グリムの箱庭
山田花子
第1話 むかし話
むかしむかしのお話です。
人が争いというものを知らないはるか昔、我々が住むこの世界にある日突然、魔女が現れました。そして魔女は一瞬にして人々を恐怖に陥れたのです。
魔女は、残虐の限りを尽くしました。それに誰もが恐れ戦き、おのれの無力さに嘆きました。ただただ命が目の前で消えていくのを見ているだけしかできない、次は自分の番かもしれない、そうして人々は恐怖というものがなにか、悲しみ、苦しみ、痛みとは何かを初めて知ったのです。
そうして、誰もが諦めかけていたその時です。突然、空が眩いばかりに輝きました。そして降り注ぐ光の柱からなんと一人のお包みに包まれた赤子が天から舞い降りて来たのです。
そしてなんと地上に降り立った瞬間、赤子はみるみると成長し、立派な青年へと姿を変え、また自らをオルリオと名乗りました。そして窮地に立たされた人々に手を差し伸べるかのように、魔女へと立ち向かっていきました。
オルリオは強かった。人々が何をしても敵わなかった魔女と互角に渡り合ったのです。
両者の戦いは三日三晩続き、そして4日目の朝、遂に魔女はオルリオの力で滅ぼされました。
“タネは蒔いた!妾は必ずやこの地に舞い戻る。その時が本当の終末となるであろう!!”
最後にこんな不吉な言葉を言い残して・・
しかし、オルリオが魔女を討ち取ったことで舞い上がっている人々にとってそんな魔女の負け惜しみの一言なんて誰も気になりませんでした。
人々が喜び、オルリオに向けて感謝の舞を披露する最中、彼は再び空へ意識を向けると勢いよく地面を蹴り、中に浮き上がってしまいました。
そこで人々は訪ねました、どこへ行くのだと。
オレリオは答えました。
“魔女フローディアを倒すこと。それが神から私に与えられた使命であった。そして、その使命は果たされた。
よって私はこの日を持って神となる。それが神達との約束であった。神となってしまえばもうここにはいられない。
さらば人間達よ、最後にこれを授ける。”
それはひとつの林檎でした。
“それには、私の力の全てを込めてある。もし再び災厄の魔女が現れた時、それが汝らを救ってくれる光となるであろう。”
そう言葉を残して神子オルリオは遥か彼方、神たちが住まう場所へと戻っていきました。
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「・・・その後世界は再び平和な日常を取り戻したとさ、おしまい。」
ハンスは、子供たちが好きなこの物語を、彼らが眠りにつく前、いつものように読み聞かせていた。
物語の題名は『ガトアナの奇跡』。
彼が小さかった頃もこの話をよく読み聞かせてもらった。いわば絵本の定番である。
物語は、この国の始まりに起因していると言われる神子オルリオの偉大さを、子供たちにも理解しやすいように、かつてこの地を暗黒の大地に変えたと言われる災厄の魔女フローディアとの戦いをもとに描かれたものだ。
魔女との戦いから生き残こることのできた民たちが奮起し、この国は再建されたと言われている。
ゆえに、この国において、この話を知らないものはいないと言われるほど有名な物語である。
ハンスたちが住んでいるのは、神聖国ガトアナの首都ルバルスにある教会の敷地内に併設された小さな孤児院だ。
ここには、生後間もない赤子まで含めると、13人ほどの子供たちが住んでおり、彼らは主に教会にあつまった寄付金を頼りに暮らしていた。
孤児院と言っても古びた木造建てであまり日当たりも良くなく、彼らの暮らす部屋はいつも湿ったカビの匂いがしている。孤児院の斜め向かいにある空き家の方が、よっぽど日当たりもよく、綺麗で立派な屋敷であろう。
そんないつ壊れてもおかしく無いような屋敷のなかで、彼らは慎ましやかに、肌を寄せ合い暮らしていた。
その中でもハンスは最年長の11歳で、みんなの頼れるお兄さんだ。そのため、まだひとりでは寝れない弟妹たちの面倒を見るのが、彼の大事な役割である。それからもう一つ、皆の生活の足しに小銭を稼ぐ事も彼の重要な役割だった。
この国では15歳になると、教会で誓いの儀式が執り行われ、以後成人とみなされる。
成人したものは独立するためにそれまでの住まいを巣立たねばならないので、その後の生活のためにも、成人前から子供が自ら収入を得るために働くことは珍しく無い。
通常であれば、自分の両親もしくは親戚などから、己の勤め先に成り得る仕事を紹介してもらうのだが、大人からの紹介が無い子供は、身元の保証ができないため勤め先から受け入れてもらえない。
身寄りのない子はまともな職に就くことすらできないのだ。
よって、孤児院の子どもたちは成人すると、教会側から提示された奉公先へと赴かなければならず、また彼らはそれを拒否することができない。
それに、今までこの孤児院から巣立ったものが、再び顔を見せにこちらに戻って来れたことはなく、またおそらく自身にとってもそれが難しいことだろうと考えたハンスは、自分が成人するまでの間で少しでも孤児院の蓄えを増やしたかった。
ここ数年で教会から給付される寄付金の額が著しく減少してきていることに、シスターが頭を悩ませている姿をハンスは何度か目撃したことがあるのだ。
それに加え彼女は最近体調を崩しがちだった。ただでさえシスターはかなりの高齢であるのに、後任が現れる気配もなく、彼は孤児院の先行きに不安を覚えたのだ。
日に日に、孤児院の経営状況はどんどん悪化して行く。もうしばらくすれば、寒さの厳しい冬がやってくると言うのに、暖炉に焚べる薪すら満足に蓄えられていないのは、かなり頭の痛いの問題であった。
ではどのようにして金を工面すれば良いか。それには意外にも簡単な方法があった。
教会には、案内板というものが設置されており、そこには自由に困りごとや相談ごとを綴ることができるようになっている。ゆえに、日雇い募集の紙なんかも貼られており、その中から毎日その日の仕事を見つけ金銭を得ることができた。
しかし、当然こんなところに集まるものに、たいした仕事などあるワケが無い。
せっかく稼いでも、稼いだ額の3割は教会に手数料として取られるため、大金が手に入る訳では無いが、少しでも孤児院の状況を改善したいハンスにとってはたとえ、小遣い稼ぎ程度の収入でも、大事な収入源であったのだ。
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