日々、綴る。日々、つのる。

尾岡れき@猫部

日々、綴る。日々、つのる。


「日記って、みんな書くの?」


 文芸部の自称マネージャー、上川冬希君――上にゃんの一言に、みんな目を丸くする。


 文芸部、下河雪姫の彼氏。その付き添いで、文芸部で過ごすうちに、いつの間にか部員に昇格していた彼だ。ついたニックネームは編集者エディター


 つまり、みんなの作品に丁寧に感想を述べてくれるのだ。これが書き手に対しては、かなり貴重。誤字脱字、表現の言い回しを含めて、丁寧に指摘をしてくれる。普段は、彼女にアマアマな上にゃんだけれど、作品と向き合う時は、彼女と言えど依怙贔屓しないのも、好感度が高い。彼は文芸部の部員、全員が認めるハイクオリティー読み専オンリー・リーダーだった。


「どうしたの?」


 とは海崎光かいざきひかる――ひかちゃん。私と雪姫ゆっきの幼馴染だ。ここで簡単に、この人間関係に解説を。


 ゆっきは上にゃんが好きだ。上にゃんもゆっきを溺愛している。ここは相思相愛。

 ひかちゃんは、ゆっきに片想いをしていた時期があった。今はどうなのか、正直分からない。


 そして私は13年間――ひかちゃんに、片想いをしている。絶対にひかちゃんを振り向かせると、息巻いておきながら、結局行動に何も移せない自分自身の弱さが恨めしい。


「いや、みんな創作しているからさ。日記も得意そうだなぁ、って。俺、どうも苦手なんだよね」

「冬君、文章に残すの苦手だもんね」

「読むのは好きだけどね。だから、雪姫の日記を読むのも好きだよ」

「冬君にしか見せないけどね」

「それはちょっと見たいかも」


 私はポッキーを囓りながら、漫然と呟く。


「見ても面白いことはないと思うけどね」


 そう言って、ゆっきは一冊の手帳をカバンから取り出す。ひかちゃんと一緒に、私は覗き込んだ。




■■■




【3月◯日】 


今日の冬君も格好よかった。でも誰にでも優しすぎるのはいけないと思う。ちょっと心のなかでイジけていると、冬君はすぐ私の感情に気付いてしまう。

別にそんなに怒ってないけど――つい、イジけた振りをしてしまう。すぐ冬君に溶かされてしまった。ズルいなぁ、って思う。冬君の唇が、私の理性まで全部奪っていっちゃうんんだもん。体の芯から熱が消えなくて。無意識に声が出ちゃって。溶けて。蕩けてしまって。もう、冬君のことしか考えられなくなっちゃう。ココが図書室だって忘れちゃうくらい――



■■■





「「マテマテマテマテマテマテ!」」


 私とひかちゃんの声が綺麗にハモる。一方のゆっきは、きょとんと首を傾げていた。


「ちゃんと、誰もいないトコでしたよ? 彩ちゃんが人前でイチャイチャしちゃいけないって言うから」

「今、現在進行形でイチャイチャしているからね!」


 このやり取りの間も、ゆっきは上にゃんの肩にもたれかかっているのだ。絶賛、片思い中の私への当てつけかと思うのだが、ゆっきは無頓着だ。恋愛は一切興味ないと淡白に言い切っていた子が、こうまで変貌してしまうのだから、かくも恋は恐ろしい。


「光はどうなの?」

「僕は書かないね。まぁカケヨメに小説を投稿する時、近況ノートに更新報告を書くぐらいかな? あ、冬希とラーメン食べに行った時は写真をあげていたね」

「あぁ、アップしてたね。あれ、でも昨日のは、誰と行ってたの?」


 上にゃん。君って観察力が鋭いんだよね。それ、私が一緒でした。二人揃って、顔を赤くして目を逸らしているから、もうバレているようなものだけど。


「あ、彩音はどうなの?」


 気まずくなったひかちゃんが、私に振ってくる。絶賛、私も気まずいんですけど?!


「……私は書かない派、かな」


 ウソは言ってない。と、ゆっきが私をじーっと見やる。


「な、なによ?」

「彩ちゃん、ウソはいけないよ? 彩ちゃん、丁寧に書いていたじゃない?」


 とゆっきは、部のパソコンを操作して、ブラウザを開いて――いや、分かったよ! ゆっき! 分かったから、ちょっと待って――と、私は声にならない声をあげていたが、時すでに遅し。ゆっきは私が開設したブログを開いてしまう。


(ゆっき、それはちょっとヒドくない?!)


 でも暴走モードのゆっきを止めるのは至難のワザだった。


未来あしたは光で溢れてる――か。良いタイトルだね」


 そう言ったのはひかちゃん。でも、私はひかちゃんにだけは見られたくので、つい俯いてしまう。そんや私をよそに、ゆっきはマウスを操作して――ちょっと、だからマッテって?!


「……ゆっきは何をしてくれるのかな?」

「私は彩ちゃんの気持ちがこもった日記だけどね」

「ん? 黄島さんのブログって、3日で終わってるの?」

「違うよ、冬君。彩ちゃんのブログはね、未来こそが重要で――」


 あ、とゆっきは言葉をつまらせる。ようやく、自分の失態に気付いてくれたらしい。私はマウスをもぎ取って、ブラウザを終了させる。


「彩音の見たかったなぁ……」


 ひかちゃんが残念そうに声を上げるが、それだけは絶対にムリ。ひかちゃんにだけは、見せてあげられない。

 と、このタイミングで部室のドアが開く。


「お待たせー。ごめんね、生徒会との打ち合わせが長引いちゃって。さぁ部誌の打ち合わせ! 張り切っていっちゃおー!」


 部長、瑛真先輩の明るさに救われた瞬間だった。




■■■


【20◯▲年 3/30】


 頭がぼーっとする。体が熱い。その理由はわかっている。38.4度。明らかに風邪以上の要因が私を苛ます。


 少しひんやりとした手が私の首筋に触れた。朦朧とした意識のなかで、でもその顔をはっきりと認識をする。


「食欲ある?」


 ひかちゃんが、私を覗き込んで言う。私はただただコクコクと頷くことしかできなくて。

 ふらつく私の腰を支えながら、スプーンでお粥を掬う。


「彩音の料理に比べたら、たいしたことないけど。その……頑張って作ってみたんだ」


 私は首を横に振る。ただ、ひかちゃんが私の為にだけ、看病をしてくれる。この事実が嬉しい。差し出されたスプーンを啄むように。ひかちゃんの瞳に吸い込まれそうになりながら。

 今は私だけは私が独占していたい。心の底から、そう思った。







■■■





 部屋には灯りはつけず。ただ、スマートフォンを操作する。ブログを表示して。選択するのは、今日より遥か先。10年先の未来。


 私は日記を未来の日付に投稿していた。


 いつか、こんな未来が訪れてくれたら。その願望は叶わないことを、私は知っている。だいたい、ひかちゃんは料理音痴だ、お粥すら作れない。


 ひかちゃんは私を見ていない。

 ひかちゃんは、ゆっきを見ている。


 ゆっきは、上にゃんを見ている。

 そして上にゃんはゆっきを見ている。


 この構図はきっと変わらない。


 ひかちゃんと、ゆっきが結ばれることはない。心の底で、その現実に安堵している私は狡い女だ。


 ひかちゃんを振り向かせる――そう決意したのに。

 結局、日記を未来に向けて投稿して。やって来ない未来あしたに想いを馳せるだけ。


 ただ、似ているのは熱が出たという事実。


 眠れない夜が続いて。思い悩むだけ悩んでも、行動できない私は――本当にバカだ。




■■■




【20▲◯年 3/30】


 頭がぼーっとする。体が熱い。その理由はわかっている。38.4度。明らかに風邪以上の要因が私を苛ます。


 少しひんやりとした手が私の首筋に触れた。朦朧とした意識のなかで、でもその顔をはっきりと認識をする。


「食欲ある?」


 見覚えのある光景に私は目を丸くした。何より、馴染みの顔に何度も何度も瞬きをしてしまう。


「ひかちゃん?」

「ごめんね。心配だから来ちゃった。あ、一応、彩夏さんには断りを入れたからね? 彩音、最近ムリをしすぎな気がしてたんから……やっぱり予想通りだったよ」


 彩夏は私の母の名だ。でも、そんなことはどうでも良いくらい、ひかちゃんがココにいる事実、それが何より嬉しい。


「お粥作ったんだけど、もし食欲あるなら食べる?」


 私は目をパチクリさせた。


「ひかちゃんが?」


「や、やっぱり、そう言うよね。い、一応さ、冬希に調理法は聞いて。絶対、独自のアレンジは入れるなって、釘は刺されたから。ちゃんとレシピ通りだから、多分、食べられると思う。味見して、マズくはなかったし」


 申し訳無さそうに言うひかちゃんがおかしくて、つい微笑が溢れた。途端に、空腹感がこみ上げてくるのを感じる。起き上がって、スプーンに手を伸ばそうとして、ふらつきそうになって――ひかちゃんが、私を受け止めてくれた。


「あ、ひかちゃん……。あの、その、ごめん……」

「病人は遠慮しない。僕はいつも彩音に助けてもらってるんだから。こんな日くらい、甘えてよ」

「う、うん……」


 今日はコクンと素直に頷くことができた。


 ひかちゃんは、スプーンでお粥を掬って私を食べさせてくれる。少し熱くて、目を白黒させてしまった。


 ひかちゃんは、慌てて私を覗き込む。未来の日記のようには、二人ともスマートにできない。でも、二口目からは、溫度を確認しながら、私にお粥を差し出してくれた。


 ――やっぱり好きだよ。

 そう思う。


 叶わない想いかもしれない。ひかちゃんが本当のところ、どう思っているのか分からない。


 でも、やっぱり諦められない。


 日々、この気持ちを言葉に記していたのに。今さらながらに気付く。


 好きだ、って思う。日々記せば、その度に。日々募せた想いはひび割れて。もうこの感情なら溢れてしまっているから。だから――未来まで、ゆっくり待つことなんかできない。


 もう、この日記を書くのはやめよう。その代わり、ありのままの今と。ありのままの気持ちを書いていこう。


 もう、誤魔化したくない。

 今すぐ勇気がもてなくても。何度迷っても。何度転んでも。





 ――13年越しの初恋だもの。募らせた想いなら、もうとっくに溢れてた。

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