第3話 薬草摘み


「はァ、はァっ、、ぅんしょっと」 


 日付も変わった深夜、ハンスは1人で森の中を歩いていた。


 鬱蒼と生い茂った森の中は、人ひとりがやっと通れるくらいの細い道しかなく、しかも勾配の急な斜面となっている。


 そんな険しい山道を彼は通い慣れた足取りで登っていた。


 しかし、月が天高く昇りきったこんな夜中にハンスはこのような場所へ、一体何をしに来ているのか。


 その答えは簡単、薬草摘みである。


 町の斡旋所でその日の仕事を探すのがハンスの日課であるのだが、薬草摘みの依頼は基本的に毎日張り出されており、特に時間の指定もない。


 日雇いの仕事だけでは圧倒的に稼ぎが少ないため、時間の作れる夜間にちょっとした副業としてできる仕事を探していたハンスには、それがうってつけの内容だった。


 また、摘んだ薬草は斡旋所の窓口で受け渡しとなり金額も100グラムで5ディールと決まっているため大変やりがいがある。


 ゆえにハンスは、天気のいい日には必ず2~3時間ほど軽く睡眠をとると再び目を覚まし、子供たちを起こさぬようそっと静かに孤児院を抜け、いつもこの場所へ薬草を摘みにやってきているのだ。


「よし、着いた。っ!...うわぁ、すごい綺麗だ!」


 目的地である場所に着くとそこでは心地よい風が吹いていた。


それに今夜は満月だ。それに加え、光を遮る雲も今日は影をひそめているため、足元を照らすランタンが必要ないほど月の光が満遍なく周囲を照らしている。


ゆえに、辺り一面の草花が風にあおられ揺らめく姿がまるで、妖精達が今宵地上に舞い降り宴を催しているかのようで、その幻想的な景色に彼は思わず声を零してしまった。


「これは予想以上にたくさん収穫出来そうだ!」


 このような天候の時に取れる葉は、通常に比べ瑞々しく、そして立派な葉が収穫できるため、通常よりも高く売れる。


 月光が草花の成長にどのような作用を及ぼすのか、なんて難しい事はハンスには分からないが、収穫出来る量も多くなるため、満月の日は特に稼ぎがいいのである。


「じゃあ、早速取り掛かるとするか!」


 ゆえにハンスは期待に胸を膨らませ、休む間もなく薬草摘みに取り掛かるのだった。



 ハンスが薬草を摘むのにやってくるこの場所は町のはずれにある小高い山の一角で、誰にも教えたことのない秘密の場所だ。


 そこには、熱を冷ますことの出来るものや、痛みを和らげることの出来るものなど、様々な薬草が自生しており、彼にとってこの場所は金の成る木ならぬ金のなる山という、なんともありがたい場所となっている。


 薬草詰みを始めた当初は当然、薬草についての知識なんて持ち合わせていないハンスであったが、それでも薬屋の品揃えを見て一生懸命薬草の種類を覚えた。


 おかげで、店主には泥棒と何度も間違われ、終いには詰所まで連行されたこともあるが、その甲斐あっていろいろな種類の薬草を覚えることができた。


 皆の生活が掛かっているのだ、背に腹はかえられない。


「ふふっ、よし今日はこれくらいにしておこう。」


 背に背負った籠がいっぱいになったことで、ハンスは作業の手を止めた。


 辺りがすっかり姿を変え、空はうっすらと白んでいることに軽く驚きながらも、今日の収穫の良さに彼はゆるむ頬を抑えることができなかった。



 ****



「おはようございます。本日のご用件は何でしょうか。」


 無事収穫を終えたハンスは、山を下山する途中、そこに自生している山菜や果物なんかも摘み取りながらゆっくり町へと戻った。


 するとちょうど斡旋所の営業開始ぴったりに到着したため、いつものようにオープンと書かれた札のかかった扉を開いた。


 中へはいると迷いなく窓口に立つお姉さんのもとへ向かい、例のごとく挨拶を交わす。


「おはようございます。薬草の換金をお願いします。」


 この時間の窓口業務はいつも同じお姉さんで、すっかりハンスにとっては顔なじみとなっている。


 そのため、本当はもっとフランクな感じで会話したい所なのだが、向こうはその毅然とした態度を一切崩さない。


 このやり取りだって何十回と繰り返していて、相手にも自分が持ち込むものが薬草だとおおよそ分かっていそうであるのに。


 そんなことを思いながらも、めんどくさいなんて感情は一切顔に出さず、ハンスはいつもの様にお姉さんへ摘んできた薬草を籠ごと手渡すのだ。


「お待たせしました。本日お持ち込みいただいた薬草の重量は4,480グラム、そのうち不良が52グラムありましたので、それを差し引いたグラム数から料金の計算をいたしますと、合計で885ディールになります。」


 手渡した薬草はお姉さんの手によって素早く仕分けられる。重さを測る際も目の前でやってくれるため、金額をごまかされる心配はない。


「はい、・・・確かに885ディールですね。間違いありません、ありがとうございます!」


 最後に、渡された金額が間違いないかを確認すると、ハンスはお姉さんにお礼を言い、いったんその場から離れた。


「うーん、今日の仕事はどれにしようかな。」


 薬草の換金を無事に済ませたハンスは、次に斡旋所の掲示板に足を運び、張られた日雇い求人票を睨みつけていた。


 換金が済めば、今度はその日一日の仕事をどれにするか選び、それが決まれば、再び窓口へ行き申請の手続きを行う。


 それが済むと、いったん孤児院へと戻り軽く腹を満たしてから、現場へと直行するのがハンスにとって毎日のルーティーンだ。


 そのため、その日の仕事を決めるこの時間が彼の一日を大きく左右する重要な項目であり、ゆえに決して手を抜くことは許されない。


 しかし求人票といっても掲示されている内容は、どれも重労働であることに変わりはないし、雇主の気分一つでその日の稼ぎが0になる。


 それでも、少しでもいい条件で働きたい彼にとってこの確認は欠かさせないものであるのだ。


「ん?なんだこれ、悪魔退治?...は?成功報酬100,000でぃーるぅ!?」


 そんな、いつもとなんら変わり映えのない求人票の中からハンスはとんでもない内容の依頼書を発見した。


 その内容は、


 <依頼内容> 悪魔退治


 聖なる吾輩の住処に現れたおぞましい悪魔を成敗せよ!!


 無事依頼を達成したものには100,000ディールをくれてやる!!


 <場所>

 レブの領主館敷地内


 <依頼主>

 ブルリアリテ・ミヌス・ボストーヌ


 <成功報酬>

 100,000ディール




 それは、何ともふざけた内容の依頼だった。


 そもそもこの求人票は日雇い枠のはずだ。このような内容の依頼など、普通は専門の業者に頼むものではないのか。


 それに、報酬金額など明記していないことが一般的であるのに対して、これにはそれがはっきりと明記されている。


 しかもその金額は、かなりの大金ときた。成功報酬として明記されている以上、依頼を達成しても、報酬を得られないなんてことにはならない。


 そんな雇用者にやさしい依頼があっていいものなのか。もしかすると、何かしらの罠かもしれない。故にハンスは悩んだ。


 悪魔なんてものがこの世に存在しているなどにわかに信じがたい。


 が、しかしこの依頼を達成すれば100,000ディールが手に入るのだ。失敗しても、今日一日の稼ぎが0になるだけであるし、日雇い仕事にとってそれは珍しいことじゃない。


 それに、悪魔なるものをやっつけるだけの仕事だ。重たい物を運ぶ必要もない。


 それに、これがもし罠であったとしても、自分には失うものは何もない。


 ならば、たまには一獲千金を狙って賭けてもいいんじゃないか?彼がその決意を固めるのに、そう時間は必要なかった。


「すみません、この依頼書って俺でも申請できますか!」


 ハンスは張り出された依頼書を勢いよくはがし取ると、一直線に窓口へと向かい先ほどのお姉さんにその求人票を見せながら話しかけた。


「はい、問題ありません。しかし私共ではこの悪魔について、くわしい説明はできかねますがよろしいですか。また、万が一災いが己の身に降りかかったとしてもその責任は一切負いませんので、予めご了承ください。」


「大丈夫です!俺、悪運だけは強いんで!」


「承知いたしました。それでは、依頼書の請負申請手続きを行います。日時などの指定が明確には記されておりませんが、如何いたしますか?」


「あ、ほんとだ。うーん、悪魔って昼でも活動するのか?まあいいや、とりあえず今日の二の鐘がなる頃でも大丈夫ですか?」


 二の鐘と言うのはこの町でいちばん高い建物である鐘楼堂で鳴る鐘のことで、朝、正午、夕方でそれぞれ鐘が鳴っている。


 その中でも二の鐘は正午に鳴る鐘のことを指している。


「かしこまりました。では、ご依頼主へはそのようにお伝えしておきますね。ほかに何か気になることはありますか?」


「そうですね。えーと、あっ俺以外にも申し込んでる人っていたりしますか?」


「いえ、この依頼書は本日の営業前に張り出したばかりですので、今のところハンス様以外にはおりません。」


「分かりました。ありがとうございます!」


 そう言ってその場を立ち去った彼のその足取りは、普段からは想像できないほどに軽快なものであった。


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