交換日記

姫路 りしゅう

第1話

六月十三日 ほのか


 お姉さま、調子はいかがでしょうか。

 わたしからしてみれば、先ほどまで一緒にいたお相手ですし、元気そうな表情で手を振るお姉さまのお姿は今でもはっきり覚えています。

 しかし、お姉さまがこの日記をお読みになるのは最速で明日の夜。

 ともすれば、何が起きるかわからないこの世の中です。その時、お姉さまの調子がどのようなものなのか、わたしには想像もつきません。

 もちろん、お元気であることを祈っておりますよ。

 なんなら、お姉さまの気分を害するような輩は、わたしがぶん殴りに行きますわ。

 あら、こんな言葉遣いをしていたらまた叱られてしまいますわね。

そのお叱りを受けるのは最速で明後日の朝になるのだと思うと、やはり交換日記というのは不思議です。

今や、メールやメッセージアプリを使えばまるでお隣にいるかのような速度で言葉が相手に伝わります。

少し前までは手紙に想いを託していたのだと思うと、なんとなく感慨深いですね。

これがエモいという感情なのでしょうか。

お姉さまエモエモ~です。


さて、時候の挨拶もこのくらいにして、本題に入ろうと思います。

交換日記の本題って何なんでしょう。やはり日記なので、今日あった出来事を書くのがいいのでしょうか。

ただ、わたしは日常のほとんどをお姉さまのおそばで過ごしておりますゆえ、お姉さまの知らない出来事というものが思い浮かびません。

わたしが選んだAランチのクリームコロッケを物欲しそうな顔で見つめていたお姉さま。

授業をさぼろうとしたらやんわり注意してくれたお姉さま。

それは単位が足りなくて留年しかけている自分の経験談によるものだって恥ずかしそうに頭を掻くお姉さま。もう留年は決まったんでしたっけ。

夕方、ベンチで本を読んでいたわたしにパピコを半分差し出してくれたお姉さま。

どのお姉さまもすごく魅力的で、その一瞬一瞬が全部、わたしにとって大切な思い出です。

よくないですね、油断したらすぐお姉さまの魅力について書いてしまいます。


あ、そうでした。ひとつお姉さまに聞きたいことがあったことを思い出しました。

それを聞いて、この交換日記の締めにさせていただきますね。


今日の授業終わり、同学科の友人にカラオケに誘われた話はしましたっけ?

 今日はお姉さまと帰る用事があったので断ってきましたが、わたし恥ずかしながらカラオケに行ったことがないのです。

 それどころか、最近の音楽もあまり嗜んでおらず。

 わたしはどうすればいいと思いますか?

 カラオケに行って、自分は歌わないというのもあまりよくない気がするのです。


 相談コーナーのようになってしまい恐縮ですが、お姉さまのご意見をお聞かせいただきたいです。

 それでは、お返事楽しみにしております。



六月十四日 千咲


 まずはほのか、お手紙ありがとう。

 お手紙? いいえ、交換日記というのが正しいわね。

 ただ、ひとつだけ訂正させてほしいのだけれど。

 私は別にクリームコロッケを物欲しそうな顔で見てなんかいないわ。

 ほのかが私に一口くれた。そういう事実があるだけよ。

 そのほかはまあ、いいわ。私が留年しそうなのは事実ですもの。

 こんな先輩でごめんなさいね? でもしっかり私のことを反面教師にして、ストレートで進級するのよ。

 待ちなさい。私はまだ留年決定していないし、ストレートをあきらめてもいないわ。ぶん殴るわよ。


 さて、カラオケで歌う曲についてね。確かにほのかが歌謡曲を口ずさんでいるのを聞いたことはほとんどないわね。

 まさかクラッシックしか聞いていないようなお嬢様だとは思っていなかったけれど。

 今日日、そんな箱入り娘が存在するのね。ほのかの口調がやけに丁寧なのもその影響かしら。私はその口調好きよ。

 私は結構ちゃんと大学生をやっていたから(そのせいで留年したのかって? ぶん殴るわよ)カラオケもボウリングもダーツもビリヤードもボルダリングも麻雀も一通り嗜んだわ。

 だからもちろんカラオケもプロなのだけれど、そんなカラオケのプロたる私に言わせてみれば、ついてきているのに歌わない人は二度と誘わないわ。

 それは、歌わないことに文句があるわけじゃないの。

 その子、楽しいのかな? って気持ちになるのよ。

 もちろん価値観は人それぞれだから、貴女を誘う同級生さんがそういう考え方なのかはわからないけれど。

 それでも歌わないよりは歌う方がいいの。だからほのかの判断は正しいわ。

 じゃあ何を歌えばいいのかって話よね。大丈夫、わかっているわ。今からそのアドバイスをしてあげる。

 音楽は聞いているだけだと歌えるようにならないわ。何度も歌うことでやっと歌えるようになるの。

 だから答えはひとつよ。

 矛盾するようだけど、カラオケに行くべき。

 だから私が連れて行ってあげるわ。私の前だと全然歌えなくても恥ずかしくないでしょう?

 それに、私が歌う曲を練習すればいいわ。

 私が貴女の見本になってあげる。そこで曲のレパートリーを増やして、練習して、同級生との本番に臨めばいい。

 どうかしら?

 もしよければ明日以降の放課後、一緒に行きましょう。


 それでは。




六月十五日 けんた


 まず一言。


 サークルの交流日記を私物化するな!

 

 日記開いてびっくりしたわ。

 二人の距離感は知ってるから今さら驚かないけど、ここまで公開でいちゃつかれると困るというか、俺は何を書けばいいんだよ! カラオケの話に乗ればいいのか?

 というか、この構図ってもしかして、俺が百合の間に挟まる男になっていないか。

 違う、これはサークルの親睦を深めるための交流日記であって、俺は挟まれに行ったんじゃない、挟まれたんだ。

 だから俺は無実。無実だよな。

 

 うわ、びっくりした。こんな夜中にインターホン鳴らすなよ。

 誰かきたっぽいな。いったん筆を置こう。

 今日の日記はその夜中の訪問者について書こうかな。

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