第3話 幽霊退治




「それじゃあ、今日も皆のために一生懸命働くとしますか!」


子供達を起こさないよう、彼は静かにそう独りごちてそっと部屋を後にする。



ハンスの朝は早い。朝の刻を知らせる鐘がなる前にはいつも屋敷を出発する。


こんな朝早くから一体何をするのか。答えは簡単、今日も向かうは案内板だ。


案内板には、日常の些細な困り事なんかも張り出してあり、それらには大抵問題解決に対する報酬の記載は無い。


しかし実際には依頼主の困り事を解決できた場合、何らかの形で報酬が貰える。


しかもこの報酬は依頼書に記載されてないので教会から手数料という名の横取りをされることもない。


頂いた報酬をまるまる自分のものとすることが出来るので、ハンスはこの手の依頼があれば、率先して請け負っている。


しかし当然こう言った依頼は早い者勝ちですぐ無くなるので、早朝から案内板へ赴き依頼をゲットしなければならないのだ。


「どれどれ、今日のお困り事はっと...えーと、“裏庭の草むしり”はマルゴットさんの依頼だから、クッキー缶が貰えたはずで、“脱走した飼い犬の捜索”が、たしか銅貨15枚だったはず…って、ヨーゼフまた脱走したのかよ!...それから、残ってるやつが“幽霊退治”かぁ…て、ん?幽霊退治?…幽霊退治?!」


いつもと代わり映えのない依頼ばかりで、どの依頼が過去やった中で1番報酬がデカかったか思いあぐねていると、いかにも面白そうな内容の依頼が一つ舞い込んでいた。


・・・・・

「貴方が今回、依頼を受けてくれたハンス君かな?私はドミニク・ベッカーだ。この度は依頼を引き受けてくれありがとう。」


“幽霊退治”の依頼書に記された地図をもとに指定場所へハンスが到着すると、そこには今回の件の依頼主であるドミニク氏が彼を待っていた。


依頼書に書かれていた住所はハンスたちが住む南門側からは程遠い、北門側の二バルと言う街にあった。


件の屋敷は、その二バルの町から少し離れた場所にあるこじんまりとした一軒家で、どうやら現在は空き家となっているらしい。


昼間はなんともない静かな屋敷なのだそうだが、夜になると唸り声のような恐ろしい音が聞こえてくるそうなのだ。


当初は空き家に不埒な輩が住み着いたのでは、と疑っていたらしく、しかし様子を見に屋敷を伺えばそこはやはり何も無い空間でしかなく人気も感じられなかった。そのため、ドミニク氏は幻聴が聞こえるようになってしまったのではないかと、医者を尋ねたところ同じような症状を訴える患者が近所に複数いることが判明し、彼らにことの事情を問えばやはり皆、一様に例の空き家から聞こえてくる騒音に悩ませれていると答えた。


しかし依然として空き家に人が出入りしている形跡はなく、結果として彼らの中で、もしや幽霊の仕業では無いかと言う結論に至ったらしい。


ちなみにドミニク氏はこの辺りの地区の管理を任されている人物で、この騒動の代表として、皆の意見を取りまとめているらしい。


目の下の隈は濃く、かなり疲労が蓄積していることが伺える。


彼が満足に夜、睡眠が取れていないことはあきらかだった。


「えーと話を聞いた感じ、かなりオオゴトな気配がするのですが、依頼出す先を間違ってませんか?」


「ああ、確かに君がそう思うのも無理は無い。しかしもう、我々が打てる手はこれしかないのだ。私もありとあらゆる手は尽くしたのだが、依頼の内容が、特殊な所為もあってね。除霊師にお祓いを頼んでも、変わらず夜になればあの音が聞こえてくるんだ。ほかのどこに頼んでも特に異常は見られないと言われてしまう始末で…。だから、君にはせっかく来てもらった所申し訳ないんだが、実は今回もあまり期待はしていなくてね。だからこの話を聞いて、無理そうだと感じたら今から依頼を取り下げでも全然大丈夫だよ。」



いつもと違った変わり種に引かれ好奇心から依頼を受けた自分も悪いが、どうやら今回の依頼はハズレのようだ。


何よりもハンスは、生まれてこの方幽霊という存在を感知したことがない。


短略的に行動するのはやめろとアンナからも常々言われていると言うのに、学習をしないハンスは誤魔化しようのないアホである。


「分かりました。でも、大丈夫です!僕も皆さんのお役に立てるか分かりませんが、やれるだけやってみようと思います!なので、もう少し詳しい話を聞かせて貰えますか?」


「ああそうか、分かった。すまないね、ありがとう。」


冬の支度に必要なお金はまだ十分溜まっていないと言うのに、しかし人の良いハンスは、ドミニク氏の話を聞いてもなお、達成出来そうもないこの依頼を取り下げることはしなかった。


・・・・・

「うわぁ…。この家絶対幽霊住んでるじゃん。やばい何これ吐きそう。こんなに空気の澱んでる場所に来るの初めてだわ…。」


ハンスは今幽霊屋敷の前に立ち、そして屋敷から放たれる異様な空気に圧倒されていた。


幽霊を見た経験など一度も無いハンスだったが、しかし彼は自身の持つ勘には、かなり自信があったのだ。


そしてその勘が今、彼の中で強く警報音を鳴らしている。


ここにいてはダメだ、この場から今すぐ逃げろと。







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グリムの箱庭 山田花子 @ponponkimikimi

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