過去からの手紙

秋色

過去からの手紙

 ある日、ママと喧嘩をして家を出た。ママに反抗して家出するのは初めての事じゃない。と言っても、行く先は自宅から三百メートルしか離れていないの家、つまりはママの実家なので、これを家出と呼べるかどうか微妙だ。


 でも今度という今度は、本気。

ママは、一生懸命な私に注文か多すぎる。勉強しないでYou Tubeで音楽ばっかり聴いてるとか。ミュージシャンに夢中になってオンラインライブの投げ銭でお金使ったとか。私がどれだけその音楽に救われてここまでやって来れたかを知らないんだ。ディーズは私達十代の子にとっても神だし。

 あげくの果てに字が汚くてクセ字だとか、歩き方が大股ではしたないとか、関係ない事まで言われるとムッとする。私はお姉ちゃんみたいに優等生で、何事も標準通りに出来るタイプじゃない。何かに付けてはみ出てる不良品だ。

 かと思うと部屋の中が殺風景だからと言って、ピンクのクッションを買ってきたりする。

「女の子らしい部屋になるかもと思って」なんて言うけど、そういうのはジェンダーって言うんだよ。大体私はピンクよりブルーの方が好きだし。そして結局、「やっぱりこの部屋にピンク、浮くね」って。分かりきった事言うし。私だって、他の子みたい母娘おやこで仲良くショッピングに行けたらいいなぁと思うけど、今の私達じゃ、たとえショッピングに行ってもよけいなストレス感じるだけだよ。



*******



 じぃじの家は落ち着く。古い日本家屋ってやつ。


「明日から春休みやからゆっくりしとき」


 の家の二階にある本棚が、私は大好き。

 本棚の本がすごく魅力的だから。図書館にもない外国の十代向けの推理小説全集なんていうのがあったり。読んだ事のある本も挿絵が今どきの本とは違ってカッコいい。だから私はスマートフォンなんて持たせてもらってないけど、ここじゃ全然飽きない。


 本棚を探っていて、私は一冊の煉瓦色れんがいろの背表紙に気が付いた。その背表紙には、英語の筆記体でLettersと綴ってあり、金色で薔薇の絵が描かれてある。でも持ち上げると、見た目の豪華さから想像されるのとは違って、とても軽い。そして手にとるとそれは箱になっていて、中には本ではなくたくさんの手紙が詰まっていた。封筒はない。びっしり字で埋まった可愛い便せんだけ。

 宛名は全て「果蓮ちゃんへ」となっている。そして便せんの最後の差出人の名前は「杏」。


――果蓮は私なんだけど?……――


 他に同じ名前の誰かがいるとは考えにくい。手紙は日付順に並べられていて、普通に友達に宛てて書かれた内容だった。コロコロとした丸っこい文字で、学校生活や家族、友人についてのエピソードや日々の気持ちが細かく綴られている。

 他人の手紙を読むのはマナー違反と分かっていながらも、「果蓮は私だし」と自分に言い訳しながらどんどん読み進めた。何だか少し昔の学校生活といった感じ。でも杏ちゃんには共感できた。



 杏ちゃんは真面目で絵が好きで、友達思いで。そんな杏ちゃんをお父さんはめ、ゆったりとした気持ちで毎日を過ごせばいいんだと言ってくれる。でもお母さんは何かに付けて杏ちゃんの大人しさを直すように言うらしい。

「性格なんて、宿題みたいに消しゴムで消したりできないのに、そう果蓮ちゃんも思いませんか?」


――思う思う――



 杏ちゃんには好きな男の子がいるけど、昼休みにはいつも教室の片隅で本を読んでいるような男の子で、なかなか声をかけられない。

「でも同じクラスの杉坂さん達は、平気で町田君に話しかけて、ずっとお喋りしているんですよ。うらやましくてたまりません。そんな風に思うの、悪いかな」


――悪くない。悪くない――




 「学校の帰り道、こっそり裏山に登るとあじさいの花がたくさん咲いている所へと着きました。今度、案内しますね」


――うん、行きたい――



 読んでほのぼのとしていた私の心が最後の手紙の日付を見たとき、にわかに曇った。1995年1月12日……それが最後の日付だ。普通に「ではまた。今度の日曜日。お姉ちゃんと映画に行くので、今度その感想を書きます」で終わられた手紙の続きがなかった。じぃじやママの話していた大震災の日付って確か、1995年1月17日じゃなかったっけ。その頃、じぃじ達の家族、つまりママ達家族は、じぃじの仕事の関係で関西に住んでいて、とても怖い思いをしたって話してた。じゃあこれらの手紙を書いた杏ちゃんは? そして宛名の果蓮は?


 私は一階に降りて、じぃじにきいてみた。

「ねえ、二階の本棚にある手紙の束を知ってる? あれは誰が誰に出したものなのか、知りたいんだけど。宛名の果蓮って私と同じ名前だけど、この家と関係のある人なの?」


 じぃじは、私の一生懸命な様子に驚いたようだった。

「果蓮、じぃじは本棚の本についてはよく分からんのや。本棚はお前の伯母さんの瑛子が整理してくれたから、瑛子に電話してみ」


 じいじはそう勧めた。瑛子伯母さんはママのお姉さんだ。じぃじは、本棚を理由に瑛子伯母さんの声を聞きたいんだろうな。私も手紙の事が気になっていたので、電話のある奥の間に急いだ。



*******



 瑛子伯母さんは、電話にスリーコールで出た。私は本棚で見つけた手紙の事を話した。人の手紙を読んだ事に良心の呵責は感じたけど、それよりも杏ちゃんの消息が気になった。伯母さんは電話の向こうで 「どうしようかな……」と困った様子だった。


「果蓮、もう十六才になったのよね」


「うん。この三月でね」


「じゃ、いいか。あのね、「『杏』はあの手紙と共にいなくなったの。でも亡くなったわけじゃないのよ。杏はあなたのママなの。あの手紙は、実は手紙じゃなくて日記だったの。『アンネの日記』を読んだあなたのママがそれに影響されて、誰かに宛てて書く手紙形式にしたのよ。ちょうどあなたと同じ年齢としの頃にね。それも日記帳でなくて、本当の便箋に。自分の名前も史子でなく、杏にして。これは、『赤毛のアン』からとったんだって」


「じゃあなんで1995年の1月でその日記を書くのをやめたの? 地震のせい?」


「地震があって、一時避難してた時、便箋自体が見つからなかったの。実は私も妹にそんな習慣があった事を知らなくて、避難していた時に初めて聞いたのよ。


 その後は便箋も手に入ったけど、あの子は書く事が思い浮かばないって。お友達で被害にあった子もいたり、しばらくして私達の母親が病死したりと大変な事が続いたのよ。それで書く気がくじかれたのね。こんな大変な事が起こってて、文にするのが辛かったのかも。


 

 一年前ここを整理した時、私、あなたのママに電話で話したの。『これらの手紙、つまり日記を保管してるけど、どうする?』って」


「どうするって言ったの?」

 

「もう処分してもいいって」


「捨てるって事?  やめて。とっといて」


「ええ、そのつもり。あなたのママがあなたに果蓮って、手紙の差出人と同じ名前を付けた時、思ったの。

 ああ、やっぱりあの手紙は、あなたのママにとって宝物なんだって」



*******



 私は予定より早く家出から帰って来た。二日は最短記録だ。


「継続力がないくせにすぐ飛び出して行って。威勢だけいいんだから」とママ。


「ハイハイ」


「また生返事して。ママのいう事、真剣に聞いてないんだから」


「ママの言葉、ちゃんと響いてるよ」



 私はこっそり手紙の束から一通を持って帰っていた。そして今、自分の部屋の机に向かい、手紙を読み返している。大切な『友』からの手紙。

 窓の向こうの川岸から桜の花びらが時々舞い込んでくる。


「果蓮ちゃんへ


 お元気ですか? 今日はちょっとだけ良い事がありました。今度、家庭科で小物入れを作る事になり、その生地を買いに手芸屋さんへ行った時の事です。

 偶然、町田君も来ていて、ラッキーだなと思いました。そして、私の選んだ青い生地を見て、「これ、いい色だね。田坂、青が好きなんだ。オレもこれにしようかな」って言ったんです。お母さんからは女の子のくせに青が好きなんて、とよく言われるし、私って変わってるのかナとあまり、人に好きな色の事を話せませんでした。でも今日は、青を好きで良かったと思いました。だからその帰りは、クラスの杉坂さんみたいに勢いよくパタパタと歩いてい帰りました。こんな姿見たら、みんなビックリするかもしれないけど、本当はこんな女の子になりたいんです。消極的な自分がいやだから。

 あ、そう言えばディーズのCDが今度の土曜日、発売です。去年デビューしてからずっとファン。いつかコンサートに行くのが私の夢なんです。彼らの歌を聞いているといつも励まされるような気がします。だから十六才は大変だけど、がんばれるんです」

 



〈Fin〉


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過去からの手紙 秋色 @autumn-hue

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