第2話 ハンスと孤児院
ゴーン、ゴーン、ゴーン...
鐘楼の鐘の音が、街中に広がり満ちていく。
それは夕の刻を知らせる鐘であった。
ハンスは、この日働いた分の給金を右手に握りしめ帰路に就いていた。
「はぁー、相変わらずパッとしないなぁ。何処かに働きがいのある金払いのいい仕事が転がってないかなあー...」
そう独り言を呟いてしまうほどに、少ない給金はおそらく、子供達の1日の食事が賄えるかと言ったところである。
この日の仕事は、先日の大雨で氾濫したクルール川に詰まってしまった流木を撤去するというものであった。
季節が秋に差し掛かろうとしている中での、水場の作業は、体力だけが自慢のハンスと言えども、なかなかに堪えるものであった。
クタクタの体に鞭を打ち帰りを急げば、どうにか夜の刻の鐘が鳴る前に、屋敷へたどり着くことができた。
「ハァ、やっと着いた…ただいまー」
正面の入り口からでは無く裏口の戸を開け屋敷の中へ入り、いつものように声をかけた。
「あっ!ハンスおかえり…て、どうしたのその服!全身びしょ濡れじゃない!すぐに着替えないと風邪ひいちゃうわよ?」
たまたま、扉の近くにいたアンナがハンスに向かってそう応えた。
アンナはハンスより2つ年下の9歳で、みんなのお姉さん兼お母さん的立場だ、ちなみにお兄さん兼お父さんはハンスである。
ハンスとアンナから下はかなり年の差が開くため、弟妹たちはみな2人が頼りなのであった。
ちなみにシスターはかなりのヨボヨボなので、さしずめみんなのおばあちゃんと言ったところだ。
「もう夕食の準備できてるから、抱えてる荷物下ろして着替えが済んだら、まだ部屋で遊んでる子達も連れて食堂に連れて来なさいね!」
アンナは続け様にそう告げると、足早に食堂の方へと去っていった。
「はいよー!ったくもう、あいかわらずアンナは人使いが荒いんだよ。もう少し俺を労わってくれてもいいと思うんだけどー」
「なんか言った?」
「なんでもありませんー!」
こんな会話は日常茶飯事で、アンナの尻にしっかりと敷かれたハンスは彼女から言われた通り、自分の着替えと荷物の整理をすませると、狭い部屋の中でで追いかけっこをしているやんちゃ坊主3人を捕まえ食堂へと向かった。
・・・・・
「ご馳走様でしたー!」
食事が終われば、身なりを整え各自就寝の準備に取り掛かる。
風呂なんて贅沢なものには当然入れるわけが無いので、汚れたカラダは濡らした布切れで拭いて綺麗にする程度。
節約のためにもロウソクの火はさっさと消してしまいたいので、みんなの行動は素早いものだ。
各自準備が整えば、今日も絵本の読み聞かせ。
本は比較的高価な為、本来なら手は出せないが、実は昔寄付として頂いたものが2、3冊あった。
その中でも1番人気はやはり「ガトアナの奇跡」。
これらは随分昔に頂いたものなので、すっかりボロボロになってしまっているが、何度も何度も修復し今も大事に使っている。
本は、文字の学習にも繋がるので、ロウソクの節約にほかの時間は削れても、毎日この時間だけはゆっくり時間をかけて読み上げる。むしろこの時間のためにほかの時間を削っていると言ってもいいくらいだ。
「ねぇねぇ、ハンスお兄ちゃん。魔女さんは種をまいたって言ったけど、一体どんな種をまいたのかな?」
本を読み終えたハンスに、5歳のナタリーが尋ねる。もちろんその間にロウソクの火は消したので当たりは一気に真っ暗闇となった。
「うーん、そうだなぁ...。それは兄ちゃんも考えたこと無かった」
「ジャガイモかな?」
「トウモロコシじゃない?」
「ニンジンだとおもう!」
「私はいちごがいい!」
「じゃあ僕ミカンにする!」
「なんじゃそりゃ、ナタリーがせっかく面白い質問してくれたのにお前達マジメに考える気ある?」
ナタリー小さな疑問に、4歳のクルトが適当な返事を返すと子供たちの間で一気にその話題は広がり、他の子達も自分が知っている食べ物を適当に挙げ始めた。
最後の方のは、おそらくただ自分が食べたいだけであろう。
しかし、“魔女がまいた種がなにか”なんて、そんなことはハンスも言われてみるまで考えたことがなかった。
自分ですら気づかなかった新しい着眼点に、彼は子供たちの成長を感じ少し嬉しくなった。
そう思いつつも、彼は明日も朝が早いのでいい加減もう寝たくて仕方がない。
「はいはーい、お喋りはそこまでだお前たち。よいこは寝る時間だぞ?兄ちゃんは今日も一日仕事して疲れたからもうめちゃくちゃ眠たいの!だからお願い、早く寝てくれ!」
「「はーい、おやすみなさーい!」」
結局、ナタリーの質問を真面目に考える者は誰もおらず、ハンスもまた彼女の質問などスッカリ忘れて夢の世界へと羽ばたいて行った。
こうして、今日もまたハンスの一日は終わりを迎えたのである。
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