その想い出は誰のもの

なごやういろう

第1話

「コーヒーれてくるけど、夏美あんまり部屋あさるなよ?」


「そんなことしないってー」


 一言釘を刺して幼馴染の駿太しゅんたは一階の台所へ降りていった。


 さて漁るか……


 世の男子高校生の部屋などというものは少し漁れば嬉し恥ずかし青春の証がどこからでも出てくる。そしてこの世の神秘は暴かれるべきものなのだ。

 本棚に並んだ背表紙を数冊まとめて傾けると、その後ろに隠れていた薄い冊子が顔を出す。ふっふっふ、甘い甘い。

 取り出した冊子はB5大学ノートの大きさで、ちょっと小洒落た装丁をしているけれどタイトルらしきものは表にも裏にもなくバーコードもない。

 あらあらあらあら。これは友人の春香が持ってる薄い本と同じ類のものじゃないかしら? お母さんとしては息子の成長を確認してのちに、丁寧に机の上にジャンルで分けて置いてなにもこのことには触れないのがいいんじゃないのかしら? そうね。そうに決まってる。

 さあさあ、今の駿太君のトレンドはなにか教えてご覧なさいな。

 そうしてペラリと表紙をめくる。


『俺は夏美のことが好きだ』


「はあっ!?」


 予想外の角度からのクリーンヒットに思わず声が出る。


「なんか言ったかー?」


「ななな、なんでもない! ちょっとデカいGがいて驚いただけだから! 地獄に送ったから!!」


 階下から聞こえた駿太の声に慌ててドアを開け、部屋に上がってこないように顔を出して返事をする。


「うげ。じゃあ今のうちに片付けといてくれよなー」


 言ってまたゴリゴリとコーヒー豆を挽く音が聞こえ始める。よし、まだしばらくは来ないな……

 ドアを閉めもう一度冊子をめくっても、やはり先程と同じ一ページ目の真ん中に一行だけ書かれた愛の言葉が目に飛び込んでくる。


「なにこれ? なに? 日記、なの?」


 それは確かに駿太の字だ。なかなかに癖の強い字なので真似して書ける字ではない。

 いや! 漁るなと言ってけしかけておいて引っかかった私を笑いものにしようというトラップだ! このあと『ドッキリでしたー』とか書いてあるに決まってる!!

 色んな感情が混ざったままページをめくる。


『物心ついた頃からずっと夏美のことが好きだ。

 小さい時もかわいらしかったが、今はもっとかわいい。

 だんだんと伸びていった髪も綺麗だし、その時々の髪型も似合っている。良い匂いもする。

 いつからか夏美と呼ぶようになったけれど、子どもの頃のように夏ちゃんと呼びたい。夏美という名前は似合ってるけど夏ちゃんかわいい。

 子どもの頃のようにたくさん好きって言いたい。

 一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たりしたい。

 ……エトセトラ、エトセトラ』


「んああああああああっ!!」


 見開きいっぱいに駿太が私の好きなところや私としたいことを書き連ね続けるというラッシュに耐えられなくなり崩れ落ちる。これ以上読み進めると心がもたない。


「なにやってんだおまえ?」


 床に突っ伏している私は部屋に戻ってきた駿太に声をかけられる。コーヒーの良い香りがする。


「なんなのよお、これぇ……」


 震える手で冊子を頭上に掲げる。でも顔は上げられない。とてもじゃないが今の顔は見せられない。


「あっ、おまえ漁るなと言ったろうが。課題の失敗作だよ」


「課題の失敗作?」


 思いがけない単語に目だけ上げて様子をうかがう。


「目的地に着いた瞬間になにしにそこまで行ったか忘れるのあるだろ? あの忘れたやつをノートに出力できるようにできないか試したんだけど、うまくいかなかったんだよ」


 んんんんん?


「記憶の引き出し方が悪いのかどういう作用か分からないけど、このノート読んだ人間が『こうなって欲しい』っていう願望が出力されるんだ。それも今思ってるとかじゃなくて数年単位で内に秘めたものしか出てこない。別のことに応用もできなさそうだし失敗だろ? 俺だと『うまいカレー食いたい』と出てきたな……なんだよ怖い顔をそんなに真っ赤にして?」


「うっさい馬鹿!!!」

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その想い出は誰のもの なごやういろう @uirou758

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