになる。


「......え?じゃあ、それってつまり俺は霊媒師がここに到着するまでの繋ぎってこと?」


「......まあ、そうなりますね。」


 それはつまり、はなっから今回の依頼に期待なんてしておらず、報奨金は人を呼び込むための釣りエサで、それにまんまとハンスは引っかかり、釣られてノコノコとここまでやってきたということだ。


 ゆえにこの瞬間、今日の仕事がタダ働きとなることがほぼ確定し、一獲千金を狙ったハンスの夢は瞬く間に泡となって消えたのであった。















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