三年四組クラス日誌

野村絽麻子

日記

四月某日

ホームルームでクラス委員に選出されました。今日からクラス日誌をつけて行こうと思います。

と言っても、僕らも最終学年なので受験が最優先。ほどほどに記録していくことにします。

今日のホームルームは委員決めのほか、基本的な教室での過ごし方について、説明がありました。


・携帯電話の持ち込みは可だが、休み時間以外は触らないこと

・授業は制服で受けること(部活動のジャージなどは不可)

・クラス行事にはなるべく積極的に参加すること

・教室は清潔に保ち、忘れずに換気をすること


三年間の中学校生活の総まとめとなる一年、有意義に過ごしたいところです。




五月某日

春季考査がありました。

試験結果は受験にも大きく影響するためか、みんな図書室や教室で遅くまで残って勉強に取り組んでいました。僕は、これまであまり学校の図書室で過ごしたことは無かったのですが、すぐそこに教え合える友が居てくれるのも、なかなか良いものですね。きっとそれぞれに友情を育んだことでしょう。

教室で勉強していた生徒達も、仲の良いグループが出来たようです。試験期間が終わっても、遅くまで教室でお喋りしているのを見かけました。



六月某日

体育祭がありました。

クラス一丸となって取り組む雰囲気を作るために、クラスの有志数名がハチマキを縫ってくれて、僕らはそれを思い思いに身につけて参加しました。

そのおかげか、我がクラスの順位は上から三番目と、好調に終えることが出来ました。(ひと学年四クラスしかない事は、この際どうでも良いのです。)

ところで先生は、クラスのハチマキを貰っていますよね。人数分作ったはずなのに一枚余りが出たと聞きました。大方、試作の分をカウントしてしまったのだと思いますが。



七月某日

明日から夏休みに入ります。

夏季考査も無事に終わり、開放感がクラス全体に広がっている気がします。先生からは「羽目を外さないように」との注意がありましたが、それぞれ夏期講習などで忙しく過ごすのが主でしょう。

放課後、クラスの有志で肝試し大会を企画していると聞きました。残念ながら僕は不参加ですが、きっと夏休みの良い思い出になる事でしょう。

だんだんと暑くなってきて、教室でも冷房が使用されるようになりましたが、時折、窓を開けている生徒がいます。換気は、教室での過ごし方にも入っていましたが、冷房効率が悪くなるのではないかと少し心配になります。僕が窓を閉めると、決まって数名の女子生徒がそっと開けるので、ずいぶんと熱心なものだと思います。



八月某日

登校日です。

この短期間に真っ黒に日焼けした者、外見に変化があった者、色々とありそうですが皆が一堂に会するのは嬉しい時間です。

夏休み前半に行われた肝試し大会ですが、僕は不参加のつもりだったところ、急に連絡網が回ってきて参加を呼びかけられた為、顔を出しました。よほど人数が少ないのかと思えば、なんとクラス全員が居たのだから驚きです。二人ひと組で指定されたお堂のお札を取って来るよくある肝試しでしたが、暗闇を照らす懐中電灯の灯はなかなかに心細く、思いのほか涼むことができました。

お札は、今日の思い出に皆で身につける事になりました。クラスメート共通の夏の思い出は、この先数年、数十年と懐かしく思い出されることでしょう。先生が参加されなかったのは少し寂しく感じましたので、次回はできればご一緒したいです。教室にまつわる怪談話も聞きました。機会があったらお話ししますね。



九月

生徒会役員選挙がありました。

結局僕は三年間の中で一度も生徒会に所属しませんでしたが、クラスの天野さんは副会長として頑張っていたので、引退するのは寂しいそうです。そう言えば天野さんは、クラスの中でもよく話題の中心にいます。クラスメートにも分け隔てなく接していて、とても人気があるように思えます。

先日、天野さんが園田さんと歩いているのを見かけました。園田さんは読書家で、でも引っ込み思案なのか、自分からはあまり発言しない生徒ですが、二人は何か話し込んでいたようです。改めて、誰とでもコミュニケーションが取れるってすごいことだと感じました。

そう言えば、先生は「闇舐め」の噂はご存知でしょうか。先月からお話しようと思っていた怪談話です。女子生徒の間では、それがこの教室に住んでいるのだと、もっぱらの評判です。



十月某日

文化祭の準備が始まりました。

クラスの出し物として何をやるか、白熱した議論になりました。お化け屋敷派とダンス派と、少数ですがカフェ派が対立する事になりました。カフェ派は参加者全員の検便が必要と聞いて諦めたようでしたが、お化け屋敷派とダンス派はそれぞれ一歩も引きませんでした。

意外だったのは、園田さんがダンス派にいた事です。「わざわざお化け屋敷なんかやることないでしょう」と園田さんは珍しく発言しましたが、多数決の結果、敢えなくお化け屋敷に決定してしまいました。

その日の放課後、渡り廊下に天野さんと園田さんが居るのを見かけました。ふたりは深刻な顔をしていましたが、それほどまでにお化け屋敷が嫌なのでしょうか。多数決の結果なので、気持ちを切り換えて、皆で協力するべきだと思います。




十一月某日

先生、「闇舐め」は居ます。




十二月某日

冬季考査が終わりました。これから冬休みに入るのでしばらくは安心です。

文化祭からこっち、園田さんは一度も登校していません。悲しいけれど、彼女を信じられなかった僕らもいま罰を受けているのです。

振り向かないこと、目を合わせないこと、耳を貸さないこと。それを守るようにと天野さんが教えてくれました。夏に貰ったお札は肌身離さず持っています。とにかく、受験勉強に集中します。園田さんの回復を祈ります。



一月某日

最終学期が始まりました。

三年生は受験本番なので、登校日が少ないことが救いです。どうしても登校が必要な時、僕らは毎日息を潜めて過ごしています。

天野さんがいつも、申し訳程度に窓を開けてくれます。今なら、彼女が真夏にも窓を開けていた理由が分かります。

この前、天野さんと一緒に園田さんのお見舞いに行きました。徐々に回復しているという話でしたが、もうここへは来ないで欲しいと言われてしまいました。



二月

天野さんが顔を見せなくなりました。

彼女だけではなく、他のクラスメートもほとんど出てきません。かく言う僕も、登校は最小限にしています。

僕は、なんとか第一志望の高校に合格する事ができました。面接の時、中学校で特に頑張った事は何かと聞かれました。真っ先に「闇舐め」のことが頭を過ぎりましたが、まさかそんな怪談を披露する訳にもいきません。咄嗟にこの日誌のことを思い出して、「クラス委員として一年間、日誌を記入しています」と答えました。面接官の方はこちらが驚くほど褒めてくださり、さぞや担任の先生ともコミュニケーションが深まるだろうと感心なさっていました。僕は「そうですね」と笑うしかありませんでしたが。何が役に立つか分からないものですね、本当に。


先生、このクラス日誌はご覧になってますか?




三月某日

卒業式です。

先生は結局、このクラス日誌をご覧になっていたのでしょうか。「闇舐め」とは何だったのでしょうか。数々の疑問を残したままですが、僕らはここを卒業します。

大事なのは「闇舐め」を認識しないことです。

本当は名前も知らない方が良いそうですが、もし先生がこれをご覧になっていたら、その点だけは手遅れですね。すみません。正直迷いましたが、対処法は残しておいた方が良いと思ったので、このノートは教室に置いて行くことにします。先生は教卓に立たれるので大変かと思いますが、決して、目を合わせてはいけません。

それでは、一年間ありがとうございました。

どうかお元気で。さようなら。

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